【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ

文字の大きさ
8 / 61
4.賊と灰色の獣

しおりを挟む
 その日もいつものように丸一日馬車で走り続け、夕方近くに野営に向いた森までたどり着いた。慌ただしく夜の簡単な食事も終わり、天幕が張られ人心地がついたころ、垂れ幕を押してクレイドが顔を出した。

「リオン様、お変わりはありませんか?」
 いつものご機嫌うかがいだ。リオンはぱたぱたとクレイドに走り寄った。

「うん、大丈夫だよ」
 リオンは笑顔でそう答えたが、クレイドの格好を見て首を傾げた。いつもならこの時間帯は軽服に着替えているのに、未だに隊服で胸当ても外していない。腰元に長剣も下げている。

 リオンの視線を追ったクレイドが「ああ」と頷く。

「このあたりは国境に面していますので、念のために用心をしているだけです。心配はありません」
「そうなんだね、わかった」

 クレイドがそう言うなら大丈夫なのだろう。
 クレイドが天幕の内側に入ってくると、そばに控えていたエルが無言で立ち上がり、垂れ幕の向こうへと姿を消した。

 いつもエルはクレイドが来ると席を外すのだ。席を外すと言っても幕一枚向こう側に移動するだけだが、リオンにとってはその差は大きい。ようやく本当にリラックスして息がつける時間だ。

「はあ……」

 大きく息をはき、天幕の中心に敷かれた絨毯の上に座り込む。すると隣に腰を下ろしたクレイドが小さく笑った。

「リオン様はお疲れのようですね」
「え?」
「エルは頑固なところがあるので、なかなか大変でしょう」

 ちいさな内緒話の声で同情するように言われ、リオンは苦笑を返した。
 言葉にせずとも、エルと上手くやれていないことにクレイドは気づいているようだ。

 エルに好かれてはいないことは最初からわかっていたが、五日も一緒に時間を過ごしてみても、彼の態度が軟化することはなかった。

「エルは……僕の世話をするのがいやなんだろうね」
「リオン様の世話をするのが嫌だというよりも、以前の役職に戻りたいのでしょうね。エルは陛下付きの侍従でしたので」

「えっ、陛下付きの侍従? そんな人がなぜ僕に付いてくれるの?」

「オースティン陛下の命です。それほど陛下はあなたの存在を大切に扱っているということですよ。今頃、あなたの到着をそわそわして待ちわびていることでしょうね」
「そうなんだ」

 国王陛下に自分が心待ちにされているというのが信じられなかった。自分の何にそんなに価値があるのだろう。

(でも……国王陛下ってどんな人なんだろう)

 クレイドの話だと、ノルツブルクの前王は五年前に身罷られたとのことだ。それから第三王子であるオースティン陛下が、第一王子と第二王子とを差し置いて王位についたらしい。
 ということはかなりの切れ者なのだろうか。

(怖い人じゃないといいんだけどな……)

 そのとき天幕の周囲がにわかに騒がしくなった。クレイドが顔を上げるのと、垂れ幕の向こうから慌てた護衛兵の声が聞こえたのは同時だった。

「失礼申し上げます! クレイド隊長! 周辺で不審な動きがあるとのことです!」

 ものものしい言葉に、瞬時にクレイドの身体に緊張が張り詰めたのが分かった。

 クレイドは素早く立ち上がると、垂れ幕を捲って護衛の兵に指示をいくつか与えた。それが終わるとこちらに再び戻ってきた。膝をついてしゃがみ込み、絨毯に座り込んで緊張で身体を固くしているリオンと目を合わせる。

「リオン様、大丈夫です。この辺りは国境が近いので、おそらく野盗のたぐいでしょう。心配ありません。念のため天幕のまわりは護衛の兵に守らせますので」

 簡単に状況を説明し終わると、クレイドは立ち上がりかける。リオンは咄嗟にクレイドに袖を掴んでしまっていた。

「あ……」
(――行かないで)

 その言葉がのどまで出かかる。

 クレイドが騎士団の隊長ということは承知している。何かあれば先頭に立って戦わなくてはならないだろう。

 わかっているのに、震えるリオンの指はクレイドの服を掴んで硬直したままだ。
(駄目だ、離さなくちゃいけない。だけど……)

「リオン様」

 優しく名前を呼ばれ、リオンははっと顔をあげた。クレイドはまっすぐにリオンを見ていた。

「大丈夫です。あなたを絶対にお守りします」
 灰色の瞳の中で虹彩がつるりと光り、真摯な色が宿っていた。薄い唇にわずかな笑みを浮かべ、リオンを安心させるように眉がなだらかに下がっている。
 リオンははっと胸を突かれた。なぜか言葉が出ない。唇と開けたり閉じたりしても、震える息が漏れるだけだ。
 
「大丈夫です」

 クレイドはリオンの目を見てもう一度はっきり言うと、自分の胸元を探って、首からかけた鎖のようなものを取り出した。
 それを自分の首から外し、リオンの首にそっと掛ける。

「これをあなたに」
「これは……十字架?」

 リオンは自分の首元に掛けられたものを見下ろし、目を瞬いた。銀の鎖の先に下がっていたのは、錆びかけた金属の十字架だった。

「ええ、これは私がお守りにしているものです。持っていてください。きっとあなたを守ってくださる」
「でも……これは大事なものじゃ……」
「だからこそあなたに持っていて欲しいのです。大丈夫です、すぐに戻ります」

 クレイドは最後にくっきりと微笑みを浮かべると、素早く天幕を出て行った。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました! 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

【完結】末っ子オメガ

鉾田 ほこ
BL
「晴にいさま、大好き」 アルファばかりのエリート一家の四人兄弟の末っ子に生まれた 亜季。 思春期の第二性検査を受けるまで、誰もがアルファだと信じて疑っていなかったが、結果は「オメガ」だった。確かに他の息子たちに比べて、身体も小さく、性格もおっとりしていた末っ子オメガ。親戚を含めてアルファばかりで、オメガがいないゆえに扱いがわからない。 だが、はじめは家族の誰一人として末っ子がオメガであることを疎むことなく可愛がっていた。 ある日、転機が訪れる── 末っ子オメガに発情期(ヒート)が訪れ、事故が起こってしまう。それを理由に亜季はひとり家族と離れて暮らすことになった。 そして末っ子は──男娼になって……長男 晴臣と再会する。 すれ違いオメガバース。

策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖
BL
 完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。  ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。  長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。  相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。  だがそんなことはノアには関係ない。  これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。  一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。  

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 Xアカウント(@wawawa_o_o_)

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

あまく、とろけて、開くオメガ

藍沢真啓/庚あき
BL
オメガの市居憂璃は同じオメガの実母に売られた。 北関東圏を支配するアルファの男、玉之浦椿に。 ガリガリに痩せた子は売れないと、男の眼で商品として価値があがるように教育される。 出会ってから三年。その流れゆく時間の中で、男の態度が商品と管理する関係とは違うと感じるようになる憂璃。 優しく、大切に扱ってくれるのは、自分が商品だから。 勘違いしてはいけないと律する憂璃の前に、自分を売った母が現れ── はぴまり~薄幸オメガは溺愛アルファ~等のオメガバースシリーズと同じ世界線。 秘密のあるスパダリ若頭アルファ×不憫アルビノオメガの両片想いラブ。

処理中です...