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第二部『共存と憎悪の狭間で』

悪党の最期について

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 悪党の最期というのは大抵悲惨なものに終わる。それは小説や演芸においては鉄則のルールだといってもいい。
 その反面現実世界において悪党が凄惨な末路を辿ることは非常に少なかった。

 では、どうして創作の世界では悪党が悲惨な末路を遂げるのだろうか。
 その理由はたった一つ。現実での鬱憤を晴らすためである。

 創作の世界ならば最期に主人公たちの怒りを買って死ぬような人物が現実では大手を振って歩いている。

 賄賂を受け取った末に口封じで相手を殺した悪徳貴族。身勝手な理由で人を殺しておきながらも証拠不十分で釈放されてしまった殺人鬼。幼い少女を性のはけ口にして金儲けを行い、その事実を脅迫して少女を飼い殺しにしようとする悪徳商人。魔族の人々を過酷な労働に就かせ、殺した後謝罪もせずにのうのうと家族と共に暮らす資産家。そして、魔族を公然と差別し、嫌がらせを行う騎士団を自称する柄の悪い大人たち。

 例を挙げていけばキリがない。ヴィンセントはそんな世の中に憤りを感じていた。

 とりわけその中でも憤りを感じていたのは罪のない魔族たちを苦しめる騎士を名乗るごろつきたちの存在である。
 とりわけ、その中でもシモーヌというのが実に悪質な存在だったと思われる。

 シモーヌは自身のポテンシャルを活かし『神に仕える聖女』ということを内外に知らしめていたばかりではなく、神の名を語って魔族たちに差別と偏見の目を浴びせ、苦しめ続けていた。
 だからこそヴィンセントは分からせてやらなければならなかった。

 だからこそ処刑の場で殺すことなく、敢えて抵抗する権利を与え、僅かながら希望を与えて殺すことに決めたのだ。
 その甲斐もあってか、シモーヌは必死になって自身の光魔法を扱って抵抗しようとしていた。

 シモーヌは亡くなった人界防衛騎士団の自称勇者と同様に光魔法を使い、光の槍を振り回していたが、ヴィンセントには掠りすらしなかった。
 ヴィンセントは幻影の魔法を用いて多くの分身を使い惑わせていたので、シモーヌには手も足も出なかったのだ。

「う、嘘よッ! な、なんで私の槍が当たらないの!?」

 シモーヌは必死になって槍を突いたり、振り回したりしていた。
 だが、それでも直撃するのはヴィンセントの影ばかりで肝心の本体に関してはまるで手応えを感じなかったというのが本音だった。

 シモーヌの周りを無数ともいえる数のヴィンセントが取り囲んでいく。グルグルと自身の周りを取り囲んで回る姿は台風の渦のようだった。
 やがて距離が詰められ、気が付けばシモーヌの前後左右をヴィンセントが取り囲んでいくという形になっていた。

 無数のヴィンセントはシモーヌの周りを取り囲むと、そのまま剣先を怯えるシモーヌに向かって突き付けていく。
 溶解魔法を発射するつもりだろうか。はたまたその剣先で自身の体を貫いていくつもりだろうか。

 シモーヌには想像できなかった。いや、したくもなかったというべき方が適切だろう。いずれにしろシモーヌは取り囲まれてしまい、身動きができない状態にあった。

 あの剣が更に迫り来るか、もしくは今の距離からでも無敵の溶解魔法を放たれてしまえば勝ち目はない。

 これまで多くの魔族を泣かせてきた光の槍であったが、振るっても払っても相手を攻撃することはできなかったのだからもう意味はない。

 シモーヌに関してはもう『詰みの状態』にあったといってもいい。シモーヌは武器を放り捨て、両手を挙げて降伏を宣言した。

 しかしヴィンセントは剣を下ろさなかった。当たり前だ。元々この勝負はどちらかが死ぬかというものなのだ。
 いくら手を挙げたところでヴィンセントが了承するはずもなかった。

 堪らなくなり、シモーヌは両目から涙を溢した。恐怖による涙で両目の瞳は濡れ、腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。

「お願いします。降参します。助けてください。許してください」

 返答はない。ヴィンセントは相変わらず剣先を向けたままシモーヌを見下ろしている。

「わ、私が悪かったです。全部謝りますッ! これからは偉そうなことをしないで一生修道院に篭って生きていきますッ!」

 相変わらず返事は返ってこない。このままでは殺されてしまう。そんな危機感がシモーヌを襲っていった。
 そのため両手を地面の上につけ、額を地面の上に擦るという醜態を晒しながら謝罪の言葉を叫んでいく。

