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秋野小窓

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本編

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<鹿賀side>

 帰ってきてからの優太君は、目に見えて機嫌がよかった。通院の帰りの一件があり心配していたが、今日はそんなトラブルもなかったのだろう。

 相変わらず横並びの食卓で、夕食を前にしながら話を聴く。
 会社の話もされたが、鳩貝さんは優太君とは異なる仕事をしているからそれで落ち込むようなことはなかったそうだ。

「他にはどんな話を?」
「あとは、本の話とかですね。俺が今、難しい本とか読めないって話したら、今度おすすめの漫画貸してもらえることになりました」

 漫画か。この家には私の本ばかりで漫画は置いていない。

「欲しい本があったら置いてもらって構いませんよ」
「ありがとうございます。とりあえず、貸してもらえるので大丈夫です。また来週、鳩ちゃんと大宮行ってきますね」
「ええ、わかりました」

 医師の言うとおり、外に出て人と交流することは優太君の回復に有効なのだろう。優太君の様子を見て、納得した。

「そうそう、鹿賀さん、キッシュって食べたことありますか?」
「はい。ありますよ」
「俺初めて食べたんですけど、おいしいですね」

 送ってもらった写真。メインのチキンが被らないようにと思って見ていたが、優太君はサイドディッシュのキッシュが気に入ったらしい。

「ふふ。今度作りましょうか」
「作れるんですか!?」
「ええ。任せてください」

 やった、と小さく呟いて。にこりと極上の笑顔を向けてくれる。
 こんなに晴れやかな笑顔を見たのは数日ぶりだ。思わず彼の頬に手を伸ばす。

「ん、何か付いてましたか?」
「いいえ。触れたくなっただけです」

 親指の腹で柔らかな頬を撫でる。
 私といるだけでは取り戻せなかった笑顔。君はいつまでこの家にいてくれるのだろうか。

 照れたように逃げた視線は、物欲しげにこちらを見ていた愛犬に留まったらしい。

「今日もラヴェルとお散歩できなかったなあ」
「大変だったんですよ。水たまりで遊んでいるお友だちと出会ってしまって」
「えっ、大丈夫でしたか?」
「なんとか無事です。でも、明日は優太君にも一緒に行ってもらえると有り難いですね」

 水飛沫を飛ばされそうになった程度で、本当はそこまで大事件ではなかった。彼が頼みごとに弱いと知っていて、そんな姑息なことを言う。いつまでも君にいてほしい。私の本心など、それだけなのだ。

 食事を終えた優太君が、「友だちと遊びたかったのか?」なんてラヴェルに話しかけている。
 長く息を吐いて、軽く頭を振った。優太君だって、友だちと遊びたいだろう。私だけの彼じゃない。彼には彼のコミュニティがある。
 いずれ戻る場所だって。
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