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ジャパニーズコネクション編

ヘリポートの殲滅戦ーその④

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刈谷京介はかつて、自分の兄たる刈谷阿里耶から、教えられた言葉を思い出す。
あれは、自分がこの街に来て、見習いとして働いていた時に、兄にふと呼び出された時に言われた言葉だ。
「まぁ、座んなよ」
そう言って、兄は自分に席を勧めた。兄はキューバ王国で取れた高価な葉巻を吸いながら、自分にもそれを手渡す。
京介はその葉巻を国王から記念品を譲渡される臣下のように恭しく受け取り、それを吸ってみせる。
「なぁ、京介……お前は頭が良いよな?」
その兄の質問に京介は躊躇なく首を縦に振る。
「そうだよな、そんなエリートさんに一つオレからの教授だ」
教授?兄は何を教えてくれると言うのだろうか。
「お前、この世界で一番重要なのは、何だと思う?」
と、言う兄の質問に京介は「金です」と答えてみせる。
だが、兄たる刈谷阿里耶は正解とも不正解とも言わずに、口元を緩めているままだ。
そして、しばらくの沈黙の後で、こう答えた。
「確かにな、金は大事だ。金さえありゃあ、一流の弁護士やら医者やらも味方につけられるよな、でもな、ここからがオレの教授だぜ、よく聞けよエリートさん」
阿里耶は葉巻の煙をめいいっぱい吐き出してから、えらく真剣な表情で京介に自分の瞳を合わせる。
「一番大事なのは、『信頼』さ、人と人との『信頼』だよ、お前……オレは確かにな、お前に比べりゃあ劣等生だ。頭が悪いせいか、高校しか出てねえよ、だけど、オレは市長より権力を持っている……それは何故か?」
阿里耶は京介に答えを言う前に、自分で結論を出して、喋った。
「それはだな、『信頼』を大切にしているからさ、子供ガキにはおもちゃをやるし、行き場のねえ奴にはメシと寝床を与え、金が無くて孤児院やら施設やらを開けない奴には、オレの金を与える。市長や警察には金を与え、オレらのタバコや銃の密造を黙認してもらう……それは、全て相手との『信頼』の上で成り立っているんだ。みんな、オレを信じて金や物を受け取る。だから、オレはこの街を手に入れられた。だから、お前も忘れんなよ、『信頼』をな……」

その兄の言葉を当時はいや、さっきまでは全く気にも留めていなかったが、今、トニーの恐ろしさを見て、兄の言葉の真意を悟った。兄はあの時教えていたのだ。信頼を破り、その相手を攻撃をすれば、どうなるかという事を。
トニーは45口径リボルバーを京介に構えたが。
「うん?どうやら、弾切れのようだ。運が良かったな、お前……」
トニーは空の拳銃をその場に投げ捨てる。
京介は恐怖に震え、その場にヘタレ込んでしまう。
トニーはそんな京介を冷たい目で口元を歪めながら言う。
「これがヤクザの親分?情けない、だから、ジャパニーズヤクザはダメなのだ。ユニオン帝国のゲルマンマフィアやロンバルディア王国のイタリアンマフィアとは違い、覚悟がない、お前は裏社会の人間失格だ。坊や……」
トニーはガレキから、尖ったガレキを取り出し、それを突き刺そうと忍び寄ってくる。
「よっ、よせ……やめろォォォォォォ~! 」
京介は恐怖のために、身動きが取れないまま口だけを動かし、迫り来る恐怖に対し牽制しようとするが。
「ダメだね、キミはわたしを裏切った。だから、報復をしなければならないんだよ」
トニーは歩みを止めようとはしない。だが、そこでトニーに異を唱える声が聞こえる。
「待てッ!コイツはおれ達ッ!お前は手を出すなッ!」
その言葉によって、京介は最悪な言葉が次々と脳裏によぎる。それらを全て自分が受けると考えた場合。
「うわァァァァァァァ~! 」
京介は悲痛な叫びを叫んだ後に、その場から起き上がり、トニーに自分を殺してくれと頼み始める。
「頼むよ! キミの手でおれを殺してくれッ!おれは刑務所に行くのだけは嫌なんだァァァ~! おれが憎いんだろ?おれを殺したいんだろ?さぁ、サッサとやってくれッ!」
京介は手を合わせて懇願するが、トニーはピタリと歩みを止めしまう。
「……辞めだ。わたしが手を下すのはやめだ。キミは警察に引き渡した方が面白そうだ。いや、面白い反応が見れそうだ。明日のネットニュースが楽しみだな」
その言葉に京介は狂人のような叫び声を上げて、真っ直ぐに何処かへと走って行く。
「おい待てッ!」
孝太郎は重い体を動かし、京介を追いかける。京介はヘリポートから、近くの五階建てのマンションへと逃亡した。
孝太郎はマンションに登り、京介を屋上にまで追い詰めた。
「大丈夫だ。お前を悪いようには扱わない、だから、コッチへと来な……」
孝太郎は武器さえ見せずに、手を差し伸べたが、京介は激しく首を横に振って拒絶する。
「いいや、おれはここで死ぬよ、お巡りに捕まるくらいならば、おれは死を選ぶ……おれの怖いのは、おれの経歴に負の経歴がつくことだけさッ!」
そう叫んでから、京介は頭を抱えて狂ったように笑い出す。
「何がおかしいんだ?」
孝太郎は真剣な顔つきで京介に尋ねる。
「いいや、あんたらはこれからが大変だと思ってさ、あんたおれを追いかけたが、淳はどうするんだ?トニーと一緒だと殺されたかもしれないぜ、それにあんたの不運はまだあるな、この街にイタリアンマフィアが進出してきてんだ。アイツらはおれらを配下にする予定だったらしいが、無駄な努力になりそうだな、刈谷組はこれから、壊滅すんのによぉ~」
「どうしてだ?」
「何故って、組長の血縁が二人とも死んだら、組は壊滅だろ?誰が、イタ公から街を守るんだ?」
その言葉に孝太郎は深いため息を吐いてから、答える。
「お前は勘違いしているようだが、この街の市民の安全と平和を守るのは警察官の役目だ。お前らヤクザじゃあない」
「どうだかね、自由三つ葉葵党の息がかかった警官の不正は絶えないし、ビッグ・トーキョーの警察上層部も不正が絶えんと聞くぜ、そんなお前らに捕まるのだけは絶対に嫌だねッ!」
京介はそう叫ぶと、孝太郎の静止する声も聞かずに、マンションから身を投げ出した。その体が真っ直ぐ地面に落ちていき……。
「死んだか……」
孝太郎はマンションの上から、京介を見下ろした。哀れなヤクザの副組長に哀悼の意を示しながら。
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