首輪 〜性奴隷 律の調教〜

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S side  律の夢 ep5

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早朝の静まり返った空気を引き裂くような、金切り声に似た律の悲鳴で俺は飛び起きた。
律のこんな声を聞いた事がなかった俺は、最初何が起こったのか全く理解出来なかった。
そしてベッドの隣で喉を掻き毟りながらのたうち回る見た事の無いその形相に一瞬息を飲む。
律はその目を大きく開けてはいるが、恐らくまだ意識は夢の中にあるらしく、存在しない何かに向かって必死に何が喚いている。
「律!」
見開いた目からは大粒の涙が溢れ、暴れる体を押さえ付けても律はまだ眠りから覚めない。肩を掴んで体を揺すり顔を覗き込んだが、律はまだ悪夢の中の何かに向かって泣き叫んでいる。その引きつった声の中に「御主人様」という言葉が混じっていた。

瀬戸が言っていた揺り戻しとはこのことか。

この屋敷に引き取った当初、律の精神状態は非常に荒れたもので、特に夜間に悪化して錯乱しては自傷行為を繰り返した事は聞いていた。
そしてそういう時は大抵、飯塚絡みの夢か幻覚を見ているのだと。

「律、しっかりしろ」
何度目かの俺の呼び掛けで、律の開ききっていた瞳孔がやっと焦点を結び始める。
枯れるほど叫んでいた声が少しずつ弱まり、俺でも制止出来ないほど物凄い力で喉に爪を立てていた手が、ぎこちなく下される。

まだ口を小さく動かし何か言いながら、息が荒いまま呆然としている律の瞳が俺の姿を捉え、部屋の様子に僅かに視を移す。
そして漸くこの現実を現実として把握した律は、その目に安堵と絶望の両方を映し出すとわなわなと唇を震わせ、大声で泣き出した。
膝を抱えてこの世の終わりのような悲壮な声を上げて泣く律の姿は、どうにかして飯塚の元に留まろうとするのを無理矢理引き離して連れ帰った日を思い出させる。

悲鳴を上げた悪夢よりも、律にとってこの現実は辛いものなのだろうか。
だとしたらここまでして、律を此処に閉じ込めておく意味があるのだろうか。

泣いている子供にするように、律の背中を撫でると律は驚いたように顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃになった顔を更に歪めてしゃくり上げながら俺の胸に縋り付いて来た。

「律くん、大丈夫!?」
瀬戸が寝巻き姿に上着だけ羽織った姿で部屋に駆け付けノックも無しにドアを開けた。泣いてはいるが、錯乱はしていない律の姿を見ると幾分か瀬戸の表情から緊迫感が薄らぐ。

「夢でこうなるの、久々だね。怪我してない?」
顔を上げるのを恐れるように頑なに胸元から離れない律を見下ろしながら瀬戸が尋ね、俺は首を小さく横に振る。

「風呂場で桐山がのぼせるまで無理させるからだよ」
嫌味とは言えない真っ当な批判に何も言い返せずに居ると、瀬戸がポケットから鎮静剤を幾つが取り出し俺に手渡す。
「桐山が来ると緊張しちゃうから、気を付けて」
後から来た美月が開いたままのドアから顔を覗かせて様子を窺ってから中へと入って来る。唇だけ動かして「大丈夫?」と聞いている。俺が肯く仕草で返すとこのまま説教を続けそうだった瀬戸も口を噤んでガラスカップに水を注いでベッドサイドの小さなテーブルに置いた。
水に反射した薄い朝陽が、買ったばかりの金魚を僅かに照らしていた。




結局薬を飲ませて再び眠った律がその日起きて来たのは昼前だった。
これ以上リスケ出来ない所まで遅れさせた予定に合わせる為に身支度を整えて最後に律の部屋を訪れると、首の僅かな傷以外はあんなに泣き乱れたのが嘘のように、いつもの物静かな姿で部屋と繋がった庭に面したテラスで遅い朝食を摂っている。
丸いテーブルで律に向かい合う形で本を読んでいた美月が顔を上げる。
「行くの?」
「ああ」
俺の返答に律がパンケーキを切っていた手を止める。戸惑う程感情の無い顔でこちらを見上げ、何かを言おうと律が口を開いた時、瀬戸がドアを開ける。
「桐山」
話が普段より真剣なものなのは、声色で分かる。中に入って来ないのは、律に聞かせたくない内容だからか。
俺は廊下に出ると瀬戸が扉を閉める。俺が何か言う前に、瀬戸が一通の封筒を俺に差し出す。見覚えのある青い封蝋に息が一瞬詰まる。
飯塚のシーリングワックスだ。
「律くん宛てだよ。わざわざうちに届いた」

今更一体何なんだ。
あの何もかも見透かしたような男の顔が嫌でも目に浮かぶ。

まさか律を返せと言うんじゃないだろうな。
いや、飯塚に限ってそれは無い。
あいつは律にひとかけらの情も持ち合わせてはいなかった。律の喜ぶ事にも悲しむ事にも、飯塚は全く関心を持っていない。
関心があるとすれば、律が飯塚への捨てられない想いを持つ事に対する俺の嫉妬に対してか。
大金叩いて買った律が俺には懐かずに、捨てた飯塚をまだ夢にまで見ている事で揺さぶられる此方の関係を、優越感たっぷりに楽しんでいるのだろう。

手紙の中が何であっても律の心が掻き乱される事に間違い無い。
律の心は、一見静まり返った水面みなもだが、その下は荒れ狂い渦を巻いていて、少しの風でそれが表面化されてしまう。

出来れば手紙は此方で処分してしまいたかった。
でもそれでは一人の人間として律を扱わなかった飯塚と何の変わりも無い。自由を奪い全てをコントロールして従わせるような事をしたくはなかった。

手紙を手にしたまま部屋へ戻ろうとする俺の腕を瀬戸が掴む。
「中をこっちで確認してからの方が良いんじゃない?」
その問い掛けに首を横に振りながら俺はドアを開けて部屋へ戻る。
人格者ぶるなと言いたげな瀬戸の視線を振り切り、テラスの端で柔らかな日差しを受けながらデザートのオレンジをフォークに刺している律へと歩み寄った。
「手紙だ。お前に」
差し出された封筒を見た律と、隣の美月の両方が何も言わぬまま動きを止める。
両手で手紙を受け取った律は、黙ったまま暫く封筒を見ていた。
飯塚の養子を外れた事を意味する自分の名前を改めて見ていたのか、そのまま少しの間動かなかった律が封筒を裏返し、そっとワックスを外して開封する。

律は急いでいるときもそうでない時も、一つ一つの仕草がきちんと躾けられていて洗練されたものだった。こういうふとした瞬間に、上流階級の子息だった事が見て取れる。

律は中に入っていた一枚の紙を取り出しそれを読むと、招待状らしきその紙をそっとテーブルのグラスの横に置いた。

誰も何も言えなかった。
注視していても相変わらず律の表情は読めない。
一呼吸置いて律が口を開ける。

「お誕生日会があるそうです」

予想外の言葉に俺達は返す言葉を見付けられない。
お誕生日会?

「新しく、飯塚様の養子になられた方のお誕生日会があるそうです。その招待状でした」

背後で瀬戸が大きく息を吸い、静かに吐き出す音が聞こえる。よりによってこんな物を律に見せてしまった俺への憤りか批難のようなものを嫌程感じるが、俺も自己嫌悪と後悔に押し潰されそうで構っていられない。

美月が不安げに律の顔を見ている。

そしてそんな俺を更に地獄へ突き落とす言葉が律から放たれる。

「行っても構いませんか?」
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