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欲しいもの

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 サラッと頰を撫でる、夜風の冷たい匂い。熱った身体が覚めるようで気持ち良い。


隣にあるはずの愛しい温もりを追うように、手を伸ばすと……誰もいなくて。



「んぅ、ノエル……様?」


頼りなくて、薄らと目を開けた。
まだ……少し身体が怠い。


足にも上手く力が入らない。


ぼく、ノエル様に触られて
そのまま寝ちゃったんだ。


ノエル様がしたかったことも
出来なかった……よね?



「あぁ、起こしちゃったかな。
……ごめんね、レイ。」

「!?いいえ、大丈夫……です。
寝ちゃってごめんなさい、僕……」

「気にしないで。」


上体を起こすとすぐに、優しい声が聞こえて安心した。

寝室の窓辺に腰を掛けながらぼんやりと外の景色を眺めている。


「……満月を見ているのですか?」

「うん、今日は月が近いから。」

「そう、ですか……」


月明かりに照らされた横顔。揺れる白髪が波立って揺れて、神秘的で綺麗だ。だけど、涼しげな目元がどこか寂しそうにも見えて


「僕も……」

「ん?」

「隣にいって良いですか?」

「あぁ、もちろん。おいで。」

「っ、はい!!」


少しでも離れたくなくて、慌ててベッドから降りようとすると


「あっ、わ!?」


「!?……大丈夫?」


「は、はい……すみません。」


盛大によろけた僕を、地面に着く前に目に見えない速さで素早く抱き止めてくれた。危ない、ノエル様じゃなかったら顔面から転んでた。


「無理しなくて良いよ。
身体……怠いでしょ?」

「!」


クスッと優しく笑ったノエル様に
かあっと顔が赤くなる。


「え、っと……あの……すみませんでした、途中から気を失ってしまったみたいで。」

「うん、これからって時に気絶されて、置いてけぼりの僕は生殺しだったけど」

「え!?」

「でも初めてのレイには刺激が強かったよね。ごめん、無理させた。」

「む、無理なんて……そんな、あの。
ぼくはただ……ッ」


うまく、ノエル様の顔が見られなくて
腕にしがみついたまま



「……きっ、気持ち良かった……です//」

「!?」


早口で、ボソボソと呟いた。
……僕はそうだけど、でも。



「僕ばかりで……
ノエル様に申し訳な……」

「ああ、ほんと可愛い。」

「!?」


言葉の途中に、ぎゅううっと腕の中に抱き込まれた。


苦しいけど、普段より嬉しそうなノエル様の声が



「もし、申し訳ないと思うなら。」


耳に溶ける。



「次はもう少し長く、起きていてくれる?」


「あっ……//
はいっ……!頑張ります。」



次もアレをするのか。
そう思うだけでドキドキが止まらない。


恥ずかしくて、また視線を逸らした僕の頭にちゅっ、と1つ優しいキスをして



「立てないなら抱っこしてあげる。」

「……ありがとうございます。」


ふわり、簡単に僕の身体を抱っこした。
反射的にしがみつく僕の背中を、小さな子供にするみたいにポンポンと撫でる。


気持ち良くて、ドキドキして
胸がきゅっと狭くなる。


ノエル様の首筋に顔を埋めて、抱きつけば、大好きな甘い香りがふわりと鼻を擽る。


「ノエル様……良い匂い。」

「そう?」


すりすりと、鼻を擦ると
ふっと笑ったノエル様に、窓枠に座るように降ろされて


「……もしかして、またベッドに戻りたいの?」

「えっ……!?」

「さっきから可愛いことばかりするから。煽ってるのかなって。」

「!?」


慌てた僕の手を取ると、甲に優しく口付けた。


「そ、そんなことは……」


ドキドキし過ぎて、心臓が止まりそう。
ぽーっとしてノエル様を見つめると


「……ねぇ、レイは欲しいものがある?」

「え?」


僕と向き合うようにして、同じように窓枠に腰掛けたノエル様。


片膝を立てて座ると、ぼんやりと浮かぶ月を見上げてる。



