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4.賊と灰色の獣
①
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その日もいつものように丸一日馬車で走り続け、夕方近くに野営に向いた森までたどり着いた。慌ただしく夜の簡単な食事も終わり、天幕が張られ人心地がついたころ、垂れ幕を押してクレイドが顔を出した。
「リオン様、お変わりはありませんか?」
いつものご機嫌うかがいだ。リオンはぱたぱたとクレイドに走り寄った。
「うん、大丈夫だよ」
リオンは笑顔でそう答えたが、クレイドの格好を見て首を傾げた。いつもならこの時間帯は軽服に着替えているのに、未だに隊服で胸当ても外していない。腰元に長剣も下げている。
リオンの視線を追ったクレイドが「ああ」と頷く。
「このあたりは国境に面していますので、念のために用心をしているだけです。心配はありません」
「そうなんだね、わかった」
クレイドがそう言うなら大丈夫なのだろう。
クレイドが天幕の内側に入ってくると、そばに控えていたエルが無言で立ち上がり、垂れ幕の向こうへと姿を消した。
いつもエルはクレイドが来ると席を外すのだ。席を外すと言っても幕一枚向こう側に移動するだけだが、リオンにとってはその差は大きい。ようやく本当にリラックスして息がつける時間だ。
「はあ……」
大きく息をはき、天幕の中心に敷かれた絨毯の上に座り込む。すると隣に腰を下ろしたクレイドが小さく笑った。
「リオン様はお疲れのようですね」
「え?」
「エルは頑固なところがあるので、なかなか大変でしょう」
ちいさな内緒話の声で同情するように言われ、リオンは苦笑を返した。
言葉にせずとも、エルと上手くやれていないことにクレイドは気づいているようだ。
エルに好かれてはいないことは最初からわかっていたが、五日も一緒に時間を過ごしてみても、彼の態度が軟化することはなかった。
「エルは……僕の世話をするのがいやなんだろうね」
「リオン様の世話をするのが嫌だというよりも、以前の役職に戻りたいのでしょうね。エルは陛下付きの侍従でしたので」
「えっ、陛下付きの侍従? そんな人がなぜ僕に付いてくれるの?」
「オースティン陛下の命です。それほど陛下はあなたの存在を大切に扱っているということですよ。今頃、あなたの到着をそわそわして待ちわびていることでしょうね」
「そうなんだ」
国王陛下に自分が心待ちにされているというのが信じられなかった。自分の何にそんなに価値があるのだろう。
(でも……国王陛下ってどんな人なんだろう)
クレイドの話だと、ノルツブルクの前王は五年前に身罷られたとのことだ。それから第三王子であるオースティン陛下が、第一王子と第二王子とを差し置いて王位についたらしい。
ということはかなりの切れ者なのだろうか。
(怖い人じゃないといいんだけどな……)
そのとき天幕の周囲がにわかに騒がしくなった。クレイドが顔を上げるのと、垂れ幕の向こうから慌てた護衛兵の声が聞こえたのは同時だった。
「失礼申し上げます! クレイド隊長! 周辺で不審な動きがあるとのことです!」
ものものしい言葉に、瞬時にクレイドの身体に緊張が張り詰めたのが分かった。
クレイドは素早く立ち上がると、垂れ幕を捲って護衛の兵に指示をいくつか与えた。それが終わるとこちらに再び戻ってきた。膝をついてしゃがみ込み、絨毯に座り込んで緊張で身体を固くしているリオンと目を合わせる。
「リオン様、大丈夫です。この辺りは国境が近いので、おそらく野盗のたぐいでしょう。心配ありません。念のため天幕のまわりは護衛の兵に守らせますので」
簡単に状況を説明し終わると、クレイドは立ち上がりかける。リオンは咄嗟にクレイドに袖を掴んでしまっていた。
「あ……」
(――行かないで)
その言葉がのどまで出かかる。
クレイドが騎士団の隊長ということは承知している。何かあれば先頭に立って戦わなくてはならないだろう。
わかっているのに、震えるリオンの指はクレイドの服を掴んで硬直したままだ。
(駄目だ、離さなくちゃいけない。だけど……)
「リオン様」
優しく名前を呼ばれ、リオンははっと顔をあげた。クレイドはまっすぐにリオンを見ていた。
「大丈夫です。あなたを絶対にお守りします」
灰色の瞳の中で虹彩がつるりと光り、真摯な色が宿っていた。薄い唇にわずかな笑みを浮かべ、リオンを安心させるように眉がなだらかに下がっている。
リオンははっと胸を突かれた。なぜか言葉が出ない。唇と開けたり閉じたりしても、震える息が漏れるだけだ。
「大丈夫です」
クレイドはリオンの目を見てもう一度はっきり言うと、自分の胸元を探って、首からかけた鎖のようなものを取り出した。
それを自分の首から外し、リオンの首にそっと掛ける。
「これをあなたに」
「これは……十字架?」
リオンは自分の首元に掛けられたものを見下ろし、目を瞬いた。銀の鎖の先に下がっていたのは、錆びかけた金属の十字架だった。
「ええ、これは私がお守りにしているものです。持っていてください。きっとあなたを守ってくださる」
「でも……これは大事なものじゃ……」
