カラダで熱を確かめて

タマ鳥

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十八夜

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昨日はとてもお楽しみして頂けたようで、私が目を覚ました時、薫は綺麗な顔ですやすやと寝ていた。


肉厚で女の子よりもふっくらした唇に、自分の唇を重ね、耳元で「起きて?」と言うと、薫は私の浴衣の裾を握りながら片方の手で目をクシクシと擦った。


「薫。一旦シャワー浴びてから朝ごはんの会場に行った方がいいかも。」


それからケーキを勿体ないことしちゃったなあと捨てようとしたら、テーブルにはもうない。



「薫、もしかして全部食べちゃった?」



「うん、きのーぜんぶたべた。」


まだ覚醒してないようで、舌足らずながらも私に返答をする。それにしても、小さいとはいえ4号分だ。



「もう、薫また寝ないで!ほらシャワー!!」

また寝ようとする薫の肩をパシパシと叩くと、薫は痛くて気持ちい~と謎の感想を告げた。






朝ごはんは何とか食いっぱぐれる事はなかった。薫はお腹の中にケーキがまだ残っていたようで、朝ごはんはいつもより食べれなかったと残念がっていた。



「明日はまた別のホテルがあるから!それよりも早く行かないと!チェックアウトの時間迫ってる!!」


それから荷物をまとめチェックアウトをし、旅館の近くのレンタカー屋さんまで向かった。




能登半島は、電車で回るよりも車でまわった方が効率が良い。そのため私名義でレンタカーを借り、ペーパードライバーながら運転するつもりだったが、その役割をするりと薫に奪われてしまった。何でも仕事で運転する機会もあるとのことで、私よりも安心だと言われてしまったのだ。



「…誕生日の人は、もてなされてればいいのに。」


「俺、割と運転好きだし梓はちょっと不安だったでしょ?ウィンウィンだって。それで、どこに向かえばいいの?」


私はのとじま水族館とぽつりと呟くと、薫は慣れた手つきでカーナビに場所を打ち込んだ。


実際薫はペーパードライバーの私とは違い、慣れた手つきでスムーズに運転する。能登島大橋を渡り、20分ほどすると大きな水族館に着いてしまった。



「凄い!久しぶりに来たけど水族館ってこんなに楽しかったんだ!!」


正直私はすみだ水族館にしか行ったことがなく、海のそばで海の風を感じながらの水族館は初めてだった。トンネルの水槽やクラゲがまるでプラネタリウムのようになっている水槽。イルカのショーやアザラシの円柱。期待以上の展示だった。



「凄いね。俺ナマコとかヒトデとか初めて触っちゃった。」


薫は展示より、ふれあいに感動していたようで、ずっと掌を嗅いでは海臭い~とはしゃいでいた。



「ほら薫、手を出して。」


お昼ご飯を食べるのに手のひらが生臭いのは如何なものかと思い、私は自分のカバンからウェットティッシュを取りだし、薫の手を丁寧に拭く。



「梓、いいお母さんになりそうだね。」


「もう、旦那さんまで子どもっぽいのはごめんよ。」



拗ねたように返すが、薫には全く響いていないらしくニコニコと笑っていた。


それから車で千枚田や輪島の方を回り、お昼を食べる。


「ここの気多大社って所はね、恋愛運に良いらしいよ。これからもずっと居られるといいね。」


金沢に戻る途中、石川県で恋愛運が高まると言われる気多大社で、ずっと薫と居られるようにお願いをした。なんだか空気が澄んでいて、素敵なところだ。



「ずっと運転してもらっちゃってごめんね。」



国道を走る薫に、ごめんねと言うと、謝られるより感謝されたいと返されたので、精一杯の気持ちを込めて感謝の気持ちを伝えた。



「一日目は旅館だったから、2日目はホテルかなあって。」


金沢に戻る頃には、冬に近づいているということもあり、もうすっかり暗くなっていた。金沢駅の近くのホテルを、一日目同様黒田梓で予約を取っていたため、薫の視線を感じながら照れ照れと受付をする。


チェックインをして荷物を置いたあと、金沢の繁華街である片町にあるおでん屋さんに行き、金沢おでんと寒ブリの刺身を堪能した。香箱ガニや、卵焼きなど珍しい種が沢山あり、2人してはしゃいだ。



「はぁ~今日も疲れた~。」



「薫には運転までしてもらっちゃったからね。本当なら私がエスコートする予定だったんだけど。」



「もう、いつまで言ってんの。久しぶりにこんなに長時間運転できて俺楽しかったのに。それに、東京と違って人がいないからめちゃくちゃ運転しやすかったよ?」



ルームサービスを頼み、2人でシャンパンを開けながら語り合う。相変わらず私は食べ物と薫とのツーショットで薫は私と建物の写真ばっかりだ。それに加えて



「なんで魚じゃなくてナマコ撮ってるの!」


「ずっと触ってたらなんか可愛く思えちゃって。」



ナマコの写真まで。何故かこの写真も2人のアルバム行きだった。



「薫、先にお風呂はいっといで。」


さりげなく薫にお風呂に入るように促す。薫は一緒に入ろうとしてきたが、正直私にはまだやることがあったため、1人で入ってきてと強引に風呂場に連れていく。…またなにかしないか気づかれてないかな?






