探偵注文所

ファイルⅠ：連続ひったくり事件

＃1

　ホームズの扉を開けたのは、工藤美波刑事だった。

　中は薄暗く、地下の為窓は一つもない。そのくせ、きちんと清掃された床や壁は空間を一層不気味にさせる。几帳面に並べられた家具たち。天井には少し小さめのシャンデリアが一つ。入り口に対して、待ち構えているかの様にカウンター席があった。
　そのカウンター席まで一直線に通路の様に伸びるスペースを取り囲む何組かのテーブル席。
　カウンター席の奥の棚にはズラリと並べられた、色々なお酒。珈琲の豆や、紅茶の茶葉の様なものまでいくつか見える。
　
　「いらっしゃい。何飲む？何でもあるよ。」

　そう声をかけてきたのはカウンターで洗い物をしていた、マスターとは似つかわしくない風貌をした若い男だった。

　髪は長く、右目は隠れていた。服装は夏だというのに、黒いロングカーディガンを身にまとっていた。
　
　「いえ、勤務中ですので、お構いなく。」
　工藤刑事は答えた。
　「麦茶で良い？」
　と店員は鼻で少し笑った後、冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出した。
　麦茶をグラスに注ぎ、さらに続ける。

　「で？ご用件は何でしょうか？刑事さん。」
　「どうして、刑事だと？」
　工藤刑事が訪ねる。
　「そりゃ、ここに来るのは、行き詰った刑事さんがこぞってやってくるところですよ？真昼間から好き好んでここまで来るのは刑事さんくらいしか見たことないからね。」
　
　「なるほどね。じゃ、早速だけど。」
　と言い、工藤刑事はカバンから今朝の新聞の一部を取り出した。
　「最近何かと話題の連続ひったくり事件です。当然知っていますよね？」
　工藤刑事が件の記事を店員に見せる。

　「もちろん。一か月のうちに、五件も起きてるやつだね？発生時刻も場所も全部バラバラだとか何とか。」
　「えぇ、犯行の共通点もなく、目撃者や被害者からの事情聴取でもちぐはぐで…。」
　「で、完全にお手上げ状態だと、ということだね？」
　「はい。」
　工藤刑事は力なく答えた。
　「君一人ということは、個人的な、依頼でいいのかな？」
　「あ、前園先輩が、名前出したらわかるとのことで…。」
　店員は少しきょとんとした後、こう答えた。
　「はは、なるほど、分かりました。犯人捜しを依頼ということで、いいですね？」
　すると店員は誰かに電話をかけ始めた。

　「………あ、アマキちゃん？オレオレ、ミヤマ。久々の依頼ですよ？しかも君の好きそうな“犯人捜し”ですよ？うん、うん。じゃあ待ってるね？バイバーイ。」
　店員はスマホをポケットにしまうと、こう述べた。
　「多分三十分くらいで来るから、ウチの中でも極上の者が…。」
　
　そう、ここは『探偵注文所　ホームズ』。
　警察が追いきれない事件が発生したとき、極稀に警察から捜査依頼が来ることがある。
　その時、ここのオーナーであるミヤマが、依頼内容から判断し、全二十名いる探偵の中から、それぞれに適した人材を用意する。

　その二十名のうち、数多の難事件を解決に導いてきた探偵が四人いる。
　ミヤマ含め、他の探偵たちは彼らが出たら最後と意味を込め『ラストホームズ』と呼んでいた。
　そして今回の連続ひったくり事件に協力してくれるのは、そのラストホームズの一角、犯罪心理学者でありプロファイラーでもある天木涼子。
　彼女はほかのラストホームズが敵わないと認めるほどの頭脳を有している。

　工藤刑事も噂には聞いていたが、こんなに早く、しかもひったくり事件の捜査に当たってくれるとは、思っていなかった。
　「ただ、気を付けてね？彼女、癖がすごいから。」
　とミヤマは工藤刑事にいたずらっぽく、笑って見せた。
　「どういうこと意味でしょう。私だって、天木さんの噂くらいは、聞いています。」
　と少し強めに答えた。
　「ならなおさら気を付けて。彼女には常識も噂も嘘も、関係ないから。」
　ミヤマは人差し指を口元に宛て、ニヤッとした。

　10分ほどたった頃、入り口のドアがベルを鳴らしながら動いた。
　そこに立っていたのは、見た目中学生くらいの女の子だった。
　髪は肩に届くか否かくらいのミディアムのボブカット。服装は踝でかかるくらいの少し大きめのゆったりめのワイドパンツ。上は白を基調としたボーダー柄のシャツに、萌え袖タイプの灰色で、薄手のジャケットを羽織っていた。靴は黒いパンプス、いわゆるぺたんこ靴。肩からは幾つか缶バッチを付けた白色のショルダーバックを下げていた。

　「ミヤマ！いつもの！」

　女の子は無邪気な笑顔で、声でミヤマに向かって叫んだ。