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二手目◇5九王成り
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家治は家臣を強引に追い払った後、奥の部屋の座布団の上に正座をした。
奥の部屋には座布団が二つ敷いてあり、座布団の横にはそれぞれ脇息と呼ばれる肘掛けが置いてあり、座布団二つの間には彼が若き日より夢中となっている将棋を指すための盤と駒が用意されている。
駒は盤の上で準備万端とばかりに、正しく並べられていた。
とは言っても、今部屋にいるのは家治一人だけだ。
将棋と言うゲームは二人で行うことが常とされているだけに、このままではゲームとしては一向に進めることができない。
そしてそのまま彼は、そんなことは分かっているとばかりに、両手を自身の太ももにのせ黙って目をつむり上を向いた。
ここ最近……
いや、もう10年以上もの間、彼は暇を見つけてはこの部屋に来て同じことを繰り返している。
もう何度目なのかわからない。
毎日、毎回、言葉を出そうとはするのだが、その度に言葉が出てこない。
だが、この日は違った。
掠れるような小さな声ではなるが、なんとか絞り出すことができたのだ。
「倫子や、とうとう女性最高位となる従一位だね。
おめでとう!
お祝いの言葉が、こんなに遅れてしまったことをどうか許してほしい。
だって、しょうがないじゃないか。
毎日お前にお祝いの言葉を送ろうと目を瞑ると楽しかった思い出が……」
家治の右目から一筋の水が滴り落ちる。
彼は大きく息を吸い、もう一度仕切り直しとばかりに座り直した。
「いやー、なぁ。
家臣たちの言うことも本当は分かるんだ。
将軍の役割として政と言うのがいかに大切なことであるかと言うこともな。
分かるんだ…ただなぁ…」
そこまで言うと、家治は力が抜けたと言わんばかりに首を下ろし黙って下を向く。
「分かりはするんだが、お前と四人の子供に先立たれて……
どうにもこうにもやる気が起きんのだ……
そんな最近の余の姿を見てな、余のことを成り王なんて陰口を叩く者までいる始末なのだ…
恐らく余の好きな将棋に当てての言葉だとは思うのだが…
傑作だとは思わないか?
初めて聞いた時は考えた者に褒美でも出そうかと思ったほどだ」
家治は笑いながらそう言うと右から5番目、上から九番目に置いてある王と書かれた駒を自身の右人差し指と中指で挟むように摘まんだ後、空中で器用に親指で駒を裏返しながら自身の右耳付近まで持ち上げる。
そして持ち上げた駒をそのまま勢いよく元の位置に弾くように置いた。
誰もいない空間の中で盤と駒が互いにぶつかり合う音が響き渡る。
そしてその音が消えた後で、王と書かれていた駒を見ると、そこには文字が見当たらなかった。
5九王成り
奥の部屋には座布団が二つ敷いてあり、座布団の横にはそれぞれ脇息と呼ばれる肘掛けが置いてあり、座布団二つの間には彼が若き日より夢中となっている将棋を指すための盤と駒が用意されている。
駒は盤の上で準備万端とばかりに、正しく並べられていた。
とは言っても、今部屋にいるのは家治一人だけだ。
将棋と言うゲームは二人で行うことが常とされているだけに、このままではゲームとしては一向に進めることができない。
そしてそのまま彼は、そんなことは分かっているとばかりに、両手を自身の太ももにのせ黙って目をつむり上を向いた。
ここ最近……
いや、もう10年以上もの間、彼は暇を見つけてはこの部屋に来て同じことを繰り返している。
もう何度目なのかわからない。
毎日、毎回、言葉を出そうとはするのだが、その度に言葉が出てこない。
だが、この日は違った。
掠れるような小さな声ではなるが、なんとか絞り出すことができたのだ。
「倫子や、とうとう女性最高位となる従一位だね。
おめでとう!
お祝いの言葉が、こんなに遅れてしまったことをどうか許してほしい。
だって、しょうがないじゃないか。
毎日お前にお祝いの言葉を送ろうと目を瞑ると楽しかった思い出が……」
家治の右目から一筋の水が滴り落ちる。
彼は大きく息を吸い、もう一度仕切り直しとばかりに座り直した。
「いやー、なぁ。
家臣たちの言うことも本当は分かるんだ。
将軍の役割として政と言うのがいかに大切なことであるかと言うこともな。
分かるんだ…ただなぁ…」
そこまで言うと、家治は力が抜けたと言わんばかりに首を下ろし黙って下を向く。
「分かりはするんだが、お前と四人の子供に先立たれて……
どうにもこうにもやる気が起きんのだ……
そんな最近の余の姿を見てな、余のことを成り王なんて陰口を叩く者までいる始末なのだ…
恐らく余の好きな将棋に当てての言葉だとは思うのだが…
傑作だとは思わないか?
初めて聞いた時は考えた者に褒美でも出そうかと思ったほどだ」
家治は笑いながらそう言うと右から5番目、上から九番目に置いてある王と書かれた駒を自身の右人差し指と中指で挟むように摘まんだ後、空中で器用に親指で駒を裏返しながら自身の右耳付近まで持ち上げる。
そして持ち上げた駒をそのまま勢いよく元の位置に弾くように置いた。
誰もいない空間の中で盤と駒が互いにぶつかり合う音が響き渡る。
そしてその音が消えた後で、王と書かれていた駒を見ると、そこには文字が見当たらなかった。
5九王成り
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