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三手目◆始まりの礼

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 この日、家治はいつものように座布団の上に正座をすると、いつも以上に姿勢を正し、その場で頭を下げた。

「思うと、もう30年前?
 いや、35年か40年くらいたつのか?
 いつの間にかそれほど前の話なるんだよなぁ。
 余と倫子が初めて出会ったのは。
 確か……
 11歳とか12歳とか、そのくらいの歳だったはずだ。
 余と倫子は1歳差だからな、お互いそのくらいの歳だったと思うんだ。
 その時の事、いまだに覚えているか?
 余は覚えているぞ……」

 家治は、そう言うと一瞬笑顔になり目を瞑る。

「最初、余は不安だったんだ。
 お祖父吉宗様に手をとられるままに歩いて、遠くにいくのかと思えば、同じ江戸城の浜御殿の方に連れられて。
 周囲を見ると見た知った関係はお祖父吉宗様だけ。
 そして見知らぬ者は自分よりも10も20も歳が上に見える者ばかり、何をされるでもないとは分かってはいても誰にも話しかけられぬ状況に感じていてな、余はお祖父吉宗様の後ろにずっと隠れておったんだ。
 その内、お祖父吉宗様も用事があると言うことで、余が別室に通されたんだが、そこに一人でポツンと座っておったのが倫子、お前だったなぁ」

 ここで目を開けた家治は脇息きょうそくに左肘をかけ頬杖をついた。

「お前は確か最初会った時、こういう感じで頬杖をついていたよな。
 今にして思えば、あれは何時間待たされていたんだ?
 恐らくはかなりの時間だったんじゃないかと思うんだ。
 そうとは知らない余は何も考えず、襖を開けて倫子を見つけた瞬間、お前は誰だ!なんて言ってしまったよなぁ。
 本来であれば、もう少し気を回して話しかければ良かったんだがな……
 どうにもこうにも突然すぎる出会いに、どうしていいか分からなくてな……
 その日は、そのままお互い気まずい初対面と緊張もあって会話もなく軽い会釈のような礼で終わってしまったよなぁ」
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