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最終章
08 リヒトの全力解放
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白い魚はリヒト達の戦意に気付いたように振り返ると……くるりと尻尾を巻いて逃げ出した。
リヒトは思わず声を上げる。
「待てっ」
「勘が良いですね」
ソラリアは腕組みして困った顔をした。
竜から降りたアニスが手を上げる。
「アニスに任せて! 禁忌薔薇庭園!」
対象を拘束、または一定の範囲の人間を動けなくするスキルだ。
少女の瞳が深紅に染まり、赤い光の蔦《つた》がどこまでも広がっていく。地平の彼方まで広がった庭園の魔法は、上空で泳ぐ魚さえも拘束した。
すんでのところで勢いを削がれた魚が、空中でUの字につんのめった。
「撃ち落とします、天災降下!」
ついでソラリアが雲を呼んで雷撃を放つ。
雷が直撃した魚は、大きく身体をしならせると、地面に落下した。
「追いかけよう!」
リヒト達は竜に乗って、落下地点に急ぐ。
竜が駆け付けると、魚はクレーターの真ん中で土に混じって、水晶のような白い鱗の破片を撒き散らしながらぐったりしていた。
「わお……これって追撃必要ないんじゃない?」
念のため魚から距離を取って滞空している竜の背で、地上の様子を確認してリヒトは呟いた。倒せたなら楽で良いなあと思っていると後ろ頭をソラリアにチョップされる。
「痛っ」
「この程度で、あの魚が死ぬ訳がないでしょう……見なさい」
横たわっていた魚が身動ぎする。
白い光が集まり、魚は元通りに復活した。
透明な眼窩で竜が飛ぶ空を見上げ、リヒト達に敵意を飛ばしてくる。
「もしかして……絶対絶縁!」
不吉な予感を覚えたリヒトは、竜の真下に向かって防御用のスキルを使った。
予感は当たった。
魚は真上に光線を放つ。
光線はリヒトの張った防御にぶつかって激しい火花を散らした。
光の奔流と絶縁の守護は押しつ押されつ、均衡する。しかし徐々にリヒトの方が分が悪くなってきた。
「くっ……」
敵の力が弱まる気配が無い。
絶縁の守護を維持しようと力を振り絞るリヒトの肩に、ソラリアが手を載せる。
「リヒト、攻撃は最大の防御です」
「この状況で攻撃もしろって? 無茶言うなあ」
剣で切り込めということだろうか。
それ以前に、ソラリアの電撃の方が確実だろうと思って横目で振り向き、意外に彼女の顔色が悪いことにリヒトは気付いた。ソラリアも余力が無いのだ。
この高度で飛び降りるなら羊のメリーさんの助力が欲しいところだ。
そういえばメリーさんはどこだろう。
オーディンのところに置いてきて、それっきりだ。
リヒトは駄目だと首を振った。
羊さんに頼ってどうする。自分の力で何とかしないと。
瞼を閉じて集中する。
――翼が必要かい?
頭のどこかでリヒトに宿る天魔、絶縁の魔王の声がした。
――私も魔王と呼ばれた者。
翼のひとつやふたつ、持っているとも。
だけどこの翼はタダでは貸せないな。
勿体ぶらないで下さい、とリヒトは文句を言う。
ふざけている場合じゃないって。
こっちは結構大変なんだ。
――ごめんごめん。
君があんまり真剣だから、からかってみたくなった。
条件はひとつだけ。
君の全力を見せてくれ。
リヒトは目を見開いた。
身体の奥から、限界を超えて天魔の力を汲み上げる。母親に習った制御方法で普段はセーブしている力の枷を、意識的に外した。心開眼を使っている時以外は目の色を変えないようにしているが、それも気にしないようにする。
夕闇が迫る空の残光を受けて、少年の瞳が紅を帯びた蒼に輝く。
光の粒がリヒトを中心に螺旋を描いて乱れ飛んだ。
「っつ」
ソラリアは焚き火に触れたような感覚に、リヒトの肩に置いた手を離した。火傷をしたように手を引っ込めて胸の前で軽く握る。
「リヒト……」
隠されたものが浮かび上がるように、微かな光の線が少年の背中に翼の輪郭を描き出す。すぐにそれは質量を伴った、夜の色の翼に変わった。背中で生まれたばかりの翼は、蛹から羽化を終えたばかりの蝶のように、緩やかに広がる。
解放された圧倒的な天魔の力が、真下で繰り広げられている攻防の均衡を破った。絶縁の守護が魚の放った光線を押し返す。
光の波となってそれは攻撃した魚に逆に襲いかかった。
大きくのけぞった魚は再び地上に落下する。
「じゃあ、ちょっと切り刻んでくるね」
リヒトは呆気にとられる仲間を振り返って言い置くと、魔王の剣を持って竜の背中から空中へ足を踏み出した。
恐怖は無い。
当然のように自分は空を飛べると確信していた。
イメージ通りに黒翼が羽ばたいて飛行を補助してくれる。
「……この剣は、あらゆる縁を断ち切る、絶縁天魔のレピドライト」
手にした剣の刃が、リヒトの詠唱に応えるように眩しく光った。落下の方向を変える以上に勢いを殺さず、リヒトは真っ直ぐ魚の上に剣を落とす。
避けようと足掻いた魚の喉に剣は食い込んだ。
蒼い光が放射線に走り、魚の身体が砕ける。
白い鱗片が雪のように散って空中に溶けた。
世界への干渉を断ち切られた虚空魚は、跡形も残さずに消失する。後には、リヒトの持つ魔王の剣から広がった蒼い炎が燃えているだけだ。
炎の燐片は静かになった空へゆっくり舞い上がる。
