婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢

alunam

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結:失った時間、戻った日常

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「さて、こんだけ森の奥深くまで来れば十分だろ。後は『フウ』に乗せてって貰え」

 すっかり辺りも暗くなった森の中、和服のカガチも、ドレス姿のフィアルも、とても場違いな格好で佇んでいる。幾ら両者ともが武芸の達人とは言え、日の沈んだ森を歩く格好でも靴でも無い事は確かだ。

「でもカガチ……三種の神器の欠けた私じゃ、同時召還も指定召還も出来ないし……それに」

「それなら問題ない、俺が入れ替わりでアイツと代わるから。フウもフィーに会いたがってるだろうしな」

「カガチはいいの?折角こっちに出て来れたのに……」

「俺の事は気にすんな、また次があるだろ……そうだよな?」

「カガチ……」

「そうだって言えよ……お前が神器を手放した経緯を攻める奴なんか……俺達の中には存在しない。俺は、お前とまた出会えて嬉しかったぜ。お前はどうだ、フィー?」

 その場違いな格好に、場違いな薄暗い森の中であっても……いや、だからこそ月夜に照らされたカガチの姿は幻想的で……でもフィアルの頬に触れる、カガチの手の平が持つ熱は確かに暖かくて……燃える様な瞳でやさしく心を焦がしてくる。

「ずるいよ……そんなこと聞くなんて……」

「答えてくれよ……じゃなきゃ還れねぇよ……」

 許されていいはずがない、自分にそんな事を言って貰える資格なんてない、自分なんかが言っていい言葉じゃない……自責の念から、フィアルはカガチの瞳から眼を背けようとする……が、カガチの手の平は、それを許してくれない。どこまでもやさしく残酷に……フィアルの逃げ道を塞いでいく。残されたのは……そう、最初から……

「言えよ……俺は、それだけで充分だ……」

「カガチに会えて嬉しくない訳ない!ずっと……ずっと、皆に会いたかった!でも……でもっ!」

「泣くなよ……俺も、俺達・・も、ずっとお前に会いたかった。たったそれだけの事だろ……」

 前に進むしかない……今はカガチの胸の中だ。力強く抱き止められて、受け入れられて、それ以上は何も言わずにフィアルの髪をやさしく撫で続けてくれていた。
 再び、還り消え行くその瞬間まで……








 カガチが消え、薄暗い月夜の森で一人になったフィアル。少し心細くなってくる……

「・・・ィィィイイイイイイーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

 暇もなく、甲高い叫び声は月から降って来た。
フィアルは顔を上げた瞬間、空からの飛来物に腰へと手を回され、タックルの要領で地面へと押し倒された。あまりの速度にそのまま激突するかと思われたが、その瞬間……まるで風がクッションになったかの様に、フワリと地面の上に寝転んだ形になった。

「フィーだぁぁぁ!フィーだよぉぉぉぉ!」

 それでも飛来物はフィアルの上に乗ったまま、フィアルの豊かな胸に顔を埋めて喜びにむせび泣いている。カガチの時とは逆の形で、今度はフィアルが泣いている飛来物のライトグリーンの髪をやさしく撫で、受け止め続けた。

「大丈夫よ、『フウ』。私はここにいるよ……」

「うんっ!もう離れちゃ駄目だからね!」

フィアルの声で即座に泣き止んだ顔は、大きな新緑の瞳に、可愛らしい鼻立ち、薄桃の唇は少女の顔に艶を色づけている。年の頃は10代半ば、ライトグリーンのショートカットが活発的な印象を与え、当人も現在フィアルの上で元気を爆発させている最中だ。

『フウ』と呼ばれた少女もヤマタノオロチの頭が一柱……真名を『風津蛇カザツチ』と言うのだが、この愛らしい少女に厳つい名前は似合わないと、フィアルが愛称で呼ぶ様になり。カザツチ自身も『フィー』と『フウ』で姉妹の様だと大変気に入り、他の頭達にも真名ではなくフウと呼ぶように強制しているのであった。

「さぁ!それじゃあシェリオンのお家に帰ろ!そこでまた皆で一緒に過ごすの!」

「……ええ、そうね……」

 そのフウの、元気がバーゲンセールされている様な声にもフィアルの声は暗い。
5年など悠久の時を生きる神龍には瞬きなのかもしれない……だがフィアルにとって、5年は長かった。その間、一度も帰る事が叶わなかった実家に、自分が戻っていいものか……その迷いをひたすら歩く事で打ち消していた。方向は自然と西を目指していたのに……

「さぁ乗って乗って!一っ飛びで行ってもいいけど、折角フィーと二人きりなんだもの!ゆっくりお喋りしながら空の旅にしよっ!」

 一方的にフウがまくし立てると、どこからともなく刺繍の施された赤い絨毯が飛んで来た。そのまま有無を言わさずフィアルの手を引くフウ。立ち上がったフウの和服は少女らしい小袖の仕立てだが、肩が出てたり丈がミニだったりと、色々とデタラメである。だが、活発なフウにはよく似合う衣装であった。

 そんな元気過ぎるフウは、フィアルの心情に気付いていないのではない。気付いて尚、気付かない振りをしている。その優しさがフィアルの心の迷いを薄めてくれる。フウの手に逆らう事が出来ない……

「それじゃあ出発ね!あっ、お菓子もお茶も一杯あるからー……今夜は寝かさないからねっ!聞いてよ、ダイチは相変わらず寝てばっかだし、カガチは私よりも先に喚ばれちゃうし、ハクリュウは相変わらず小言ばっかだしー!こないだなんて……」

 そして再び一方的なマシンガントークが始まった。
春の嵐の様にころころと表情を変えながら喋るフウの顔は、見ているだけで飽きない。尽きることのない話題は5年間、オロチ以外ほぼ話し相手が居なかったと言えるフィアルにとって……同じ女同士の他愛のない会話は、壊れた心への何よりの薬だった。幾らシリウスやオロチと言えども、異性では力になれない事だってある……

「いいなー、フウは……毎日が、色々あってたみたいで……」

「良くないよ!ミズチとコクリュウには『大人の女は物欲しそうにしないのよ、まだまだお子ちゃまね』とか言われるしさー!コクリュウになら兎も角、ミズチには言われたくないよ……」

「相変わらずみたいね、ミズチは……でもやっぱり羨ましいわ。私には……この5年間で話せる事なんて……」

「何でもいいよ!次はフィーの番だから、離れてた間のフィーの話を聞かせて!」

「困ったわね、何を話すといいのかしら……」

 それでもポツポツと語り出すことの一つや二つあるだろう。フィアルにとっては長い時間の話だ。くだらない話も、大事な話も……取り留めのあろうとなかろうと、話を聞いて、聞かれて、話し、話される内に溜まっていたものが少しづつ消えていく……同情も憐憫も要らない。失った時間が戻る訳でもない。ただ聞いて貰える事が……人と触れ合う事に絶望しかけていたフィアルにとって、特効薬と言って良い効果があった。

 高い木々が生え繁る森を遥か眼下に見下ろし、月明かりに照らされた上空で、一人と一柱の乙女達は西の空へと消えて行く。静かな夜に、少しだけ賑やかな音を響かせながら……
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