薫がお風呂に入っている間、私は急いでダブルベッドに花束と、それから婚姻届を用意しておく。


薫は、あんなに婚姻届を取りに行こうと口では言うくせに、全然用意する兆しが見えないため、勝手に1人で貰ってきてしまった。


薫は、かつての元彼たちにしてきたことでも引かずに受け入れてくれる。でも、流石にこれは重いかな。薫の気持ちを信じていない訳では無い。だからいつもの恋愛に比べても強引にGPSアプリを入れたりする必要も無いから楽だ。



実際昨日も、子どもは2人欲しいと言っていたし。まぁ昨日のは状況が状況だし、盛り上がるために言ったのかもしれないけど。


私は、キャンドルに火を灯しホテルの電気を消した。外を見ると、金沢駅からの夜景が一望できた。




「上がったよ~って、どうしたの?」



薫は下だけホテルのパジャマを身につけ、上は裸のまま髪を拭きながらこの部屋に現れる。あ、せめてドライヤーをかけてきてくらい言うべきだったかな。


「ん?花束じゃん。」



猫っ毛の髪をタオルでガシガシと拭き、ベッドに近づく薫。花束のほかに紙が置いてあるのに気付いたようで、それを手で広げた。私は、薫のお風呂上がりの背中に頬をぴったりとつける。



「ねぇ、最後の誕生日は本当に私なんだけど。…貰ってくれない?」



もう緊張しすぎてしまって、声が震えてしまった。薫の背中から、響くように「え?」という言葉が聞こえる。



「あのね、実はこの前の休みの日、薫に内緒で実家に帰ってお父さん達に証人のところ書いてもらっちゃった。お父さんも薫パパもサプライズだからって言ったらウキウキで書いてくれたし、なんやかんやで認めてくれてたよ。」



薫ははぁ~と深くため息を吐く。この反応は、どっちなんだろう。流石にやりすぎたのかな。スっと背中から離れ、薫の顔を確認しようとすると、ボスんと薫の顔がベッドに埋まる。




「薫?」



「あーもう。本当に梓は最高だよ。」


笑ってるのかな?と思って顔を上げて貰うと、声は笑ってるくせに、目には涙を浮かべていた。


男の人が泣くの、初めて見るけど薫だからか凄く綺麗だ。思わず「薫綺麗だね。」と言うと、薫の頬から涙が一筋流れた。




「梓、せっかく用意してもらってこんなこと聞くのはあれだけど、本当に俺でいいの?まだ付き合って一年も経ってないけど、後悔しない?」



私は首を横に振る。



「確かに恋人として付き合った期間は短いけど、薫とは20年の付き合いだもん。人生の半分以上を一緒に過ごしたから、後悔するならその間にとっくに会うことをやめてるよ。これからは、幼なじみで、恋人で、そして家族として薫と向き合っていきたい。」


なんだか薫が泣くから、私まで泣いてしまう。


「それより薫こそ、付き合って結婚して、理想と違うって後悔しないの?」



「あいにく俺は梓とは違って一途だから。後悔できるもんならとっくに好きなこと諦めてるよ。それに、日々理想以上を更新して惚れっぱなしだから。」


そして薫はホテルに備え付けてあるボールペンに、黒田薫と自分の名前を書いた。


「梓。帰ったらすぐ、区役所に行こう。」


私は熱を帯びた薫の瞳の涙を拭い、勿論と笑顔で頷いた。








「それにしても、梓は誕生日プレゼントに自分の名前を差し出してくるとはね。俺、28歳にして人生で1番の誕生日プレゼント貰っちゃったよ。」


結局あの後、薫にドロドロに溶かされてしまった。私が荒い息をしてる横で、すっきりした薫は婚姻届を見つめながら甘い顔で呟いた。



「苗字を変える手続き、俺もできることなら手伝うよ。口座に郵便、免許証にマイナンバー。あとクレジットもか。」


「ねぇ。急に現実に戻さないでよ。」



「やだ。だってこれが現実なんだもん。梓の大切な書類がだんだん俺の苗字になっていくって思うと嬉しくって。」




「…それは私も嬉しい。」



そっか。これから私に届く荷物も、明細表も、免許証も全部三森じゃなくて黒田に変わるんだ。



手続きは面倒くさくて苦手だけど、そう考えると不思議と頑張れる気がする。



次の日、金沢から東京に戻り、大荷物を抱えたまま区役所に提出した。



薫は、勤労感謝の日が結婚記念日かあ。なんて自分の誕生日じゃなくて残念がってたけど、ちゃんと休める日に結婚記念日をお祝いできるのは素敵じゃないと反論したら、納得してくれた。



家に着き、お父さん達に婚姻届出てきたと報告したら、何故か私たちの両親は既に宴会状態で、薫はずっと電話越しに2人の父から拘束されていた。相変わらず過去のことを掘り返されており、薫は真っ赤な顔でもうやめてと言っていた。しかし、どこか嬉しそうな表情で、それを見ている私までほっこりしてしまった。





長い電話が終わった薫と、ビールで乾杯をしてこれからよろしくね。と改めて挨拶を交わした。この日から、私は黒田梓として第2の人生を歩む。




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