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一章.魔法使いと人工キメラ

十五話目-ペストマスクのその下に

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 「ようやくかぁ……さぁ、実験を再開しよう……」
 
 ペストマスクは右手に黒々とした障気をまとめ鎌のような形に変えた。
 
 うん? いつぞやかのピュアオーガの持っていたのと似ている……? 

 ペストマスクは振りかぶり、それを勢い良く振るう。
 
 服装からもさながら死神のようだ。
 すると鋭い鎌の先のみがさも生き物のように伸びた。
 
 回りの建物を裂き、こちらに切っ先が迫った……がセシリアはそれに飛び乗り、ペストマスクの頭上に出た。
 
「すぅー……ふうっ!」

 セシリアは空中で炎を吹き、ペストマスクを炎上させる。
 
 ごうごうと燃え盛る火柱に包まれたペストマスクは仁王立ちのまま、冷静に鎌を左手に持ち替え、上に振るった。

 「うおっ!?」

 セシリアはそれによって出来た炎の軌跡を殴って相殺、宙返りして着地を決めた。

 軽業師かよお前は……。

 だが、安心も束の間……
 
「だから貴様は白痴なのだよ……」
 
 ペストマスクは着地したばかりのセシリアに殴りかかった。

 「いい加減にしろっ!」

 平静さなど微塵もない。
 僕はあれほど嫌がった赤毒を纏め、ビームのように奴の左腕に当てる……がびくともしなかった……!?

 だかしかし効いてはいるようだ。
 首元に飛び散った数滴は、煙をあげながら奴の皮膚を溶かした。

 「あぁ……やはりか……左腕は強化されてもなぁ……早く帰って作り替えねば……」

 ペストマスクは更に左手を変化させた……更に禍々しく、おぞましく……。 
 それに伴ってペストマスクの黒フードが裂け、角が飛び出た。

 そして、右手でペストマスクを毟り取る。
  
 僕は唖然とするしかなかった。
 
その顔は見たこともない。
だが、残忍さと冷酷さを併せ持った嫌らしい顔なのは事実だ。
 
 その顔は白粉をそのまま固めたように白く、口からは同じく白い鋭い牙が生えていた……。

 外見は人とオーガの境目だが、その背丈と怪力はどちらよりも遥かに上だ……。
 
 間違いない……こいつもピュアオーガだ……。

「あーあ……一時の昂りで壊しちまったよ……見られちまったし……町壊すか……仕方ない……でもな……」
 
 そのオーガは最早化け物と化したその左腕を瞬間的に伸ばしセシリアの首をつかむ……!
 
 速すぎて何も出来なかった……。

「おいっ……! 私を……離せっ……! 」
「まあ落ち着け……取引をしようか……」
「…… 今すぐ離せ……!」
「……はぁ……」

 セシリアはその左手に噛みつき、どうにか離そうとしている……。
 だが、明らかに苦しんでいる……。 
 
 「動くな。 これからワンモーションでも起こしたらこいつを障気で殺す……」
 「ぐっ……」
 
 ぐうの音もでないとはまさにこの事だろう……自分が……無力な自分が悔しい……憎い……!

 オーガは続ける、

 「お前らだろう?  あかねと、藍澤あいざわを捕まえて、政府に引き渡したのは……?」
 「……」
 「口は開いていい。 私の質問に答えなさい……」
 「……知らないな」
 
オーガはハッとしたように、続けた。

「あー……名前を言われても知らんだろうな……ゾーノの町でファフニールの検体を採ろうとしてた輩だよ……」
 「あぁ。 そうだが?」
 「私たちピュアオーガはな……個体数が少ないんだよ……人手が減れば全くもって計画が進まない……」
 「計画……?」
 「時既に遅しだ。 今からはもう止められんよ……私たちは反旗を翻す……これはその序章に過ぎない……」

こいつはなんだ? 何が言いたいんだ?

 「……お前は何を言いたいんだ?」
 「私たちの仲間になれ……対偶は良いぞ。 毒魔法は大変重宝する……。 そうすれば貴様の家族は離してやる……」
  「断る」
 
 即答だった。
 ふざけるんじゃない……。
 
 セシリアはこちらを安堵したかのように見つめる。

 真っ黒なオーガは残念そうに喋った。


「なら……こいつは死ぬぞ? ……それでもいいのか?」
「もちろん。 一切構わない」
 
 セシリアは安心したように、だがどこか悲しそうに静かにその小さな頬を濡らした……。

 「お……おい……貴様……本当にいいのか? 障気が首から回り、私の持っている小さな首は無惨に砕けるぞ……?」
 「知ったことか……!」
 
 黒オーガは明らかに動揺していた。
 
「お前は……何なんだ? そこまでしてまで加わりたくないのか……?」
「僕が関わる必要など微塵もないだろう?  そもそもセシリア、全てお前と関わってからだ」
 「……!?」

 セシリアは目を腫らし、歯を食い縛って泣いている。

 「なあ……少し考え直してはどうだ……? お前は手に職を付けれ、忌み子とお前を罵った人類に報復が出来るのだぞ?」
 「それもそうだけど……僕は知らないな……」
 「これが最後だ。 お前はこの唯一人の家族が死んでもいいのか?」
 「知るかよ。 こいつは僕にこの数日間で厄介事ばかり招き入れた……結構だ。 好きにすればいい」
 
 セシリアの顔にはもう既にこれまでの微笑みはなかった……。
 悲しみにうちひしがれる、いたいけな少女だ。
  
 「なら、良いか。 お前は取り返しのつかないことをした。 深く絶望するがいい……大切なものは失ってから気付くものだ……」

 なら、もう……どうにでもするがいい……。
 僕の知ったことじゃない。
 ふざけるなよ……。
 
 ゆっくりとピュアオーガは手に力を込める……。
 
 「死ね……」
 
 途端にセシリアからだの鎧が爆ぜ……

 「!!?」

 瞬時に体が溶ける。
 断末魔を上げるまでもなく、残ったのはセシリアの首に付いた左腕のみだった……。 
 
それも今、ハラハラと崩れ落ちた……。

 すぐに鎧を元に戻したが、セシリアは唖然としていた……。

 誰がと言った?
  」僕が言ったのはそれだけだ。
 
「ごめんね……怖かっただろ?」
「ううっ……ふざけんなぁ!」
 

 セシリアは毒の鎧のまま抱き付いてきた。

 
「やめ! ちょっと!」


 ジュワー……音をたてて僕の服が溶ける。
  あぁ……買わないと……。

 
 まあ……いいや。

 セシリアは無事なんだから!

 「私とうとうイーヴォにすら……イーヴォにすら……見放されたと……ウワァァァァ!」
 「見放すわけがないでしょ? 僕はもうセシリア以外家族が居ないんだよ? 」  
 「パフェ……やっぱりいらない……」
 「また心配させたんだから、どっちもどっちだよ。 二人で食べよう」
 「うん!」
 

 ようやくセシリアは満面の笑みを取り戻した。 
 目は腫れ、鼻は真っ赤だが……セシリアらしいや……。

 「服を買いにいこう。 僕の服もうボロボロだから……」 
 「うん。 いきなり抱きついてごめんね!」 

 そうしていると町人が段々と近づいてきた……。
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