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第二章
09 最強の一般人
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間近で見る勇者は、淡い金髪に水色の瞳をした涼しい印象の美少女だった。勇者というのは女性が多いのだろうか。きっと男性もいるのだろうけど、まだ会った事がない。
レイルはうまくアニスを引き留めてくれたらしい。
見知らぬ勇者は一人きりだった。
リヒトは緊張と不安を胸の内に押し込めて、余裕に見えるように振る舞う。
「僕は自己紹介しましたよ。勇者様のお名前は?」
「ソラリア」
答えた勇者は空に手を伸べる。
「下らない用で私の手をわずらわせないで下さい。私の可愛いカラス達、彼を攻撃なさい」
晴れていた空に複数の黒い影がよぎる。
空を振りあおぐと、十数羽のカラスが鋭いくちばしを向けて、こちらに急降下してくるところだった。
慌てず騒がず、リヒトも自分の天魔を使う準備を開始する。
「……我が内に潜みし天魔よ、顕現せよ」
「何?!」
リヒトの瞳が妖しく光る蒼に染まる。
天魔のスキル、心開眼が発動した。
青に沈んだ視界に浮かび上がる光の線、それは人々を繋ぐ絆を可視化したものだ。誰もが目に見えない絆で繋がりあっている。
降下してくるカラス達は勇者ソラリアと光る糸で繋がっている。
それを断ち切るのは簡単だが、もっと他の方法もある。
天魔の本能がそうリヒトに囁いた。
どうやらアニスとの一件で経験を積んだため、応用で別の能力が使えるようになったらしい。
「強奪縁帯!」
リヒト目指して飛んできたカラス達が途中で失速する。
鳥達は困ったようにリヒトの周囲をふらふら飛ぶ。中の一羽がリヒトの肩に降りた。おとなしいカラスの黒い羽を、リヒトは撫でる。
「わ、私の鳥達に何をしたんですか?!」
「カラスって案外、可愛いですね。ふふ」
使い魔であるカラス達を横から奪われたソラリアは愕然とした。しかし、彼女は経験を積んだ勇者である。すぐに状況を把握した。
「君は天魔の能力者ですか。教会の関係者とは思えない……ハグレですね?」
「そうなりますね」
「特殊系の能力者、教会に見つからなかったのはその能力のせいですか。厄介な。しかし君のような特殊系は、物理的、攻撃的なスキルを持っていないことが殆どです。気をつけてさえいれば、どうという事もない!」
ソラリアの言う通りだ。
リヒト自身も自分のスキル構成については把握している。決まれば強力かもしれないが、リヒトが持つスキルは直接、攻撃を加えるようなものではない。
「覚悟なさい! 我が天魔は、神の係累たる災禍鳥魔女! 不届き者よ、我が呪いの剣を受けるがいい!」
彼女が振り上げた聖剣が不気味な赤色を帯びる。
「呪いの剣……?!」
「私の剣に斬られた傷は決して癒えないのです。苦しんで死になさい!」
肩にとまっていたカラスが慌てたように飛び立つ。
天魔によって増幅された身体能力をフル活用して、リヒトは勇者から距離を取る。一撃でも受ければ塞がらない傷が付き、それは致命傷となるだろう。
逃げ回るリヒトを援護するように、カラス達が戦う二人の間を飛び回る。
「私のカラス達を……卑怯な!」
自分の使い魔を切りたくないのか、ソラリアの剣先が鈍る。
「勇者様はどうして魔物を倒すんだい?」
「魔物は世界の敵! 倒すべき災厄です!」
「君のカラスは魔物の一種のようだけど」
言葉を理解し、彼女の武器として使い魔として振る舞うカラス達。
それは魔物と似た存在だと、リヒトは指摘する。
「魔物は倒さればなりません……でなければ、私の存在する意味がなくなってしまう!」
ソラリアから伸びる絆の糸がすっとリヒトの身体をかすめる。
その瞬間、リヒトの中を彼女の記憶の欠片が通りすぎた。
鳥達に育てられた少女。
魔物の養い子、それが彼女。
けれど教会に保護された彼女は、魔物を、彼女の家族を殺す道を選んだ。
「魔物は悪でなくてはならない! 人間の敵でなくてはならない! そうでなければ、人であって人でない、私達の生きる場所はなくなってしまう! そこをどけ、ハグレ天魔!」