「欲しいものなんてありません。
今でも充分すぎるくらい幸せですから。」


畏れ多いくらい、こんな僕の身に余る以上の幸せだ。


「そう。可愛いレイが望むならきっと僕は何でも叶えてあげられるよ。」


ぽつり、呟いたノエル様の碧眼は
どこか遠くを見つめて


「……母様が言ったんだ。こんな美しい月夜の晩に、一度で良いからあの月を手に取ってみたいと。」


昔話を語るように、静かな口調で話し出す。僕に話しかけてるようで独り言のようでもあった。


「だから、ね?あの日の僕はこうして手を伸ばして、初めて心から願った。あの月が欲しいと。母様が望むものを贈ったら、元気が出てきっと病も良くなると思ったんだよ。」


スッと、長い腕を伸ばして
満月に掌を翳す。


夜風に靡いていた長い白髪が、一瞬ピタリと動きを止めた。


ノエル様の碧眼が、濃く色を増す。
ピリピリと大気の揺れる感覚。




「……あの、輝きが欲しい。」

「!?」


ノエル様の魔力に、カタカタカタと
地面が城全体が揺れる。


ギュウッと月に翳した右手を
ノエル様が握り込んだ瞬間に


堂々たる満月の輝きが消えて、空が漆黒の闇へと変わった。


代わりに



「……喜んでくれると思った。だから、母様にプレゼントしたんだよ。」


握り込んだノエル様の右手からは、目も開けられないほど眩い光が漏れ出ていた。


月……を?信じられない、けれど。
目の前で起きた出来事が本当なら


なんて、凄まじい力だろう。
僕らが思っていた以上にノエル様は


……強大な力を隠しているんだ。




「……母様は、泣いたよ。喜びじゃない、絶望していた。息子がこんなに大きな力を持ってしまったことが恐ろしかったんだ。そして、もう2度と本気で何かを欲しがってはいけないと言った。」


もしも貴方が望めば



「全てが手に入るだろうと、それが恐ろしいのだと。」



世界さえ変えられる。終わりにも出来る。



「ノエル……様。」


「だから、僕は世界を諦めた。
欲しがることもやめた。

指先1つでどうにでもなる世界なんてつまらないし、欲しがる価値もない。

母様も最期まで僕のことを心配して、死んでいったよ。」


絶対の力を持って生まれた苦しみを、ずっと抱えていたんだ。


ノエル様は



「こんな僕を、怖いと思う?」


こんなにも、孤独だったんだ。





「怖いはず……ないですっ!!」

「!!」



何も考えずノエル様の胸に飛び込んだ。


驚いて僕を受け止めたノエル様の手から
光が解放されて辺りを照らす。



「ノエル様がくださるものなら、僕は全て受け入れます。月をくれるというならば世界中に恨まれても、僕は喜んで受け入れます。

ノエル様さえいてくれたら、暗闇の世界だって……構いません。」



だから





「欲しがっていいんです。
例え世界が貴方を許さなくても

僕が傍にいますっ、絶対に離れません。」



お願い。




「自由になって、ノエル様の心に……従って下さい。」




苦しまないで。





「レ……イ……」



「……ノエル様。」



例え、身分違いの、叶わない思いだとしても。


……僕はこの人の側を離れない。
1人になんてするもんか。



誰よりも強くて、指先ひとつで世界を変える魔法使い。


それ故に、誰より孤独なこの人を。



「……貴方は1人じゃないです。」


……守ってあげたい。
小さくて弱い、何の力もない小鳥だけど。




「……僕が、いますから。」



傍で囀るくらい、許されるでしょう?



「……レイ、ありがとう。」


それ以外ないのに。


「……それ以外何も望みません。」



いつか失いそうで、怖いんだ。



言葉にしなくても、互いの胸の奥にある確信に近い予感。



今だけは離れたくない。


満月が輝きを取り戻した世界で
長く、抱きしめ合う僕らを



頼りない月明かりだけが
ぼんやりと映し出していた。
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