戦いの間にも時間は経過している。天空はすっかり暗い群青に染まり、一番星が光っていた。宵の明星をかすめて、失われた命を見送るように流れ星が散った。
リヒトは思わず声を上げる。
「待てっ」
「勘が良いですね」
ソラリアは腕組みして困った顔をした。
竜から降りたアニスが手を上げる。
「アニスに任せて! 禁忌薔薇庭園!」
対象を拘束、または一定の範囲の人間を動けなくするスキルだ。
少女の瞳が深紅に染まり、赤い光の蔦《つた》がどこまでも広がっていく。地平の彼方まで広がった庭園の魔法は、上空で泳ぐ魚さえも拘束した。
すんでのところで勢いを削がれた魚が、空中でUの字につんのめった。
「撃ち落とします、天災降下!」
ついでソラリアが雲を呼んで雷撃を放つ。
雷が直撃した魚は、大きく身体をしならせると、地面に落下した。
「追いかけよう!」
リヒト達は竜に乗って、落下地点に急ぐ。
竜が駆け付けると、魚はクレーターの真ん中で土に混じって、水晶のような白い鱗の破片を撒き散らしながらぐったりしていた。
「わお……これって追撃必要ないんじゃない?」
念のため魚から距離を取って滞空している竜の背で、地上の様子を確認してリヒトは呟いた。倒せたなら楽で良いなあと思っていると後ろ頭をソラリアにチョップされる。
「痛っ」
「この程度で、あの魚が死ぬ訳がないでしょう……見なさい」
横たわっていた魚が身動ぎする。
白い光が集まり、魚は元通りに復活した。
透明な眼窩で竜が飛ぶ空を見上げ、リヒト達に敵意を飛ばしてくる。
「もしかして……絶対絶縁!」
不吉な予感を覚えたリヒトは、竜の真下に向かって防御用のスキルを使った。
予感は当たった。
魚は真上に光線を放つ。
光線はリヒトの張った防御にぶつかって激しい火花を散らした。
光の奔流と絶縁の守護は押しつ押されつ、均衡する。しかし徐々にリヒトの方が分が悪くなってきた。
「くっ……」
敵の力が弱まる気配が無い。
絶縁の守護を維持しようと力を振り絞るリヒトの肩に、ソラリアが手を載せる。
「リヒト、攻撃は最大の防御です」
「この状況で攻撃もしろって? 無茶言うなあ」
剣で切り込めということだろうか。
それ以前に、ソラリアの電撃の方が確実だろうと思って横目で振り向き、意外に彼女の顔色が悪いことにリヒトは気付いた。ソラリアも余力が無いのだ。
この高度で飛び降りるなら羊のメリーさんの助力が欲しいところだ。
そういえばメリーさんはどこだろう。
オーディンのところに置いてきて、それっきりだ。
リヒトは駄目だと首を振った。
羊さんに頼ってどうする。自分の力で何とかしないと。
瞼を閉じて集中する。
――翼が必要かい?
頭のどこかでリヒトに宿る天魔、絶縁の魔王の声がした。
――私も魔王と呼ばれた者。
翼のひとつやふたつ、持っているとも。
だけどこの翼はタダでは貸せないな。
勿体ぶらないで下さい、とリヒトは文句を言う。
ふざけている場合じゃないって。
こっちは結構大変なんだ。
――ごめんごめん。
君があんまり真剣だから、からかってみたくなった。
条件はひとつだけ。
君の全力を見せてくれ。
リヒトは目を見開いた。
身体の奥から、限界を超えて天魔の力を汲み上げる。母親に習った制御方法で普段はセーブしている力の枷を、意識的に外した。心開眼を使っている時以外は目の色を変えないようにしているが、それも気にしないようにする。
夕闇が迫る空の残光を受けて、少年の瞳が紅を帯びた蒼に輝く。
光の粒がリヒトを中心に螺旋を描いて乱れ飛んだ。
「っつ」
ソラリアは焚き火に触れたような感覚に、リヒトの肩に置いた手を離した。火傷をしたように手を引っ込めて胸の前で軽く握る。
「リヒト……」
隠されたものが浮かび上がるように、微かな光の線が少年の背中に翼の輪郭を描き出す。すぐにそれは質量を伴った、夜の色の翼に変わった。背中で生まれたばかりの翼は、蛹から羽化を終えたばかりの蝶のように、緩やかに広がる。
解放された圧倒的な天魔の力が、真下で繰り広げられている攻防の均衡を破った。絶縁の守護が魚の放った光線を押し返す。
光の波となってそれは攻撃した魚に逆に襲いかかった。
大きくのけぞった魚は再び地上に落下する。
「じゃあ、ちょっと切り刻んでくるね」
リヒトは呆気にとられる仲間を振り返って言い置くと、魔王の剣を持って竜の背中から空中へ足を踏み出した。
恐怖は無い。
当然のように自分は空を飛べると確信していた。
イメージ通りに黒翼が羽ばたいて飛行を補助してくれる。
「……この剣は、あらゆる縁を断ち切る、絶縁天魔のレピドライト」
手にした剣の刃が、リヒトの詠唱に応えるように眩しく光った。落下の方向を変える以上に勢いを殺さず、リヒトは真っ直ぐ魚の上に剣を落とす。
避けようと足掻いた魚の喉に剣は食い込んだ。
蒼い光が放射線に走り、魚の身体が砕ける。
白い鱗片が雪のように散って空中に溶けた。
世界への干渉を断ち切られた虚空魚は、跡形も残さずに消失する。後には、リヒトの持つ魔王の剣から広がった蒼い炎が燃えているだけだ。
炎の燐片は静かになった空へゆっくり舞い上がる。
戦いの間にも時間は経過している。天空はすっかり暗い群青に染まり、一番星が光っていた。宵の明星をかすめて、失われた命を見送るように流れ星が散った。
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