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イレーナは17歳、ハンナは16歳になった。
街の宝石店に出かけていたハンナと母親は、とある貴族向け高級レストランがディナーを折り詰めにしてお持ち帰りできるというサービスをしているのを見かけ、悪巧みを思いつく。
裕福な平民に貴族のディナーを体験してもらう為と謳ってはいるが、お店にとっては余った食材を廃棄せず有効活用する程度のものだ。
当然ながら貴族が購入するのは恥ずかしい事であるが、この二人はそんな事には気付かなかった。
『ヴィルタ伯爵家の夫人と次女が平民向けのお弁当を嬉しそうに買って帰った』という話しがその晩の酒場での大きな酒の肴となり、その場で飲んでいた他家の使用人達の口から貴族社会にも広まった事は当人達は知るよしも無い。
イレーナが食堂に入ると、食事が3人分並べられていた。お弁当と言っても数も多くそれなりに豪勢ではある。
「お姉様ごめんなさい! 人気のお店みたいで3人分しか残っていなかったの……」と伏し目がちに申し訳なさそうな表情をしてみせるハンナ。
「イレーナ、アナタにはパンとスープを持ってこさせるわね」と笑いながら話す母親。
以前食事を抜こうとして失敗したため、一応は『食事を出した』という事にしたいのだろう。
しばし考えたイレーナは後ろに控える老執事に「爺、馬車の準備をお願い」と頼む。
「どちらに行かれますか?」と訊かれたイレーナは答える。
「街のレストランに食べに行きましょう。せっかくの機会だから、使用人の皆さんも日頃の労をねぎらう為にご招待しましょうか。爺、メイドや執事、庭師の方まで皆さんを玄関に集めてください。馬車は4台で足りるわね」
「お心遣い感謝いたします。すぐに手配しますので」
「お店への先触れもお願いね」
「ちょっと待て!! 我が家の金を使ってそんな事、断じて許さんぞ!!」
使用人達に感謝した事も労った事もない両親は、「そんな事」のために金を出すつもりは微塵も無い。
「ご心配なく、すべて私の稼いだお金で賄えますので」
「「「はぁ!?」」」
3人の声が仲良く揃う。
「自分で稼いだってどういう事よ!?」
「14歳の頃ヨーゼフおじ様の商会で働くとお伝えしたではありませんか。今では店舗を2つ任せていただけていますので、使用人達の食事代くらい私でも払えますからご心配なさらず」
「な……なんだと!! お前が稼いだ金は我が家にはこれっぽちも入れていないではないか!! 今まで稼いだお金をすべて家に入れなさい!!」
「そうよそうよ!! どうせ遣い道なんて無いんでしょ! 私がドレスとか宝石とか買うから渡して!!」
「親に黙ってお金を貯め込むなどと、なんてがめつい子なんでしょう!」
三者三様に気色ばむ。
「お父様、そもそも学院の学費も制服も教材も家から出していただいておりません。デビュタントのドレスすらアマンダおば様が用意してくださいましたし、私の食費は料理長に直接渡しています。家から何もしていただいていない以上、私の稼いだお金を家に入れたら等価交換の摂理に反しますわ」
「ま、また等価交換などと訳の分からないことを……」
ハンナが歯ぎしりする。
「イレーナお嬢様、馬車の用意と使用人の準備が整いました」
「ありがとう。では、行って参ります」
3人に向かってにこやかに挨拶をして出て行くイレーナ。
3人の専属となっている使用人達は恨めしい目を3人に向ける。老執事は上手い具合に3人におもねってイレーナへ嫌がらせしてる使用人を残していった。
3人は残された使用人達から冷たい目で見られている事に気づかないまま、冷めたお弁当を食べた。
◇◇◇◇◇◇
イレーナは18歳となり、婚約者が決まった。男子が居ないためイレーナが婿養子を取って伯爵家を継ぐ事となる。
ハンナとしてはできる限り格下の相手と婚約させて優越感に浸りたいところだったが、イレーナは学院でも学年トップを争う優秀な成績、生徒会役員も務めるとあって上位貴族からの婚約の申込みが数多くあった。
格上の家との繋がりを得たい両親からしたら、こればかりは流石にハンナのワガママを許すわけにいかない。
そうして決まったのがフリッツだった。
侯爵家の令息として家柄は申し分ない。オドオドしてて気の弱そうな様子が、父親からしたら御しやすく支援金を引っ張りやすそうだと感じられたのも大きな決め手となった。
侯爵家からたんまり援助を貰いハンナを更なる高位貴族へ嫁がせる軍資金としよう、と目論んでいたが、父親は自身が育てた娘がどれほどのモンスターとなったか分かっていなかった。
ハンナは先の事など考えもせず、ただただ姉の風下に立つことが許容できなかったのだ。
フリッツを言葉巧みに、スキンシップを交えて簡単に籠絡してしまった。
ハンナは姉に婚約破棄と自分が新たな婚約者になると告げる場を、王家主催のパーティー会場に決めた。
王家と貴族が大勢居る場で恥をかかせようという魂胆だ。
ハンナはその場面を想像して歪んだ笑みを浮かべた。