「お願いしますッ! 私が悪かったですッ! そ、そう……私は女ッ! 女ですよッ! ま、ま、ままさか殿方ともあろう者がか弱い女を殺したりしませんよね!?」

 シモーヌは恐る恐る顔を窺ったが相変わらずヴィンセントはこちらを見下ろしている。表情に変化は見えない。

「い、いや、こ、ここ殺さないで……」
 もはや言葉にすらなっていなかった。シモーヌの中に残っていたのは生きたいという一念のみだった。

「私は女ッ! 女なのにッ!」

 なんというめちゃくちゃな理屈だろうか。『女』という理由だけで敵を生かしておくような甘い奴がどこにいるというのだ。恐怖心によって頭が働いておらず、めちゃくちゃな理論になってしまっているというのが目に見えて分かる。

 残る命乞いの要素として残っていたのが自身の性別のみであったのは哀れであったが同情の余地は皆無だ。
 シモーヌの目の前にいたヴィンセントは無言で剣を振り下ろし、溶解魔法を浴びせていく。

 シモーヌは悲鳴を上げた。死に対する恐怖を訴える泣き声が辺り一面に広がっていく。
 だが、すぐにシモーヌの姿は灰色の塵へと変わっていった。塵と化したシモーヌの姿は御伽噺に登場する暖炉の上に置かれた多量の灰のようだった。

 その上に彼女が着ていた修道女のワンピースだけが置かれているのが見えた。
 ヴィンセントは灰を一掴みすると、そのまま地面の上に放り投げていった。
 灰の塊は地面の上へとぶつかり、その衝撃で固まっていたはずの灰が弾け、そのまま土の上で灰が風に飛んでいく。

 身勝手な理由で魔族を苦しめてきたような女には相応しい末路ではないだろうか。
 魔法を解いたヴィンセントはそんなことを考えていた。

 そしてヴィンセントは近くにあった修道女のワンピースを汚物でも握るかのように顔を歪めながら持っていった。
 そして青ざめている人界防衛騎士団の面々の前に修道女のワンピースを投げ付けたのである。

「さて、この女は死んだ。約束通り貴様らはここで死んでもらうぞ」

 その言葉を聞いた人界防衛騎士団の面々は顔を青ざめながら命乞いの言葉を吐き捨てていく。
 だが、ヴィンセントは眉一つ動かすことなく人界防衛騎士団の面々を処刑していった。

「流石は同志ヴィンセント……ここまでなされるとは。さすがですね」

「フン、こいつらはクズだ。生かしておいたら今後の魔族にとっての生活に有害となる。こいつらを生かしておいてはならん」

 ヴィンセントは鼻息を鳴らすと、そのまま用意された玉座の上に腰を掛けていく。
 続いては人界防衛騎士団に並ぶ魔族差別の集団、ローズ騎士団を処刑する予定となっていた。

 同情の余地はない。すぐに消してしまおう。ヴィンセントは密かに決意していた。
 ローズ騎士団もクズだ。人界防衛騎士団と異なるのはジョン・ローズという絶対的な指導者がいて、そのジョンに騙されて動いていたというのは哀れといえる。

 だが、彼ら(人界防衛騎士団とは異なり、ローズ騎士団の中に女性はいなかった)が好んで魔族特権なるものを訴え、民衆たちの憎悪を煽ったり、『税金吸い取り』という言葉を使って魔族たちを攻撃していたのも事実だ。

 それ故にローズ騎士団を生かしておくことはできなかったのだ。
 ヴィンセントは震え上がるローズ騎士団の面々に向かって溶解魔法を喰らわせ、ローズ騎士団を全員溶かしていく。

 ヴィンセントは処刑を終えると、またしても玉座の上に戻っていった。
 そして集まった魔族たちに向かって言った。

「諸君ッ! 我々はもう我慢する必要はないッ! 我々は理想郷を築き上げたのであるッ! 人間に対する遠慮などは必要ないッ! 我々の手で由緒正しき理想郷を築き上げようではないかッ!」

「同志ヴィンセント万歳ッ! 同志ヴィンセントに感謝をッ!」

「同志ヴィンセント万歳ッ!」

 魔族たちによる賛同の声が部屋いっぱいに響き渡っていく。いや、部屋どころかバルボディ宮殿全体に賛同の声が響き渡っていった。
 その中でロゼ王女がヴィンセントの元に駆け寄っていった。

「おめでとう! ヴィンセント!」

「ありがとう。ロゼ」

 ヴィンセントはロゼに向かって優しく微笑んでいった。
 ロゼもそれに微笑み返したかと思うと、そのまま頭の上に被っていたティアラを外し、ヴィンセントの頭上に置いた。
 そしてそのまま両手を重ね、頭を下げていった。

「アラム王国、王女ロゼは今より魔族の王……いえ、魔族の皇帝ヴィンセント・オドホムルゲン一世陛下に忠誠を誓います」

「オドホムルゲン陛下万歳ッ!」

 誰かがそう叫ぶと、他の魔族たちもそれに同調して『皇帝万歳』の言葉を叫んでいく。
 ヴィンセントはこうして多くの魔族から認めれ、バルボディ宮殿を居城とした魔族による国家作りを進めていくことになったのだった。

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