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第二部
43 常夜の国の鬼退治(前編)
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常夜の国の、見知らぬ村にて。
古神の力で火事を消しとめ、ついでに騒ぎの源である妖刀を持つ男を鎮圧した俺は、血止めをした男をどうしようか悩んでいた。
一区切りついたものの、失血死寸前の男を放置していくのは寝覚めが悪い。
それに妖刀も、その辺に置いておくと、新たな犠牲者を呼びかねない。
「……借りた家がある。そこに」
「親方、意識が戻ったんですか?!」
景光が親方と呼ぶ男が、自分をどこに運んで欲しいか指示してきた。
親方は景光が背負った。俺は妖刀を風呂敷に包んで手に触れないように持ち、景光と一緒に歩き出す。悪人のズンドウは止血をして道に置き去りにした。
通りに並ぶ中で一番小さな家に、親方を運ぶ。
「あのぅ。空き地に古神があったのですが、あれはもしかして、あなたのものですか?」
家に入る寸前、村の人に声を掛けられた。
「そうですけど」
俺は正直に首肯したが内心ドキドキだ。
もしかして、駐車違反で罰金を取られるのか?!
「すごい! 皆、古神乗りがいらっしゃったぞ! あ、どうぞごゆっくりしていってください。後で酒や食べ物を運ばせますので」
唖然とする俺を気にせず、村の人は喜んで戻っていった。
「響矢さん、古神乗りは英雄なんです」
景光が俺の疑問を察して説明してくれる。
「古神乗りというだけで、歓待を受けられる村もあります」
「へー」
「火事を消しとめたのは響矢さんじゃないですか。正当な報酬だと思って、堂々としてくださいよ」
見ている間に、次々と村人がやってきて、家の前で俺に向かって手を合わせ、貢ぎ物を置いていく。
火事で焼けた家の人もいるだろうに、ちょっと悪いなと思う。
だが温かいお握りや飲み物は、放っておくと腐るだけだし、ありがたく頂くとしよう。
俺は畳の上に座り込んで寛ぐ姿勢になった。
「ソラト、この方は誰だ? お前とどういう関係なんだ?」
親方は俺を見て、不思議そうに言ってきた。
景光が戸惑いながら、紹介を始める。
「この方は地上の古神乗りで、久我響矢……俺の、主君だ」
「ぶっ!」
俺は口にしかけた酒を吹き出した。
「主君?! 景光、そんな設定打ち合わせにあったっけ?」
「でも響矢さん、考えてみたら、俺はあなたに助けられて、ここまで来てるんです。もう響矢さんに仕えてるも同然なんじゃ」
「……」
どうしよう、そんな気がしてきたぞ。
「はっはっは。ソラト、随分大物を引っ掛けたな! 久我と言えば、有名な地上の古神乗りの家系じゃないか!」
親方が快活に笑った。
笑うと傷が痛そうだ。
「安心したぞ。お前を捨てた地上に戻って、お前が幸せになれるとは思えなかった。心配していたんだ」
「親方……」
「お前さえ良ければ、常夜に戻れと言おうと思っていた。だが、久我家に仕えて地上の世界で生きていくなら、それが一番いい。お前は地上の古神乗りの家系の生まれなんだから」
赤の他人の俺だが、良い話だなー、とホロリとしてしまった。
この親方さん、景光のことを親身になって考えてくれてるじゃないか。
「響矢さん! 感激してないで、俺の誓いを受けて下さいよ!」
「んー、誓い?」
「武家の主従の誓いです。真剣の刃に掛けて、主を裏切らないことを誓うんですよ!」
おう、現代日本から来た俺には馴染みの無い慣習だ。
