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再会 / いつか逃げてやる!
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♦♢ビクトリアside
ビクトリアは少女の後ろに控える男たちの真意に気づくことなく、いきなり自分の目の前に立ちはだかった大きな背中に驚いた。だが、男の服が徐々に溶け落ちていくのを見て、慌てて叫ぶ。男の肌は焼けただれたようになっていたからだ。
「大変! すぐにお医者様に診せないとだめよ。あぁ、なんてこと……とても痛そうだわ」
「皇女殿下、僕は大丈夫です。それより、あなた様にお怪我はございませんか?」
ーーあぁ、何度も手紙を送りながらも、決して返事が届かなかったオリバー様の声に似ているわ。
男が振り返ると、その肩と腕には火傷のような酷い傷が刻まれており、片頬にも同じように焼けただれた痕が浮かび上がっていた。
「オ、オリバー様…! 大変な怪我ですわ!」
アレクサンダー皇帝が少し後方から馬で駆けつけると、すぐさまビクトリアに怪我がないことを確かめ、彼女を自分のマントで包んだ。そのマントは古の秘術によって織られ、皇家に贈られた特殊な布地で、強力な毒薬にも侵されない特性を持っていた。周囲では、過激派の男たちがすでに皇衛騎士団により取り押さえられ、花束を手渡した小さな少女も拘束されていたが、他にも敵が潜んでいる可能性があったのだ。
「我が妹を襲うとは愚か者め! この者どもはただちに斬首刑に処す。いや、今日はめでたき日、私と妹の誕生日でもある。明朝、一番で行うとしよう」
アレクサンダーの威厳に満ちた声に、オリバーは地に膝をつき、懇願するように頭を下げた。
「皇帝陛下、この者たちはスペイニ国王に唆されたにすぎません。深い事情がございますので、どうかお聞きください」
ビクトリアは兄を説得しようとするオリバーを制して声をかける。
「傷の手当てが先ですわ。お兄様、オリバー様がいなければ、私が重傷を負っていました。どうか、私の命の恩人として、すぐにお医者様に診せてください」
「ふむ……しかし、こいつがオリバー? たしか、ビクトリアの婚約者だった男で、妹に乗り換えたアホだろう? そのせいで、ビクトリアはネーグル子爵に嫁がされ……あぁ、忌まわしい。オリバーよ、ビクトリアを劇薬から救ってくれたことは感謝する。しかし、一度お前は我が妹を捨てたのだよな? たかが、男爵の分際で……」
怒りのオーラがアレクサンダー皇帝を包み込むのを感じ、ビクトリアは静かに兄を見上げ、言葉をかけた。
「お兄様、もう全て過去のことです。オリバー様とは、とうに終わりました」
そうは言ったものの、オリバーが苦痛に耐えきれず意識を失いかけた時、ビクトリアは咄嗟に彼を支えた。アレクサンダーのマントで包まれていたため、毒に触れても無事だった。そして、悲痛な声を上げる。
「お兄様、ローマムア帝国で一番のお医者様をお呼びくださいませ! お願い!」
♦♢アリスside
「なんで、この私がこんなことをしなきゃなんないのよっ! あのババァさえ余計なことをしなければ……」
アリスは胸の奥で悔しさをかみしめ、何度も悪態をつく。母親が皇女を誘拐したせいで、罪人の娘としてこうして過酷な生活に追いやられることになったのだ。アリスは姉が皇女だと想像すらしたことがない。
皇女誘拐の罪は、自分が生まれる前の母親だけの罪だと思う。なのに、娘というだけで自分の未来が壊された。本来、自分が背負わされるべき罪ではないと、何度思い返しても腹立たしさしか感じなかった。
「皇太后たちは私を不当に罰しているわよ! あんまりだわ」
そう吐き捨てると、アリスは石炭を炉に叩き込んだ。瞬間、熱気が顔をじりじりと焦がし、煤が舞い上がって鼻腔を刺す。喉も鼻も痛く、息をするたび肺に重苦しい鈍痛が積み重なるようだ。アリスの仕事は厨房へ石炭を運び、炉にくべ、そして調理中に火力が落ちないよう火加減を絶えず見張ること。煤で真っ黒になりながらの作業が日常と化し、さらに炉の掃除もアリスに課せられていた。
周囲の使用人たちは、かつて男爵令嬢だったアリスを見下し、冷ややかな目を向ける。彼女はそんな視線に耐え切れず、口の中で何度も母親への恨みを吐き続けていた。
――なにもかも、あのクソババァがいけないのよ! こんなところ、いつか逃げ出してやるわ!
