幼馴染の勇者が一般人の僕をパーティーに入れようとするんですが

空色蜻蛉

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第八章

04 僕は彼女を信じている

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 不法侵入は夜中にやるものだと、相場が決まっている。
 夕陽が落ちる直前にリヒト達は水上都市ジラフから出た。湖のほとりで暗くなるのを待つ。

「良いのか? 歌鳥の奴は放っておいて」

 スサノオが光が沈む水面を眺めながら聞いてくる。
 このままアニスを救出してジラフを離れると、ソラリアとは二度と会えないかもしれない。ソラリアは本当に、リヒトのことを忘れてしまったのだろうか。
 リヒトは水上都市に目を凝らしながら答えた。

「……ソラリアはね、郵便配達人になりたいんだって」
「なんだそりゃ」
「おかしいでしょ。でもソラリアはとても楽しそうだった」

 涼しい水色の瞳を細めて、柔らかく笑った彼女。
 勇者ではなく只の女の子になりたいのだと、そう言っていた。

「思い出が消えてしまったら、思い出と一緒に想いも消えてなくなっちゃうのかな。僕は……違うと思う」

 リヒトは自分の小さい頃について逐一記憶している訳ではない。人間は忘れる生き物だ。リヒトに限らず、普通はよほど印象深い出来事でない限り、全ての過去を記憶していることは稀だ。
 しかし、幼い日の記憶は朧《おぼろ》でも、リヒトは自分を大切にしてくれた両親の温もりを覚えている。覚えていなくても、今の自分を形作る大切な思い出。
 記憶に残らなくても、確かにここにある想い。

「僕はソラリアを信じてる」

 そう言い切ったリヒトを、スサノオは眩しそうに見た。
 会話している内に夜のとばりは落ちた。水面に群れていた小魚が、湖の下に去っていく。そろそろ作戦開始の頃合いだ。

「頼むよ、メリーさん!」
「メエエ(しょうがないわね)」

 羊のメリーさんは無茶ぶりされたにも関わらず、ノリノリで鳴くと、湖にボチャンと飛び込んだ。
 リヒトも続いて水の中に入る。水泳のため薄着で、護身用のナイフだけ身に付けた格好だ。覚悟していたが、水は相当に冷たい。

「気を付けてな!」

 スサノオは退路の確保のため、湖畔に残ることになっている。
 彼の声を背中に聞きながらリヒトは水中で白い羊を追った。
 メリーさんのモコモコの羊毛から泡が吹き出し、リヒトを包み込んで球状の空間を作り出す。羊毛を掴んでリヒトは空気を吸い込んだ。

「さすがメリーさん。何でもありだね」
「メエー(どんなもんよ)」

 光の届かない水中は、暗闇で覆われている。
 リヒトは心開眼ディスクローズアイを使用した。少年の瞳は妖しい蒼に染まる。暗い水底で揺れる水草や、眠る魚達の輪郭が見えた。
 上空を無数の輝く絆の糸が交差する。その内の一本は、アニスとリヒトを結ぶ絆だ。リヒトは目を凝らして彼女の糸を辿った。
 泡に包まれた羊は、都市が立つ島の下へと潜水を続ける。
 しばらく潜って進むと、島の底に窓のような、四角く切り取られた光が見えてきた。それは幻想的な光景だった。暗闇の中で、そこだけ建物の内部の光が漏れだしていて、湖の底に光が射し込んでいる。
 光の窓の下まで潜行したリヒトは、建物内部の廊下に人が通っていないのを確認すると、腰のナイフを抜く。最近買ったばかりの戦いにも使えるナイフだ。

「これは、あらゆるえにしを断ち切る絶縁天魔の刃……」

 蒼い輝きをまとったナイフを、光の窓に向かって一閃する。
 バターを切るように建物内部と水を隔てる膜がさっくり切断された。羊が鼻先で亀裂を押し進めるように、建物の内部へ上がりこむ。リヒトも続いた。

「よいしょっと」

 リヒトと羊が入り込むと、結界の膜は元通りに修復される。
 立ち上がったリヒトは水滴を軽く落とすと、非常灯の明かりの下、アニスの囚われている場所へ向かった。水の滴りで侵入がばれるかもしれないが、ここまで来れば腹をくくるしかない。
 廊下を曲がって牢屋が並ぶエリアに辿り着く。
 牢は空いている部屋が多く、看守の姿は無かった。
 絆の糸が指し示す方向に歩いていくと、鉄格子で仕切られた部屋でうずくまる少女の姿を見つける。

「アニス」

 幼馴染みの少女は顔を上げた。
 赤茶けた髪は寝癖で暴発していて、後れ毛が青白い頬に掛かっている。着ている服は教会で支給されたものらしく、神官服のようだった。葡萄色の瞳を見開いて、彼女はリヒトを見つめた。

「リヒト……私、お腹すいたよぉ」
「しょっぱなから空腹宣言か」

 気の抜けた第一声に、リヒトは苦笑いをして牢屋の前に歩み寄る。
 アニスも立ち上がって鉄格子の前に立った。

「ご飯は後だよ。待ってて、鍵を取ってくるから……」
「リヒト、美味しそう」
「え?」

 格子の間から腕を引っ張られた。
 アニスは何のためらいもなくリヒトの手首を自分の口元に引き寄せると、いきなり噛みつく。

「っつ!」

 痛みにリヒトは息を呑んだ。
 手首から流れた鮮血を、アニスが色っぽい動作で舐めとる。リヒトはあたふたしながら、彼女から腕を引き戻した。

「もうちょっと」
「駄目っ」

 悪気なく子犬のような目をするアニスに「これ以上は駄目だから」と制止を掛ける。この吸血行動は彼女の天魔と関係あるのだろうか。心臓に悪い。

「とにかく鍵を持ってくるから――」
「えいっ」

 リヒトの台詞を遮って、瞳を真っ赤に染めたアニスが鉄格子を握る。
 可愛いらしい掛け声と共に鉄格子がくにゃりと曲がった。

「嘘?!」

 囚人は自分の力で脱出してウーンと背伸びする。
 一瞬、呆然としたリヒトだが、絆の糸の動きで人が接近してきていることに気付いて我に返った。

「逃げるよ!」
「キャッ」

 振り払った手を逆に自分から繋ぎ直し、リヒトはアニスを引っ張って牢屋の前から駆け出した。

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