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第十章

02 羊さんと一緒に大冒険しに行こう

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 巨大化したメリーさんの背中から周囲を見回して、リヒトは何だかおかしいな、と思った。
 竜の魔物のフェイにソラリアのいる場所の近くまで運んでもらって、メリーさんと一緒に飛び降りたのだが。勇者たちは何故かリヒトが着地する前に、地面に倒れて目を回しているし、肝心のソラリアの姿が見当たらない。
 教会本部のジラフで出会った勇者のルークが、信じられないものを見るようにリヒトを見て口を開いた。

「……歌鳥なら、羊の下だぞ」
「え?」

 もしかして踏みつぶしちゃった?
 羊のメリーさんを見ると、メリーさんは何くわぬ顔でそっぽを向いた。私は何も知りません、という無言のジェスチャーだ。非常に怪しい。
 きょろきょろしていると、羊の真っ白な羊毛の下から、淡い金髪の女性が這いだしてきた。

「いったい何なのです! ふわふわに押しつぶされる感覚が新鮮で、うっかり眠りそうになったじゃないですか!」
「あ、ソラリア」

 久しぶりに会った彼女は、服にあちこち白い羊毛をくっつけていた。
 リヒトと羊が降りてくる前に天魔のスキルを使おうとしていたのだが、途中でキャンセルになったので普通の姿に戻っている。

「君はこの前の少年……何をしに来たのです?」
「何って、ソラリアを誘拐しに来ました」

 にっこり笑ってリヒトが言うと、ソラリアは呆気にとられた。

「ななな」
「羊さんと一緒に大冒険しに行こう! いつもモコモコふわふわ快適睡眠で、きっととっても楽しいよ!」
「い、意味不明です」
「遠慮しなくて良いから」
「してません!」

 リヒトは戸惑う彼女の腕を引っ張って、羊の上に引き上げた。
 いきなりの超展開に抵抗も思いつかないのか、ソラリアは無抵抗に為すがままになっている。

「おい坊主!」
「そういう訳でソラリアはもらっていくね、ルークさん! 後は皆さん、魔王だか勇者だか知らないけど、お好きなだけ戦ってください」

 制止しようとしたルークの前で、リヒトとソラリアを乗せた羊が勢いよく跳躍する。
 上空で待機していたフェイが羊をすくいあげた。元のサイズに戻った羊と、リヒト達は竜に乗って空に舞い上がった。




 呆然と去っていくリヒト達を見送ったルークは、敵の少年の一人言を聞いて我に返った。

「ちっ。リヒトの奴、俺を無視しやがって」

 少年は何故か悔しそうに毒づいた後、一人残ったルークに向き直る。

「どうする、おっさん。戦うか?」
「おっさんは止めてくれ、お兄さんと呼ぶように。こんな状況で戦う訳が無いだろう。俺はトンズラするぜ!」

 ルークは逃走を予告しながら、自分の天魔のスキルを使った。

閃光弾フラッシュ!」

 まばゆい光が炸裂し、視界が真っ白に染まる。
 敵の少年が目を閉じている間に、ルークは手近な馬を捕まえて飛び乗った。

「これが俺の、光の勇者の力だぜ」

 リヒトがこの場にいれば、本当にピカピカ光るだけなんですね、と突っ込んでいただろう。ルークの天魔のスキルは、攻撃用のものが少ない。戦いになれば剣術だけが頼りだった。
 手持ちのスキルでは魔物を殲滅できない。
 一人で戦うのは不利だと判断して、ルークは撤退を選択する。

「さあて、状況を司教様に報告しないとな……」

 ルークは全速力で馬を駆って、草原を元来た方向に戻り始めた。




 一方、誘拐されたソラリアは困惑していた。
 腰に聖剣は無いが、素手で少年を叩き伏せようと思えばできる。しかし、そこは空の上。暴れて飛行する竜から落ちれば、さすがのソラリアも無事で済む自信がない。
 竜の背には羊と少年の他に、白い髪に赤い瞳の青年と、紅茶色の髪の小柄な少女が乗っていた。

「何なんですか、あなた達は! 公務執行妨害ですよ!」

 そう文句を言ったが、少年はどこ吹く風といった様子で、ソラリアの訴えを聞き流した。

「あれを見てよ、ソラリア」

 少年は竜の進行方向を指差す。
 ソラリアはなおも文句を言おうと口を開き掛けたが、彼の示したものを見て、言おうとしていた言葉が途中で吹き飛んでしまった。

「船……なぜ、空中に船が浮かんでいるのですか?!」

 青空のただ中に、雲を割って大型帆船が浮かんでいる。
 まるで海が空に変わっただけというように、三角の帆をはためかせて船は悠々と空を泳いでいた。

「僕らも昨日、気付いたばっかりなんだよ。コンアーラ帝国の上空に船が浮かんでるってさ。これって、相当おかしくない? 下の状況と関係あるかもしれないよ」
「それは……」

 確かに妙なことが重なれば、それは必然かもしれない。
 ソラリアは空に浮かぶ船に興味をそそられた。
 少年は彼女の敵意が消えたことを理解したように微笑む。

「一緒に調査に行こうよ。改めて名乗るけど、僕はリヒト。僕らは観光旅行中の羊さんパーティーさ!」

 少年の笑顔が眩しくて、ソラリアは思わず気圧されて頷いた。
 羊さんパーティーって何だろうと彼女は思ったが、視界の隅で羊がメエと鳴いたので、質問を諦めた。
 
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