「だからこそあなたに持っていて欲しいのです。大丈夫です、すぐに戻ります」
クレイドは最後にくっきりと微笑みを浮かべると、素早く天幕を出て行った。
「リオン様、お変わりはありませんか?」
いつものご機嫌うかがいだ。リオンはぱたぱたとクレイドに走り寄った。
「うん、大丈夫だよ」
リオンは笑顔でそう答えたが、クレイドの格好を見て首を傾げた。いつもならこの時間帯は軽服に着替えているのに、未だに隊服で胸当ても外していない。腰元に長剣も下げている。
リオンの視線を追ったクレイドが「ああ」と頷く。
「このあたりは国境に面していますので、念のために用心をしているだけです。心配はありません」
「そうなんだね、わかった」
クレイドがそう言うなら大丈夫なのだろう。
クレイドが天幕の内側に入ってくると、そばに控えていたエルが無言で立ち上がり、垂れ幕の向こうへと姿を消した。
いつもエルはクレイドが来ると席を外すのだ。席を外すと言っても幕一枚向こう側に移動するだけだが、リオンにとってはその差は大きい。ようやく本当にリラックスして息がつける時間だ。
「はあ……」
大きく息をはき、天幕の中心に敷かれた絨毯の上に座り込む。すると隣に腰を下ろしたクレイドが小さく笑った。
「リオン様はお疲れのようですね」
「え?」
「エルは頑固なところがあるので、なかなか大変でしょう」
ちいさな内緒話の声で同情するように言われ、リオンは苦笑を返した。
言葉にせずとも、エルと上手くやれていないことにクレイドは気づいているようだ。
エルに好かれてはいないことは最初からわかっていたが、五日も一緒に時間を過ごしてみても、彼の態度が軟化することはなかった。
「エルは……僕の世話をするのがいやなんだろうね」
「リオン様の世話をするのが嫌だというよりも、以前の役職に戻りたいのでしょうね。エルは陛下付きの侍従でしたので」
「えっ、陛下付きの侍従? そんな人がなぜ僕に付いてくれるの?」
「オースティン陛下の命です。それほど陛下はあなたの存在を大切に扱っているということですよ。今頃、あなたの到着をそわそわして待ちわびていることでしょうね」
「そうなんだ」
国王陛下に自分が心待ちにされているというのが信じられなかった。自分の何にそんなに価値があるのだろう。
(でも……国王陛下ってどんな人なんだろう)
クレイドの話だと、ノルツブルクの前王は五年前に身罷られたとのことだ。それから第三王子であるオースティン陛下が、第一王子と第二王子とを差し置いて王位についたらしい。
ということはかなりの切れ者なのだろうか。
(怖い人じゃないといいんだけどな……)
そのとき天幕の周囲がにわかに騒がしくなった。クレイドが顔を上げるのと、垂れ幕の向こうから慌てた護衛兵の声が聞こえたのは同時だった。
「失礼申し上げます! クレイド隊長! 周辺で不審な動きがあるとのことです!」
ものものしい言葉に、瞬時にクレイドの身体に緊張が張り詰めたのが分かった。
クレイドは素早く立ち上がると、垂れ幕を捲って護衛の兵に指示をいくつか与えた。それが終わるとこちらに再び戻ってきた。膝をついてしゃがみ込み、絨毯に座り込んで緊張で身体を固くしているリオンと目を合わせる。
「リオン様、大丈夫です。この辺りは国境が近いので、おそらく野盗のたぐいでしょう。心配ありません。念のため天幕のまわりは護衛の兵に守らせますので」
簡単に状況を説明し終わると、クレイドは立ち上がりかける。リオンは咄嗟にクレイドに袖を掴んでしまっていた。
「あ……」
(――行かないで)
その言葉がのどまで出かかる。
クレイドが騎士団の隊長ということは承知している。何かあれば先頭に立って戦わなくてはならないだろう。
わかっているのに、震えるリオンの指はクレイドの服を掴んで硬直したままだ。
(駄目だ、離さなくちゃいけない。だけど……)
「リオン様」
優しく名前を呼ばれ、リオンははっと顔をあげた。クレイドはまっすぐにリオンを見ていた。
「大丈夫です。あなたを絶対にお守りします」
灰色の瞳の中で虹彩がつるりと光り、真摯な色が宿っていた。薄い唇にわずかな笑みを浮かべ、リオンを安心させるように眉がなだらかに下がっている。
リオンははっと胸を突かれた。なぜか言葉が出ない。唇と開けたり閉じたりしても、震える息が漏れるだけだ。
「大丈夫です」
クレイドはリオンの目を見てもう一度はっきり言うと、自分の胸元を探って、首からかけた鎖のようなものを取り出した。
それを自分の首から外し、リオンの首にそっと掛ける。
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「これは……十字架?」
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「ええ、これは私がお守りにしているものです。持っていてください。きっとあなたを守ってくださる」
「でも……これは大事なものじゃ……」
「だからこそあなたに持っていて欲しいのです。大丈夫です、すぐに戻ります」
クレイドは最後にくっきりと微笑みを浮かべると、素早く天幕を出て行った。
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