街の宝石店に出かけていたハンナと母親は、とある貴族向け高級レストランがディナーを折り詰めにしてお持ち帰りできるというサービスをしているのを見かけ、悪巧みを思いつく。
裕福な平民に貴族のディナーを体験してもらう為と謳ってはいるが、お店にとっては余った食材を廃棄せず有効活用する程度のものだ。
当然ながら貴族が購入するのは恥ずかしい事であるが、この二人はそんな事には気付かなかった。
『ヴィルタ伯爵家の夫人と次女が平民向けのお弁当を嬉しそうに買って帰った』という話しがその晩の酒場での大きな酒の肴となり、その場で飲んでいた他家の使用人達の口から貴族社会にも広まった事は当人達は知るよしも無い。
イレーナが食堂に入ると、食事が3人分並べられていた。お弁当と言っても数も多くそれなりに豪勢ではある。
「お姉様ごめんなさい! 人気のお店みたいで3人分しか残っていなかったの……」と伏し目がちに申し訳なさそうな表情をしてみせるハンナ。
「イレーナ、アナタにはパンとスープを持ってこさせるわね」と笑いながら話す母親。
以前食事を抜こうとして失敗したため、一応は『食事を出した』という事にしたいのだろう。
しばし考えたイレーナは後ろに控える老執事に「爺、馬車の準備をお願い」と頼む。
「どちらに行かれますか?」と訊かれたイレーナは答える。
「街のレストランに食べに行きましょう。せっかくの機会だから、使用人の皆さんも日頃の労をねぎらう為にご招待しましょうか。爺、メイドや執事、庭師の方まで皆さんを玄関に集めてください。馬車は4台で足りるわね」
「お心遣い感謝いたします。すぐに手配しますので」
「お店への先触れもお願いね」
「ちょっと待て!! 我が家の金を使ってそんな事、断じて許さんぞ!!」
使用人達に感謝した事も労った事もない両親は、「そんな事」のために金を出すつもりは微塵も無い。
「ご心配なく、すべて私の稼いだお金で賄えますので」
「「「はぁ!?」」」
3人の声が仲良く揃う。
「自分で稼いだってどういう事よ!?」
「14歳の頃ヨーゼフおじ様の商会で働くとお伝えしたではありませんか。今では店舗を2つ任せていただけていますので、使用人達の食事代くらい私でも払えますからご心配なさらず」
「な……なんだと!! お前が稼いだ金は我が家にはこれっぽちも入れていないではないか!! 今まで稼いだお金をすべて家に入れなさい!!」
「そうよそうよ!! どうせ遣い道なんて無いんでしょ! 私がドレスとか宝石とか買うから渡して!!」
「親に黙ってお金を貯め込むなどと、なんてがめつい子なんでしょう!」
三者三様に気色ばむ。
「お父様、そもそも学院の学費も制服も教材も家から出していただいておりません。デビュタントのドレスすらアマンダおば様が用意してくださいましたし、私の食費は料理長に直接渡しています。家から何もしていただいていない以上、私の稼いだお金を家に入れたら等価交換の摂理に反しますわ」
「ま、また等価交換などと訳の分からないことを……」
ハンナが歯ぎしりする。
「イレーナお嬢様、馬車の用意と使用人の準備が整いました」
「ありがとう。では、行って参ります」
3人に向かってにこやかに挨拶をして出て行くイレーナ。
3人の専属となっている使用人達は恨めしい目を3人に向ける。老執事は上手い具合に3人におもねってイレーナへ嫌がらせしてる使用人を残していった。
3人は残された使用人達から冷たい目で見られている事に気づかないまま、冷めたお弁当を食べた。
◇◇◇◇◇◇
イレーナは18歳となり、婚約者が決まった。男子が居ないためイレーナが婿養子を取って伯爵家を継ぐ事となる。
ハンナとしてはできる限り格下の相手と婚約させて優越感に浸りたいところだったが、イレーナは学院でも学年トップを争う優秀な成績、生徒会役員も務めるとあって上位貴族からの婚約の申込みが数多くあった。
格上の家との繋がりを得たい両親からしたら、こればかりは流石にハンナのワガママを許すわけにいかない。
そうして決まったのがフリッツだった。
侯爵家の令息として家柄は申し分ない。オドオドしてて気の弱そうな様子が、父親からしたら御しやすく支援金を引っ張りやすそうだと感じられたのも大きな決め手となった。
侯爵家からたんまり援助を貰いハンナを更なる高位貴族へ嫁がせる軍資金としよう、と目論んでいたが、父親は自身が育てた娘がどれほどのモンスターとなったか分かっていなかった。
ハンナは先の事など考えもせず、ただただ姉の風下に立つことが許容できなかったのだ。
フリッツを言葉巧みに、スキンシップを交えて簡単に籠絡してしまった。
ハンナは姉に婚約破棄と自分が新たな婚約者になると告げる場を、王家主催のパーティー会場に決めた。
王家と貴族が大勢居る場で恥をかかせようという魂胆だ。
ハンナはその場面を想像して歪んだ笑みを浮かべた。
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