幼馴染の勇者が一般人の僕をパーティーに入れようとするんですが

空色蜻蛉

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第二章

04 現場は混乱の極みです

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 ゴブリンロードは棍棒を手に歴戦の強者といった風体で、巨駆を誇示するように壁の内側にゆっくり足を踏み入れる。
 矢を射掛けていた人々はその異様な姿に戸惑ったように、一旦、攻撃の手を止めた。
 松明に照らし出されたゴブリンロードの姿に、ここまで走ってきた少女が息を呑む。彼女の妄想していた金髪の美男では無いと思うのだが。

「格好いい……」
「へ?」

 少女の口から漏れ出た言葉に、リヒトは間抜けな声で思わず聞き返した。なんだって?

「ダンディーな筋肉のおじさまだわ! 絵本とは違うけど、これはこれでアリかも?!」
「い、いや無しだろ、どう見ても!」

 リヒトは目を輝かせている少女に突っ込みを入れる。
 確かに、ちょっと汚くて緑色なのを除けば、威風堂々とした戦士で格好よく見える……のか? ブンブンと頭を振る。夢見がちな少女に毒されている。

「ムスメ……?」

 一方のゴブリンロードは、群衆を見渡して少女に目を止める。
 リヒトはゴブリンロードの目にハートマークが浮かぶのを見た気がした。

「カワイイ……ムスメ、オレノヨメ……!」
「待て待て待てーいっ」

 どうやら一目惚れのようだ。
 天魔の能力のせいで他人の人間関係に敏感なリヒトは、ゴブリンロードとリリィの間が目に見えない赤い糸が結ばれたのを感じた。
 こ、これはむしろ積極的に縁を切ってやるべきなのでは……?

「そこ、一般人は下がりなさい! あれ、昼間の坊やじゃないか。どうしたんだい、こんなところで」

 昼間、教会で会った女性神官のイアンナが、射手を押し退けて前に出る。彼女はリヒトに気付いて不思議そうにした。

「み、道に迷って」
「こんな夜中にかい」

 リヒトの苦しい言い訳に眉を上げるイアンナだが、すぐにそんな場合ではないとゴブリンロードに向き直った。
 彼女は勇ましく声を上げる。

「ゴブリンの王だか何だか知らないが、人間を舐めるんじゃないよ! 壁を壊した分はきっちり身体で支払ってもらう! 具体的にはその首に懸かった賞金でね! そういう訳で私は戦わないけど勇者ちゃんがお前の相手だ! いいかい、くれぐれも私に攻撃するんじゃないよ!」
「戦わないんだ……」
「どっきなさーいっ」

 単なる応援だと開き直るイアンナ。
 続いて、跳躍して人混みを乗り越えた小柄な人影が、高く宙を飛んでゴブリンロードに切りかかる。波打つ紅茶色の髪を頭の後ろで一纏めにし、太い眉の下の瞳を鮮やかな紅に染めた威勢の良い少女。
 リヒトの幼馴染みのアニスだ。

「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! 美少女勇者アニスちゃん参上!」
「何その口上?!」

 振り下ろした剣はゴブリンロードの棍棒に受け止められたが、アニスは空中で一回転して華麗に地面に着地する。
 決めポーズを取っての台詞にリヒトは突っ込んだ。

「勇者にはパフォーマンスも必要なんだよ。皆に愛される皆のための勇者でないと応援してもらえないし。活動資金はいるし」
「最後のが本音ですよね?!」

 腕組みして説明するイアンナ。
 リヒトは真面目に帰りたくなってきた。
 一方で戦闘は継続中である。

「咲き誇れ、禁忌の薔薇よ!」

 アニスが叫ぶと、彼女の周囲から沸き起こった紅い光が螺旋を描き、蔦のように地面を這ってゴブリンロードに巻き付いていく。
 ゴブリンロードは剛力で戒めを解こうとするが、アニスの天魔はそれを許さない。動きの止まったゴブリンロードに向けて、彼女は聖剣を叩きつける。
 錆びた鎧が砕け、緑色の肌に裂傷が刻まれた。
 外見に反した赤い血が吹き出す。

「あははははっ、血を! もっと血を寄越しなさい!」

 戦いで興奮しているのか、アニスの台詞が段々怪しくなってきた。
 もはや誰が悪役か分からない。

「王様、負けないで!」

 リリィは傷付いたゴブリンロードを見て涙ぐんだ。
 並の魔物では無いゴブリンロードだが、強力な天魔を持つアニスが相手では分が悪いらしい。その筋骨隆々とした身体に次々と傷が増えつつある。

「あっ?!」

 ゴブリンロードが手放すまいと握りしめていた棍棒が、アニスの攻撃を受けて弾き飛ばされる。いよいよ勝負の決着の時だ。
 リヒトは静かに勝負のいく末を見守った。

「リリィは可哀想だけど現実は厳しいから仕方ない。でも……ゴブリンの王様が目の前で殺されたらショックだよな」

 世間的に悪いのは、どう見ても侵略してきたゴブリン達で。
 少女と怪物をつなぐささやかな約束など、大衆の正義の前では呆気なく断たれてしまう。儚い少女の純心を思って、リヒトは眉をしかめた。
 その時、月を背にモコモコした獣が空を舞った。

「終わりよ!……え?」

 剣でゴブリンロードの胸板を貫こうとしたアニスが、途中で横から吹っ飛ばされる。

「何なのー?!」

 瓦礫に突っ込んだアニスは衝撃で目を回して気絶した。
 ぶつかったのが柔らかくてフワフワの塊だったので大きな怪我は無いようだ。

「メエエエ!」
「羊さん!」

 勇者を吹っ飛ばした後、元のサイズに戻った羊のメリーさんがリヒトに向かって一直線に駆けてくる。
 リヒトは再会の喜びに感極まって、飛び込んでくるメリーさんと抱き合った。

「ああメリーさん! 会いたかったよ!」
「メエメエ(誰か忘れてない?)」
「リ、リヒト……」
「ん?」

 通りに捨てられていた紙袋を引っかけてゾンビのように、見覚えのある金髪碧眼の少年が這いずってくる。
 羊さんが突進した時に背中から落ちた、リヒトの幼馴染みその2、羊飼いの少年レイルだ。

「俺のことは無視か?!」
「あれ、レイル、どうしたのそんな格好で」

 ようやくレイルに気付いたリヒトは、目を丸くする。
 哀れレイル少年は、獣道をいく羊のメリーさんの背中で木の枝やクモの巣に引っ掛かってズタボロになり、道中まともに飲食ができなかったせいで衰弱していた。

「もう羊の次でも構わねえよ。頼むからリヒト、水、水をくれ……」
「レイル……何かつらいことがあったんだね」
「……というか、何がどうなってるんだい?!」

 誰もが思っていた事を代表して女性神官イアンナが叫ぶ。
 リヒトはそこでようやく我にかえって混乱した現場を見回した。

 ノックアウトされた勇者。
 呆然としているゴブリンロードとパン屋の娘。
 今にも力尽きそうな友人。
 メエメエと鳴く可愛い羊。

「……もう帰ってもいいかな?」

 収拾の付かない組み合わせに早々に思考を放棄したリヒトは、逃走する気満々で小首を傾げてみせた。


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