アリスは皇宮こそが地獄だと思い込み、ここから出さえすれば幸せになれると信じていた。だから、厨房に肉や魚を配達に来る男たちに、隙をみて親しく話しかける。
ほとんどの男たちはアリスの頬の烙印を見て、迷惑そうに去って行った。しかし、ひとりだけアリスに優しく応えてくれる男がいた。彼の名前はコマシスケ。コマシスケの本業は、実は配達人ではない。
彼が扱っていたのは人間で、取引先は少し過激な娼館だったり、ハードなプレイを楽しむ貴族だったり、新薬の実験をしたい薬師だったりする。いわゆる裏家業の男である。
「アリス。俺が皇宮から出してあげる。一生、君を守ってあげるよ」
コマシスケの言葉はアリスを酔わせた。
「私、どこまでもコマシスケさんについていくわ」
アリスはにっこりと微笑んだのだった。
•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
※次はオリバーの続きとアルバートの話になります。
ビクトリアは少女の後ろに控える男たちの真意に気づくことなく、いきなり自分の目の前に立ちはだかった大きな背中に驚いた。だが、男の服が徐々に溶け落ちていくのを見て、慌てて叫ぶ。男の肌は焼けただれたようになっていたからだ。
「大変! すぐにお医者様に診せないとだめよ。あぁ、なんてこと……とても痛そうだわ」
「皇女殿下、僕は大丈夫です。それより、あなた様にお怪我はございませんか?」
ーーあぁ、何度も手紙を送りながらも、決して返事が届かなかったオリバー様の声に似ているわ。
男が振り返ると、その肩と腕には火傷のような酷い傷が刻まれており、片頬にも同じように焼けただれた痕が浮かび上がっていた。
「オ、オリバー様…! 大変な怪我ですわ!」
アレクサンダー皇帝が少し後方から馬で駆けつけると、すぐさまビクトリアに怪我がないことを確かめ、彼女を自分のマントで包んだ。そのマントは古の秘術によって織られ、皇家に贈られた特殊な布地で、強力な毒薬にも侵されない特性を持っていた。周囲では、過激派の男たちがすでに皇衛騎士団により取り押さえられ、花束を手渡した小さな少女も拘束されていたが、他にも敵が潜んでいる可能性があったのだ。
「我が妹を襲うとは愚か者め! この者どもはただちに斬首刑に処す。いや、今日はめでたき日、私と妹の誕生日でもある。明朝、一番で行うとしよう」
アレクサンダーの威厳に満ちた声に、オリバーは地に膝をつき、懇願するように頭を下げた。
「皇帝陛下、この者たちはスペイニ国王に唆されたにすぎません。深い事情がございますので、どうかお聞きください」
ビクトリアは兄を説得しようとするオリバーを制して声をかける。
「傷の手当てが先ですわ。お兄様、オリバー様がいなければ、私が重傷を負っていました。どうか、私の命の恩人として、すぐにお医者様に診せてください」
「ふむ……しかし、こいつがオリバー? たしか、ビクトリアの婚約者だった男で、妹に乗り換えたアホだろう? そのせいで、ビクトリアはネーグル子爵に嫁がされ……あぁ、忌まわしい。オリバーよ、ビクトリアを劇薬から救ってくれたことは感謝する。しかし、一度お前は我が妹を捨てたのだよな? たかが、男爵の分際で……」
怒りのオーラがアレクサンダー皇帝を包み込むのを感じ、ビクトリアは静かに兄を見上げ、言葉をかけた。
「お兄様、もう全て過去のことです。オリバー様とは、とうに終わりました」
そうは言ったものの、オリバーが苦痛に耐えきれず意識を失いかけた時、ビクトリアは咄嗟に彼を支えた。アレクサンダーのマントで包まれていたため、毒に触れても無事だった。そして、悲痛な声を上げる。
「お兄様、ローマムア帝国で一番のお医者様をお呼びくださいませ! お願い!」
♦♢アリスside
「なんで、この私がこんなことをしなきゃなんないのよっ! あのババァさえ余計なことをしなければ……」
アリスは胸の奥で悔しさをかみしめ、何度も悪態をつく。母親が皇女を誘拐したせいで、罪人の娘としてこうして過酷な生活に追いやられることになったのだ。アリスは姉が皇女だと想像すらしたことがない。
皇女誘拐の罪は、自分が生まれる前の母親だけの罪だと思う。なのに、娘というだけで自分の未来が壊された。本来、自分が背負わされるべき罪ではないと、何度思い返しても腹立たしさしか感じなかった。
「皇太后たちは私を不当に罰しているわよ! あんまりだわ」
そう吐き捨てると、アリスは石炭を炉に叩き込んだ。瞬間、熱気が顔をじりじりと焦がし、煤が舞い上がって鼻腔を刺す。喉も鼻も痛く、息をするたび肺に重苦しい鈍痛が積み重なるようだ。アリスの仕事は厨房へ石炭を運び、炉にくべ、そして調理中に火力が落ちないよう火加減を絶えず見張ること。煤で真っ黒になりながらの作業が日常と化し、さらに炉の掃除もアリスに課せられていた。
周囲の使用人たちは、かつて男爵令嬢だったアリスを見下し、冷ややかな目を向ける。彼女はそんな視線に耐え切れず、口の中で何度も母親への恨みを吐き続けていた。
――なにもかも、あのクソババァがいけないのよ! こんなところ、いつか逃げ出してやるわ!
アリスは皇宮こそが地獄だと思い込み、ここから出さえすれば幸せになれると信じていた。だから、厨房に肉や魚を配達に来る男たちに、隙をみて親しく話しかける。
ほとんどの男たちはアリスの頬の烙印を見て、迷惑そうに去って行った。しかし、ひとりだけアリスに優しく応えてくれる男がいた。彼の名前はコマシスケ。コマシスケの本業は、実は配達人ではない。
彼が扱っていたのは人間で、取引先は少し過激な娼館だったり、ハードなプレイを楽しむ貴族だったり、新薬の実験をしたい薬師だったりする。いわゆる裏家業の男である。
「アリス。俺が皇宮から出してあげる。一生、君を守ってあげるよ」
コマシスケの言葉はアリスを酔わせた。
「私、どこまでもコマシスケさんについていくわ」
アリスはにっこりと微笑んだのだった。
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