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【恋愛編】

負けずぎらいな令嬢の兄は寄宿学校で親友を見つける

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「ごめん、レジー。尻拭いさせて......」

教室の床をブラシで磨きながらセオドアはレジナルドに謝った。

「気にしてない、謝るなよ。俺こそ、後からのフォローしか出来なくて悪いな」

レジナルドは盥の水を一年生の教室に運び込んだところでセオドアから謝罪をされて、静かな声で返答した。

+++

監督生プリフェクトのポール先輩と僕はソリが合わない。
気に入らないことがあれば言ってくれと僕としては思うが、その場では納得したように見せて、時間差で取り巻きに攻撃させるのがポール先輩のやり方だ。

今日も床を汚物で汚して、先生に掃除当番をサボったのが僕だと濡れ衣を着せ、掃除をさせている。
この後上級生の使役ファグ制度で、夕刻の鐘が鳴る前に四年生の部屋へ行かなくてはいけない。これでは就寝時刻までに課題が終わらない。

入学して3ヶ月くらい、なんで自分が理不尽に攻撃されているのか分からなかった。
諸悪の根源がポール先輩だと看破して、先輩の気を逸らしたりイジメの計画を阻止してくれたのは同じクラスのレジナルド・アルバートだった。

だけどそれ以降もポール先輩の攻撃は止まない。僕も原因と結果が繋がっていないから、どこを修正すべきか分からない。

「僕も少しはおべっか使って取り入るとか、派閥に入るとか、した方がいいのかな」
僕がポツリと漏らすと、レジーは言った。

「セオがそれを出来るなら、俺は友達になってない」
「でも......」

僕は自分が今まで人間関係に恵まれてきたことを理解していなかった。人の裏を読まずに生きてこれた箱入りのお坊ちゃんだったんだと、ここに来て思い知っている。
思えば僕の家族はみんな、開けっぴろげだった。
この先、妹のシャーロットも社交を苦労するんじゃないだろうか......。

僕はレジーのように上手く立ち回れるようになりたいんだ。

苛立つ僕にレジーが言う。
「みんながみんな裏表のある性格で、裏をかき合って、上手く切り抜けたとして。
それで、どうなる?
俺にはその先に待つ世界が幸福なものとは思えない」

カチンと来た。
「それは、そうかもしれないけど......。それじゃ僕は、僕だけが、ずっとやられ役で惨めないじめられっ子だ。ここでは人が好ければバカを見て損をするらしいって、要領が悪い僕にだってわかる。
僕に変わるなって言う権利はきみにもない、偉そうに言わないでくれよ」

こんな言い方は喧嘩を売るようなものだ。
だけどやけっぱちで煽る僕の挑発に、レジーは乗らなかった。

温かな焦茶の眼がまっすぐ僕を見て、断言した。

「君は決して惨めなんかじゃない。いじめられっ子だなんてとんでもないさ。」

妙に自信満々なその言い方に僕は怪訝な表情を浮かべるしかない。

「いいか?ポールが監督生で威張り散らすのなんて休暇を除けば残り三ヶ月だ。
君も俺も、一年経つごとに下級生が増えるよな。」

「だから何? 次の監督生も酷いやつなら状況は変わらない......」
「次の監督生も酷いやつなら、」

「俺たちの下級生も今の俺たちと同じように困る。その時、君の裏表のない誠実さやまっすぐさが俺を惹きつけたように、下級生たちも君に救われる時が来る。......と、俺は信じてる。
この先輩は裏切らないと信頼されたら勝ちだ。その数は学年が上がるほど増える」

レジーの話は目の前の辛さを回避するものではなかった。
だけどその辛さから逃げない事の意味を教えてくれているのが分かった。

「人は自分がされたことを返す生き物だ。
折れさえしなければ君は、そのままで幸せになれる。
セオ。俺がついて、君が折れないよう助けるから。
俺が"幸福な未来"って言ったのは、みんなの未来の話じゃない。君の未来だ。君が築いた信頼の数だけ、君は豊かになるんだ」

まるで、頭に被せられた袋を取り去ったような、視界が開けた感覚がした。
今だけを見ると、逃げる選択肢しか浮かばない。
僕は今の辛さに囚われて何も見えていなかった。
レジーが提示したのは、今に続くこれから先の道だ。

レジーはなぜこんな風に物を考えることが出来るんだろう?
一才の年の差で、こんなにも物の見方が違うものなのだろうか。
僕はレジーの視野の広さに圧倒されて、自分を蔑む思いも霧散させられて、呆然と話を聞いた。

「それなら、レジー。きみだってそうなれるはずじゃないか......」
「俺は、君みたいにはなれない」

綺麗になった床を確認して、掃除用具を棚に入れ、扉を閉めたあと、僕の方へ向き直ってレジーは諦観したように言った。

「俺はこんな風に、人の裏や先を読みすぎるんだ。誰も信用出来ないし、しなくてもやっていける。それは誠実さじゃなくて、小器用なだけだ。俺の家族は建前しかない一族で、その中で生き延びるためにこうなった。だから俺は他人のことは分かるのに、自分の気持ちは分からない」

レジーの家は歴史ある侯爵家だ。
このあと学期が終わってすぐの休暇で、家族といても安らげない、帰りたくないと言うレジーを僕は自分の生家に連れ帰った。
父の言いつけもあったから。

なんてったって、僕を育んだ環境で、裏表なく開けっぴろげなのは実証済みだ。
どんなにしっかりして見えても、レジーだって僕と同じ、一つ年上ではあるけれど、子どもだ。
頭を空っぽにして、ただそこに居るだけで認められる存在になれる場所があるべきだと思ったんだ。
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