【完結】王のための花は獣人騎士に初恋を捧ぐ

トオノ ホカゲ

文字の大きさ
9 / 61
4.賊と灰色の獣

しおりを挟む
「クレイド……っ、待って!」

 リオンがクレイドに追い縋ろうとしたとき、入れ替わるようにしてエルが天幕に飛び込んできた。天幕の外へと出て行こうとするリオンの肩を掴んで叫ぶ。

「リオン様、天幕の外には出ないでください!」
「でも……クレイドが」
「大丈夫です、クレイド隊長は獣人です。騎士団一お強いお方ですよ!」

 知ってはいても、気が気ではなかった。
 天幕の外ではしきりに人が動く気配がする。遠くでは叫び声と剣の打ち合う音が聞こえる。

「エル……」
 見上げたエルの顔は蒼白だった。
 「大丈夫です、リオン様」と言いながらも、護身用の短剣を構えた手が震えている。その様子を見るに、戦闘などに関わったことがないことはすぐにわかった。だがそれはリオンも同じだった。

 二人で身を寄せ合い、息をひそめて周囲の様子をうかがうことしか出来ない。

 突然頭上から天幕が落ちてきたのはそのときだ。

「あっ」

 天幕の布で視界が遮られたと思った瞬間、怒号が聞こえ、たくさんの人間がなだれ込んでくる気配があった。エルが悲鳴を上げる。

「エルっ」

 叫んだ瞬間、腕を強い力で掴まれた。横ざまや後ろから伸びてきた幾つもの手に、そのまま天幕の外に強い力で引っ張られる。

「リオン様っ? どこですか!?」
 エルが叫んでいる。
「エルっ、助け――」

 声をだそうとしたが、口を押えられた。そのまま羽交い絞めにされ、ずるずると後ろに引きずられる。ランプの灯りが消えた外は暗闇だ。月明りだけはろくに周囲が見えない。
 エルの叫び声が遠くなっていく。

「――っ」

 首元にひたりと冷たい感触のものが押し付けられる。
 気が付くと、リオンは真っ暗な森の木立の中に連れ出されていた。後ろから身体を羽交い絞めにされ、もう一人の男がリオンの首元にナイフを突きつけている。ひっと悲鳴が喉の奥で漏れた。
 身体ががたがたと震えだす。

「死にたくなければ動くな。いいか?」

 顔を覗き込んでくる男に、リオンは必死に目線で頷き返した。耳のすぐ近くで、背後の男のねばついた声がした。

「こいつがオメガか?」

(……え?)

「ああ、たぶんそうだろう。天幕の中にいたもう一人は従者だ。格好が違う。こいつがオメガだろう」

 男がしゃべるたびに生臭い息が頬に掛かる。

「まさか本当にオメガがいるとはな……。生まれて初めて見るぜ。ガセネタだと思ったが、信じて来てみてラッキーだぜ」
「だろ? だから言ったじゃねえか」
「ああ、そうだな。超貴重種のこいつを売れば大金が手に入る」
「早く連れて行くぞ」

(何……? なんで僕がオメガだって知ってるの……? 売るって何? 怖い……!)

 息苦しいほどに口元を抑えられたまま、リオンは恐怖に悲鳴を上げた。暴れる身体をほどなく押さえつけられる。

 怖い
 怖い
 誰か助けて
 誰か、
(――――クレイド!)
 心の中でリオンが叫んだとき。

「リオン様っ!!」

 真っ黒闇の木立の中にふいに声が響き渡った。

(え……? この声……)
 はっと目を上げる。

 ガサガサと茂みをかき分ける音が聞こえ、木々の間から何かが飛び出してきた。

 灰色の毛に覆われた何か。

 リオンは目を見開きながら、まるで時間が止まったかのような心地で目の前の光景を眺めた。

 は灰色の獣だった。馬よりは一回り小さいだろうか。犬とも狼とも見分けがつかないその獣は、艶やかな灰色の毛並みに月の光を弾かせながら地を蹴った。

 ふわりと音もなく獣が跳躍する。

 リオンが目で捕らえられたのはそこまでだった。

「ぎゃあっ」と背後から男の悲鳴が聞こえたかと思うと、後ろを振り返ったときには賊の男はまるで放り投げられた人形のように宙を舞っていた。
 自分を羽交い絞めにしていた男か、とリオンが気づいたときには、男はすでに木立の間の暗闇の中へと消えていた。

 すばやく身を翻した獣が、ナイフを持ったもう一人の賊の男へ飛びかかった。

「ひいっ」

 怯える男の肩口に獣が噛みつく。頭を大きく一振りした。

 大きな獣の口に咥えられた賊の男はいとも簡単に吹き飛び、木の幹に激突し動かなくなった。
 それきり森の中は静まり返る。

「あ……」

 まさに一瞬の出来事に、リオンは呆気にとられ口をぽかんと開けた。

(何? なにが起きたの? )

 二人いた賊の男たちは、目の前の獣にあっという間に蹴散らされた。瞬きさえする間に。

(この……狼が助けてくれた? でも、まさかそんなことが)

 混乱しながら、リオンは息を詰めて目の前の灰色の獣を見つめた。獣がゆっくりとこちらを振り返る。その口が開いた。

「リオン様、ご無事ですか?」
「――……え……?」
 
 しゃべった。
 人間の言葉だ。
(今、クレイドの声がした……よね?)

