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相葉悠一 編
第12話「石田奈美の情報」
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【九月三日(水曜日)】
オレは四時間目の化学の実験中、寝不足と空腹で、危うく持っていたフラスコを落としそうになった。なにやってんのよ、危ないわねっと、同じ班の石田美奈のつんざく声が飛んで来た。
「今日は、一段とボーとしてるわね。来たのも二時間目の途中だったし」
「……うるせーな」
石田奈美のキンキン声が、脳内に響く。なったことはないが、二日酔いってこんな感じなのかもしれないと思った。
「どうして、まともに来られないのよ。低血圧とか? 低血圧って、別に朝が弱いのに関係ないって、知ってた? 自称低血圧で朝弱いって人は、単なるグータラらしいわよ」
「別に、テーケツアツじゃねーよ……」
どーせ、夜更かししてるんじゃないの? なにやってるのよ。もしかしてエッチな動画でも観てるんでしょ、イヤらしいっ、などと何故か嬉しそうに、石田奈美はオレを蔑んだ。
反論する気力もない。
前夜、珍しく動画もネットも観なかったのだが、なんだか寝つきが悪くて、夜更かししたのは本当だ。
「あ、分かったっ。好きな子のことでも、考えて眠れなかったんでしょ?」
……は?
女って生き物は、どうして物事をいちいち、恋愛がらみに持って行きたがるのか。
石田奈美は、それでモンモンとして眠れなかったわけねー、で誰よ? 私の知ってる人? 同じクラスの子? あー待って、ちょっと待ってっ、当てるから。髪長い? 短い? と、一人で盛り上がっている。
後二十年もすれば、きっと立派なウワサ好きの、おせっかい口先オバさんになれるだろう。
まあ今でも、その資質は充分だけどな。
別に髪が長かろうが、短かろうが、どうでもいい。美人でスタイルがよくて、胸がでかくて、やらせてくれる女なら。
「分かった、城内さんでしょ!」
オレは再び、持っていたフラスコを落としそうになった。石田は、声を細めてさらに続ける。
「昨日の私の話を聞いて、ショックだったのね。そっかー、そうだったのかーっ。城内さんって、男子に人気ありそうだもんね~。無理よ、無理。あんたなんかじゃ。まあ、相手があの高橋先輩だったのが、せめてもの救いじゃない?」
無理で悪かったな、大きなお世話だ。
確かに前日、城内が男と付き合い出したと聞いて、少なからずショックだった。ただそれは、好きなアイドルが結婚発表した時に、受けるショックと似ていた。
ある意味、純粋なショックだったのかもしれない。指摘されて、ショックはオレの中で初めて確かな形になった。
どうしてそんなことも、分からなかったのか。答えは、杓子定規な化学の実験結果のように明らかだった。
あの夜、別のこと……そう、渡辺のことを考えていたからだ。
「もー、こうなったらあれよっ。あれ!」
「え?」
「願いが叶う本っ」
「はあ?」
城内を落とすより、そんな本が実在することの方が、難しいだろう。
――っていうか、ないからそんなの。
私が聞いた話によるとね、その本で、ずっと片想いしてた先輩から告白されたとか、超イケメンの他校生と付き合えた子がいるとか、芸能人と実は付き合い出したとか、もー色々すごいのよ! と石田は化学の実験中には、そぐわない興奮状態だ。
その話、僕知ってる。だけど、それって文芸部が広めたデマだって聞いたけど? と、とぼけた調子で同じ班の梅野が、横槍を入れるもんだから、石田は逆上した。
なんで、文芸部がそんな話広めるのよっ、本当なんだから、ふざけんな! と石田は梅野を畳み掛ける。梅野は尻込みして、小声でぶつぶつ文句を言っていた。文芸部が広めたデマって方が、どう考えても有力だろう。
ホント、女って生き物は。女という生き物に対し、思わず溜め息が溢れる。おおかた“本”や“物語”に興味を持たせるための、文芸部の策略だろう。
アホらしい。
ただ、そんなデマに乗せられている、底浅く単純な女どもが、少々羨ましくもあった。
オレは、険悪なムードの石田と梅野を遠巻きに、ただ四時間目が終るのを、壁掛時計を見ながら待ちわびた。
つづく
オレは四時間目の化学の実験中、寝不足と空腹で、危うく持っていたフラスコを落としそうになった。なにやってんのよ、危ないわねっと、同じ班の石田美奈のつんざく声が飛んで来た。
「今日は、一段とボーとしてるわね。来たのも二時間目の途中だったし」
「……うるせーな」
石田奈美のキンキン声が、脳内に響く。なったことはないが、二日酔いってこんな感じなのかもしれないと思った。
「どうして、まともに来られないのよ。低血圧とか? 低血圧って、別に朝が弱いのに関係ないって、知ってた? 自称低血圧で朝弱いって人は、単なるグータラらしいわよ」
「別に、テーケツアツじゃねーよ……」
どーせ、夜更かししてるんじゃないの? なにやってるのよ。もしかしてエッチな動画でも観てるんでしょ、イヤらしいっ、などと何故か嬉しそうに、石田奈美はオレを蔑んだ。
反論する気力もない。
前夜、珍しく動画もネットも観なかったのだが、なんだか寝つきが悪くて、夜更かししたのは本当だ。
「あ、分かったっ。好きな子のことでも、考えて眠れなかったんでしょ?」
……は?