景光がどうしてもと言うなら、やらないでもないが、大きな問題が一つ。
「今、俺もお前も、自分の刀を持ってないじゃん」
「……」
俺の刀は御門さんからの借り物だし、景光は帯刀せずに常夜に来たようだ。
気まずい空気が流れた。
「刀なら、そこの物置にあるものを、持っていくといい」
親方が奥を指差して言う。
見ると、籠に無造作に刀が何本か放り込まれていた。
「良いんですか?」
「妖刀から救ってもらったお礼だ。あの中には一本くらい業物が混ざっていたはずだから、何かの役に立つだろう」
「では遠慮なく」
やった。御門さんに新品の刀を返せるかもしれない。
常夜の国は、二つの月が空に浮かんでいるが、両方空にある時は「昼」、片方しかない時は「夜」なんだそうだ。
夜になると、ただでさえ暗い常夜がさらに暗くなるので、人々は出歩くのを控える。
俺と景光は、夜が更けるのを待つ間、親方と情報交換をした。
「お前ら、城州の鬼屋敷に行くつもりなのか」
「鬼屋敷?」
親方は、目的地の久我の屋敷について、情報を持っていた。
「ああ、そうだ。昔、地上の貴族が建てたとかいう屋敷があるが、空き家になってから、人を食う鬼が棲み着いているらしい」
俺は、優矢叔父さんの屋敷が幽霊屋敷になっていた件を思い出して遠い目をした。
なんで久我家はこんなんばっかりなんだろう。
「鬼か。空から古神で爆撃して、殲滅してしまおうぜ」
「できますか? 俺のスクナビコナは、銃などの遠距離用装備はありません。響矢さんのサルタヒコも」
「じゃあ古神のまま乗り込んでバッサバッサと斬り倒す」
「構いませんが、屋敷を壊すと、古神格納庫の入口がどこにあるか分からなくなるのでは」
古神というのは強力な兵器だが、それだけに小回りが効かない。
屋敷ごと鬼や野盗を焼き払うのは簡単なのだが、灰になった屋敷跡地を掘り返して調べものをするのか、という話だ。
俺は少し考えた。
鬼かー。昔話では、どうやって鬼を倒すんだっけ。
「じゃあ、景光が女装して嫁入りするのは? 宴で眠り薬を盛った酒をたらふく鬼に飲ませるんだ」
「ええっ?! 嫌ですよ! 勘弁してくださいよ!」
俺の提案に、景光は半泣きになって首を横に振った。
「酒ならあるぞ」
親方は、家の前に積まれた貢ぎ物の酒樽を示した。
「婚礼衣装も、そういえば仕入れた中にあったな……」
「え、本気でやる? 面白そうだな」
「面白がらないでくださいよ!!」
ちょうど材料は揃っていた。
本当に鬼屋敷になってるなら、一芝居うっても良いかもしれない。
念のために酒樽や薬を古神に積み込んで、俺たちは城州へ出発した。
古神の力で火事を消しとめ、ついでに騒ぎの源である妖刀を持つ男を鎮圧した俺は、血止めをした男をどうしようか悩んでいた。
一区切りついたものの、失血死寸前の男を放置していくのは寝覚めが悪い。
それに妖刀も、その辺に置いておくと、新たな犠牲者を呼びかねない。
「……借りた家がある。そこに」
「親方、意識が戻ったんですか?!」
景光が親方と呼ぶ男が、自分をどこに運んで欲しいか指示してきた。
親方は景光が背負った。俺は妖刀を風呂敷に包んで手に触れないように持ち、景光と一緒に歩き出す。悪人のズンドウは止血をして道に置き去りにした。
通りに並ぶ中で一番小さな家に、親方を運ぶ。
「あのぅ。空き地に古神があったのですが、あれはもしかして、あなたのものですか?」
家に入る寸前、村の人に声を掛けられた。
「そうですけど」
俺は正直に首肯したが内心ドキドキだ。
もしかして、駐車違反で罰金を取られるのか?!