ヒュン、と危うい場所を赤く輝く剣が通り過ぎる。
リヒトはすんでのところで剣を避けた。
「君を縛るのは君自身だ、ソラリア。教会に従って魔物狩りをする理由なんて、本当はどこにもない。君にだって分かっているはずだ」
「黙れ!」
カラス達が飛び回る隙をぬい、リヒトは高く跳躍して一回転すると岩山の上に降り立つ。
時は満ちた。
名前を交換して、言葉を交わし、お互いを理解し……絆は芽生えた。
最後の一手を切り出す準備は整ったのだ。
「僕と一人きりで戦おうとした、それが君の敗因だ、ソラリア。僕と一対一を選んだ時点で、君の敗北は決定していたんだよ」
「どういう意味ですか?!」
彼女はリヒトが特殊な能力を持つと警戒していたが、仕込みは戦う前から始まっていたのだ。
あとはただ、糸を切るだけでいい。
「我が刃は、すべての縁を断つ、絶縁天魔の剣……」
この剣は目に見えない人と人との繋がりを切断する。
リヒトは不穏な気配に気付いて急いで打ち込もうとするソラリアの目前で、彼女と自分を結ぶ細い糸を手にしたナイフで断ち切った。
「あ、あああああああっ!?」
「終わりだ」
目に見えない衝撃がソラリアの精神にダメージを与える。
短時間でつながった縁とはいえ、一時的に彼女の気を失わせるには十分な密度だった。
絆の消失は副作用として前後の記憶を曖昧にする効果もある。もう彼女は、リヒトのことを覚えていないだろう。
聖剣を取り落とし、地面に倒れるソラリア。
カラス達が心配そうに彼女の周囲に降りてカアカアと鳴いた。
「大丈夫だよ。命に別状はないから」
一時的にカラスのコントロールを奪ったものの、今はソラリアに返している。カラス達はリヒトを見て恨めしそうに鳴いた。操られて主人を攻撃しそうになったのだ、文句のひとつも言いたい気分だろう。
しかし、リヒトは別にカラス達に無理強いしたりしていない。ソラリアと必要以上に戦ったり、彼女を殺したりするつもりは毛頭ない。それが伝わっているからこそ、カラス達は不機嫌そうに鳴くだけで、リヒトに復讐したりする気配がないのだ。
戦闘を見守っていたゴブリンロードの影から、隠れていた少女がひょいと顔を出す。
「リヒトお兄ちゃん、勇者様を倒しちゃった……いったい何者?」
「僕は只の一般人だって」
リヒトは少女に答えると、軽く肩をすくめてみせた。
レイルはうまくアニスを引き留めてくれたらしい。
見知らぬ勇者は一人きりだった。
リヒトは緊張と不安を胸の内に押し込めて、余裕に見えるように振る舞う。
「僕は自己紹介しましたよ。勇者様のお名前は?」
「ソラリア」
答えた勇者は空に手を伸べる。
「下らない用で私の手をわずらわせないで下さい。私の可愛いカラス達、彼を攻撃なさい」
晴れていた空に複数の黒い影がよぎる。
空を振りあおぐと、十数羽のカラスが鋭いくちばしを向けて、こちらに急降下してくるところだった。
慌てず騒がず、リヒトも自分の天魔を使う準備を開始する。
「……我が内に潜みし天魔よ、顕現せよ」
「何?!」
リヒトの瞳が妖しく光る蒼に染まる。
天魔のスキル、心開眼が発動した。
青に沈んだ視界に浮かび上がる光の線、それは人々を繋ぐ絆を可視化したものだ。誰もが目に見えない絆で繋がりあっている。
降下してくるカラス達は勇者ソラリアと光る糸で繋がっている。
それを断ち切るのは簡単だが、もっと他の方法もある。
天魔の本能がそうリヒトに囁いた。
どうやらアニスとの一件で経験を積んだため、応用で別の能力が使えるようになったらしい。
「強奪縁帯!」
リヒト目指して飛んできたカラス達が途中で失速する。
鳥達は困ったようにリヒトの周囲をふらふら飛ぶ。中の一羽がリヒトの肩に降りた。おとなしいカラスの黒い羽を、リヒトは撫でる。
「わ、私の鳥達に何をしたんですか?!」
「カラスって案外、可愛いですね。ふふ」
使い魔であるカラス達を横から奪われたソラリアは愕然とした。しかし、彼女は経験を積んだ勇者である。すぐに状況を把握した。
「君は天魔の能力者ですか。教会の関係者とは思えない……ハグレですね?」
「そうなりますね」
「特殊系の能力者、教会に見つからなかったのはその能力のせいですか。厄介な。しかし君のような特殊系は、物理的、攻撃的なスキルを持っていないことが殆どです。気をつけてさえいれば、どうという事もない!」