女って生き物は、どうして物事をいちいち、恋愛がらみに持って行きたがるのか。
石田奈美は、それでモンモンとして眠れなかったわけねー、で誰よ? 私の知ってる人? 同じクラスの子? あー待って、ちょっと待ってっ、当てるから。髪長い? 短い? と、一人で盛り上がっている。
後二十年もすれば、きっと立派なウワサ好きの、おせっかい口先オバさんになれるだろう。
まあ今でも、その資質は充分だけどな。
別に髪が長かろうが、短かろうが、どうでもいい。美人でスタイルがよくて、胸がでかくて、やらせてくれる女なら。
「分かった、城内さんでしょ!」
オレは再び、持っていたフラスコを落としそうになった。石田は、声を細めてさらに続ける。
「昨日の私の話を聞いて、ショックだったのね。そっかー、そうだったのかーっ。城内さんって、男子に人気ありそうだもんね~。無理よ、無理。あんたなんかじゃ。まあ、相手があの高橋先輩だったのが、せめてもの救いじゃない?」
無理で悪かったな、大きなお世話だ。
確かに前日、城内が男と付き合い出したと聞いて、少なからずショックだった。ただそれは、好きなアイドルが結婚発表した時に、受けるショックと似ていた。
ある意味、純粋なショックだったのかもしれない。指摘されて、ショックはオレの中で初めて確かな形になった。
どうしてそんなことも、分からなかったのか。答えは、杓子定規な化学の実験結果のように明らかだった。
あの夜、別のこと……そう、渡辺のことを考えていたからだ。
「もー、こうなったらあれよっ。あれ!」
「え?」
「願いが叶う本っ」
「はあ?」
城内を落とすより、そんな本が実在することの方が、難しいだろう。
――っていうか、ないからそんなの。
私が聞いた話によるとね、その本で、ずっと片想いしてた先輩から告白されたとか、超イケメンの他校生と付き合えた子がいるとか、芸能人と実は付き合い出したとか、もー色々すごいのよ! と石田は化学の実験中には、そぐわない興奮状態だ。
その話、僕知ってる。だけど、それって文芸部が広めたデマだって聞いたけど? と、とぼけた調子で同じ班の梅野が、横槍を入れるもんだから、石田は逆上した。
なんで、文芸部がそんな話広めるのよっ、本当なんだから、ふざけんな! と石田は梅野を畳み掛ける。梅野は尻込みして、小声でぶつぶつ文句を言っていた。文芸部が広めたデマって方が、どう考えても有力だろう。
ホント、女って生き物は。女という生き物に対し、思わず溜め息が溢れる。おおかた“本”や“物語”に興味を持たせるための、文芸部の策略だろう。
アホらしい。
ただ、そんなデマに乗せられている、底浅く単純な女どもが、少々羨ましくもあった。
オレは、険悪なムードの石田と梅野を遠巻きに、ただ四時間目が終るのを、壁掛時計を見ながら待ちわびた。
つづく
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