あの夏の影

秋野小窓

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夏風邪

3:正二郎side

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 育海の部屋で煮込みうどんならぬ煮込みそうめん(にゅうめんと言うのだろうか)を一緒に食べた。食器と鍋を片付けている間に、育海は寝てしまったようだ。すぐには起きないだろうと、洗った食器類を自宅に戻しにいく。

 そしてまた、育海の部屋に戻る。起こさないよう、静かにドアを開けた。

 先ほどまでと様子が違う。ベッドを覗き込むと、うなされているようだった。すごい汗。
 慌てて階下に引き返す。薬箱。冷却シートはない。タオルを借りて、冷水で絞った。体温計も持って部屋へ上がる。

 濡れタオルを額に載せたところで、育海が目を覚ました。

「育、大丈夫?暑い?」
「ん……」
「熱は?」
「七度……」
「本当に?もっとありそうだけど。もう一回計ってごらん」

 緩慢な動作で脇に体温計を挟む。電子音。小さな表示窓には、38.8と出ていた。
 全然37度じゃない。上がっているじゃないか。

「薬飲んだんだよね?おかしいな。水飲める?」

 これだけ汗をかいていたら、脱水にならないか心配だ。ペットボトルを渡すとゴクゴクと3分の1ほど飲んだ。

「気持ち悪い」
「吐きそう?」
「ううん、汗」

 怠そうだが、着替えると言う。タンスからTシャツと短パンを適当に選んで出してやる。汗でまとわりついているせいか、苦戦した様子でなんとか着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。

「ほら、これ使いな」

 額から外していた濡れタオルを渡す。のそのそと首回りと脇のあたりに当てたかと思うと、ポトリと布団の上に落とした。全然拭けていない。

「貸して」

 背中。腕。胸、腹。汗で光る肌の上にタオルを滑らせる。
 苦しいのだろう。荒い呼吸。育海は目を伏せてじっとしていた。
 
「はい。下は自分でやりな」
「もういい」

 自力で新しいTシャツを被り、ベッドに倒れ込んだ。タオルケットを肩まで掛けてやる。

「正くん……」
「ん?」

 熱に浮かされ、焦点の定まらない目。ゆっくりとこちらを向いた。

「馬鹿って言ってごめんね」
「いいよ」

 昨日の話だ。
 俺が馬鹿なことなんて、俺が一番よく知っている。育海に言われても、そのとおりとしか言えない。

「正くん」
「何?」
「好き」
「なんだ、急に素直になって」

 思わず笑ってしまう。昨日は馬鹿で、今日は好きか。
 まあ、それだけ弱っているのだろう。
 育海は昔からそうだ。普段は気丈に振る舞っていて。両親が不在がちでも、うるさい親がいなくてラッキー、といつも言っていた。

 でもふとしたときに、こうやって弱い本音を漏らすのだ。寝言で何度「ママ」と呼ぶのを聞いたことか。

 懐かしい記憶に、フッ、と目を細める。あの頃のように頭を撫でてやると、力が抜けたように瞼を閉じた。

「俺はここにいるから。安心して寝てな」
「ん……」

 本当は寂しがり屋の育海。東京で一人でやれているのだろうか。こんな風に体調を崩したとき、頼れる相手はいるのだろうか。
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