 リオンは灰色の毛の獣とたっぷり数十秒間目を合わせ、ようやく理解した。
この灰色の瞳。クレイドと同じ色だ。

「まさか……クレイド……?」
 恐る恐る問いかけると、獣は頷いた。

「クレイド……クレイドなの?」
「はい」
 大きな狼が、もう一度大きく頷く。

「そうです。私はクレイドです」
 狼の口から出た声は、やはりクレイドのものだった。

「クレイドっ!」
 リオンは衝動のままクレイドに駆け寄り、灰色の毛並みの首に飛びついた。

「クレイド……クレイド……!」
 良かった。クレイドが無事だった。帰ってきてくれた。

 喜びの気持ちのままリオンはクレイドの身体にぎゅうぎゅうと抱きしめた。
 首筋に鼻をうずめ呼吸すると、確かにクレイドの匂いがした。どういう現象かはわからないが、獣人であるクレイドは、四足の完全な獣の姿にもなれるということなのだろう。

「……リオン様、お怪我は、ありませんでしたか」

 見上げたクレイドの顔はやはり、狼によく似ていた。尖った鼻先に、耳元まで裂けた大きな口。だが目を合わせると自然に心が落ち着いてくるような瞳の穏やかな色は変わらない。

 リオンはうん、と頷いた。
「大丈夫。クレイドが助けてくれたから。ありがとう、クレイド」
「……良かった、です」

 クレイドが頷き、はあと息を漏らした。その息が荒いような気がしてリオンは眉を寄せた。

「クレイド……? どうしたの!? もしかしてどこか怪我でもしてる?」
「少し……右腕を……」

 慌ててクレイドの身体を見ると、右の前足に血が付いていた。

「大変! 血が出てる」

 こうしている間にもどんどんクレイドの息は上がっていく。出血はすでに止まったように見えるが、見た目よりも怪我が酷いのかもしれない。

「どうしよう……!」
「……大丈夫、です」
「でもクレイド苦しそうだよ?」
「……違います。怪我のせいではなく……獣化してこの姿になると、いつもこうなってしまって」

 苦しそうに顔を歪めたクレイドがふらりとよろめく。

「クレイド!?」
「すみませ――」
 そしてそのまま、クレイドは地面に倒れた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟第10回BL小説大賞(2022年)奨励賞。2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞での応援ありがとうございました! 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

出来損ないΩの猫獣人、スパダリαの愛に溺れる

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
旧題:オメガの猫獣人 「後1年、か……」 レオンの口から漏れたのは大きなため息だった。手の中には家族から送られてきた一通の手紙。家族とはもう8年近く顔を合わせていない。決して仲が悪いとかではない。むしろレオンは両親や兄弟を大事にしており、部屋にはいくつもの家族写真を置いているほど。けれど村の風習によって強制的に村を出された村人は『とあること』を成し遂げるか期限を過ぎるまでは村の敷地に足を踏み入れてはならないのである。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

策士オメガの完璧な政略結婚

雨宮里玖
BL
 完璧な容姿を持つオメガのノア・フォーフィールドは、性格悪と陰口を叩かれるくらいに捻じ曲がっている。  ノアとは反対に、父親と弟はとんでもなくお人好しだ。そのせいでフォーフィールド子爵家は爵位を狙われ、没落の危機にある。  長男であるノアは、なんとしてでものし上がってみせると、政略結婚をすることを思いついた。  相手はアルファのライオネル・バーノン辺境伯。怪物のように強いライオネルは、泣く子も黙るほどの恐ろしい見た目をしているらしい。  だがそんなことはノアには関係ない。  これは政略結婚で、目的を果たしたら離婚する。間違ってもライオネルと番ったりしない。指一本触れさせてなるものか——。  一途に溺愛してくるアルファ辺境伯×偏屈な策士オメガの、拗らせ両片想いストーリー。  

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

【完結】末っ子オメガ

鉾田 ほこ
BL
「晴にいさま、大好き」 アルファばかりのエリート一家の四人兄弟の末っ子に生まれた 亜季。 思春期の第二性検査を受けるまで、誰もがアルファだと信じて疑っていなかったが、結果は「オメガ」だった。確かに他の息子たちに比べて、身体も小さく、性格もおっとりしていた末っ子オメガ。親戚を含めてアルファばかりで、オメガがいないゆえに扱いがわからない。 だが、はじめは家族の誰一人として末っ子がオメガであることを疎むことなく可愛がっていた。 ある日、転機が訪れる── 末っ子オメガに発情期(ヒート)が訪れ、事故が起こってしまう。それを理由に亜季はひとり家族と離れて暮らすことになった。 そして末っ子は──男娼になって……長男 晴臣と再会する。 すれ違いオメガバース。

愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます

まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。 するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。 初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。 しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。 でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。 執着系α×天然Ω 年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。 Rシーンは※付けます ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 ※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。 Xアカウント(@wawawa_o_o_)

巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】

晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。 発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。 そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。 第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。

処理中です...