ソラリアの言う通りだ。
リヒト自身も自分のスキル構成については把握している。決まれば強力かもしれないが、リヒトが持つスキルは直接、攻撃を加えるようなものではない。
「覚悟なさい! 我が天魔は、神の係累たる災禍鳥魔女! 不届き者よ、我が呪いの剣を受けるがいい!」
彼女が振り上げた聖剣が不気味な赤色を帯びる。
「呪いの剣……?!」
「私の剣に斬られた傷は決して癒えないのです。苦しんで死になさい!」
肩にとまっていたカラスが慌てたように飛び立つ。
天魔によって増幅された身体能力をフル活用して、リヒトは勇者から距離を取る。一撃でも受ければ塞がらない傷が付き、それは致命傷となるだろう。
逃げ回るリヒトを援護するように、カラス達が戦う二人の間を飛び回る。
「私のカラス達を……卑怯な!」
自分の使い魔を切りたくないのか、ソラリアの剣先が鈍る。
「勇者様はどうして魔物を倒すんだい?」
「魔物は世界の敵! 倒すべき災厄です!」
「君のカラスは魔物の一種のようだけど」
言葉を理解し、彼女の武器として使い魔として振る舞うカラス達。
それは魔物と似た存在だと、リヒトは指摘する。
「魔物は倒さればなりません……でなければ、私の存在する意味がなくなってしまう!」
ソラリアから伸びる絆の糸がすっとリヒトの身体をかすめる。
その瞬間、リヒトの中を彼女の記憶の欠片が通りすぎた。
鳥達に育てられた少女。
魔物の養い子、それが彼女。
けれど教会に保護された彼女は、魔物を、彼女の家族を殺す道を選んだ。
「魔物は悪でなくてはならない! 人間の敵でなくてはならない! そうでなければ、人であって人でない、私達の生きる場所はなくなってしまう! そこをどけ、ハグレ天魔!」
ヒュン、と危うい場所を赤く輝く剣が通り過ぎる。
リヒトはすんでのところで剣を避けた。
「君を縛るのは君自身だ、ソラリア。教会に従って魔物狩りをする理由なんて、本当はどこにもない。君にだって分かっているはずだ」
「黙れ!」
カラス達が飛び回る隙をぬい、リヒトは高く跳躍して一回転すると岩山の上に降り立つ。
時は満ちた。
名前を交換して、言葉を交わし、お互いを理解し……絆は芽生えた。
最後の一手を切り出す準備は整ったのだ。
「僕と一人きりで戦おうとした、それが君の敗因だ、ソラリア。僕と一対一を選んだ時点で、君の敗北は決定していたんだよ」
「どういう意味ですか?!」
彼女はリヒトが特殊な能力を持つと警戒していたが、仕込みは戦う前から始まっていたのだ。
あとはただ、糸を切るだけでいい。
「我が刃は、すべての縁を断つ、絶縁天魔の剣……」
この剣は目に見えない人と人との繋がりを切断する。
リヒトは不穏な気配に気付いて急いで打ち込もうとするソラリアの目前で、彼女と自分を結ぶ細い糸を手にしたナイフで断ち切った。
「あ、あああああああっ!?」
「終わりだ」
目に見えない衝撃がソラリアの精神にダメージを与える。
短時間でつながった縁とはいえ、一時的に彼女の気を失わせるには十分な密度だった。
絆の消失は副作用として前後の記憶を曖昧にする効果もある。もう彼女は、リヒトのことを覚えていないだろう。
聖剣を取り落とし、地面に倒れるソラリア。
カラス達が心配そうに彼女の周囲に降りてカアカアと鳴いた。
「大丈夫だよ。命に別状はないから」
一時的にカラスのコントロールを奪ったものの、今はソラリアに返している。カラス達はリヒトを見て恨めしそうに鳴いた。操られて主人を攻撃しそうになったのだ、文句のひとつも言いたい気分だろう。
しかし、リヒトは別にカラス達に無理強いしたりしていない。ソラリアと必要以上に戦ったり、彼女を殺したりするつもりは毛頭ない。それが伝わっているからこそ、カラス達は不機嫌そうに鳴くだけで、リヒトに復讐したりする気配がないのだ。
戦闘を見守っていたゴブリンロードの影から、隠れていた少女がひょいと顔を出す。
「リヒトお兄ちゃん、勇者様を倒しちゃった……いったい何者?」
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