「すごい! 皆、古神乗りがいらっしゃったぞ! あ、どうぞごゆっくりしていってください。後で酒や食べ物を運ばせますので」
唖然とする俺を気にせず、村の人は喜んで戻っていった。
「響矢さん、古神乗りは英雄なんです」
景光が俺の疑問を察して説明してくれる。
「古神乗りというだけで、歓待を受けられる村もあります」
「へー」
「火事を消しとめたのは響矢さんじゃないですか。正当な報酬だと思って、堂々としてくださいよ」
見ている間に、次々と村人がやってきて、家の前で俺に向かって手を合わせ、貢ぎ物を置いていく。
火事で焼けた家の人もいるだろうに、ちょっと悪いなと思う。
だが温かいお握りや飲み物は、放っておくと腐るだけだし、ありがたく頂くとしよう。
俺は畳の上に座り込んで寛ぐ姿勢になった。
「ソラト、この方は誰だ? お前とどういう関係なんだ?」
親方は俺を見て、不思議そうに言ってきた。
景光が戸惑いながら、紹介を始める。
「この方は地上の古神乗りで、久我響矢……俺の、主君だ」
「ぶっ!」
俺は口にしかけた酒を吹き出した。
「主君?! 景光、そんな設定打ち合わせにあったっけ?」
「でも響矢さん、考えてみたら、俺はあなたに助けられて、ここまで来てるんです。もう響矢さんに仕えてるも同然なんじゃ」
「……」
どうしよう、そんな気がしてきたぞ。
「はっはっは。ソラト、随分大物を引っ掛けたな! 久我と言えば、有名な地上の古神乗りの家系じゃないか!」
親方が快活に笑った。
笑うと傷が痛そうだ。
「安心したぞ。お前を捨てた地上に戻って、お前が幸せになれるとは思えなかった。心配していたんだ」
「親方……」
「お前さえ良ければ、常夜に戻れと言おうと思っていた。だが、久我家に仕えて地上の世界で生きていくなら、それが一番いい。お前は地上の古神乗りの家系の生まれなんだから」
赤の他人の俺だが、良い話だなー、とホロリとしてしまった。
この親方さん、景光のことを親身になって考えてくれてるじゃないか。
「響矢さん! 感激してないで、俺の誓いを受けて下さいよ!」
「んー、誓い?」
「武家の主従の誓いです。真剣の刃に掛けて、主を裏切らないことを誓うんですよ!」
おう、現代日本から来た俺には馴染みの無い慣習だ。
景光がどうしてもと言うなら、やらないでもないが、大きな問題が一つ。
「今、俺もお前も、自分の刀を持ってないじゃん」
「……」
俺の刀は御門さんからの借り物だし、景光は帯刀せずに常夜に来たようだ。
気まずい空気が流れた。
「刀なら、そこの物置にあるものを、持っていくといい」
親方が奥を指差して言う。
見ると、籠に無造作に刀が何本か放り込まれていた。
「良いんですか?」
「妖刀から救ってもらったお礼だ。あの中には一本くらい業物が混ざっていたはずだから、何かの役に立つだろう」
「では遠慮なく」
やった。御門さんに新品の刀を返せるかもしれない。
常夜の国は、二つの月が空に浮かんでいるが、両方空にある時は「昼」、片方しかない時は「夜」なんだそうだ。
夜になると、ただでさえ暗い常夜がさらに暗くなるので、人々は出歩くのを控える。
俺と景光は、夜が更けるのを待つ間、親方と情報交換をした。
「お前ら、城州の鬼屋敷に行くつもりなのか」
「鬼屋敷?」
親方は、目的地の久我の屋敷について、情報を持っていた。
「ああ、そうだ。昔、地上の貴族が建てたとかいう屋敷があるが、空き家になってから、人を食う鬼が棲み着いているらしい」
俺は、優矢叔父さんの屋敷が幽霊屋敷になっていた件を思い出して遠い目をした。
なんで久我家はこんなんばっかりなんだろう。
「鬼か。空から古神で爆撃して、殲滅してしまおうぜ」
「できますか? 俺のスクナビコナは、銃などの遠距離用装備はありません。響矢さんのサルタヒコも」
「じゃあ古神のまま乗り込んでバッサバッサと斬り倒す」
「構いませんが、屋敷を壊すと、古神格納庫の入口がどこにあるか分からなくなるのでは」
古神というのは強力な兵器だが、それだけに小回りが効かない。
屋敷ごと鬼や野盗を焼き払うのは簡単なのだが、灰になった屋敷跡地を掘り返して調べものをするのか、という話だ。
俺は少し考えた。
鬼かー。昔話では、どうやって鬼を倒すんだっけ。
「じゃあ、景光が女装して嫁入りするのは? 宴で眠り薬を盛った酒をたらふく鬼に飲ませるんだ」
「ええっ?! 嫌ですよ! 勘弁してくださいよ!」
俺の提案に、景光は半泣きになって首を横に振った。
「酒ならあるぞ」
親方は、家の前に積まれた貢ぎ物の酒樽を示した。
「婚礼衣装も、そういえば仕入れた中にあったな……」
「え、本気でやる? 面白そうだな」
「面白がらないでくださいよ!!」
ちょうど材料は揃っていた。
本当に鬼屋敷になってるなら、一芝居うっても良いかもしれない。
念のために酒樽や薬を古神に積み込んで、俺たちは城州へ出発した。
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