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1~10話

6a、お断りします

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 すんすんすんすん

「なあ」

 すんすんすんすんすんすん

「おい!」

「ふぁいっ? なんれひょう?」

 視線を上げてグレニスの顔を見る。
 もちろん鼻は胸筋の谷間に埋めたままだ。

 毎朝抱きしめられながら一言二言言葉を交わすうち、私はこの自分にも他人にも厳しい主人が見た目ほど恐ろしい人ではないと認識を改めていた。

 常に怒ったような怖い顔をしているし言うことも厳しいけれど、理不尽に当たり散らすわけでもなければ怒りっぽいわけでもない。むしろ、滅多なことでは怒らない気がする。

 私が挑戦的に言い返した時だって無礼を怒りはしなかったし、その時抱きついて怒られなかったのをいいことに以降の尋問ではちゃっかり私からも抱きしめ返しているけれど、それも咎められていない。
 そうしてどんどんと調子に乗った私は、もはや『来い』と呼ばれるのさえ待たず、グレニスが果実水を飲んでいる間に勝手に腕の中に収まっている。

「今日のこれはなんだ?」

 グレニスは私に見えるよう、私の顔の上で空になったゴブレットを振って示した。

「ああ……レモン水に、はちみつと塩を少し入れたんです。酸味とか塩気とかが疲れにいいと聞いたので」

 腕を伸ばしてゴブレットを受け取ると、改めて鼻を埋———

「なるほど。もう一杯入れてくれ」

「……かしこまり、まし……た……」

 職務を遂行するため断腸の思いでグレニスから鼻を剥がし、早足で鍛錬場の隅に置き去りにしたままのワゴンへと向かう。
 自分が作った物を気に入ってもらえたことは嬉しいけれど、そのせいで尋問が中断されることになるとは全く計算外だった。ぐぬぬ。
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