【完結】夫がよそで『家族ごっこ』していたので、別れようと思います!

青空一夏

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 季節の風が変わり始めた頃だった。
 夜は肌寒く、お客様たちの服装も少しずつ厚手に変わってきていた。
 私は店の帳簿を閉じると、小さく息をついた。

 防寒具と薬草を届けに行くだけ。
 決して問い詰めに行くわけじゃない。
 ただ――少しだけ、心配になっただけ。

 店の扉に「数日休業いたします」と貼り紙を残し、私は早朝に荷馬車を出した。
 目的地は、アレグランが常駐しているという国境の駐屯地。
 戦争が終わった今も、一部の警備は続けられており、兵の入れ替えがあるとはいえ、それはほとんど形だけのものだった。

 ――それなのに、なぜ彼が家に戻ってくるのは月に一度あるかないかなのだろう?
 いろいろな疑念を、私は何度も打ち消してきた。
 でも、どうしてもあの兵士たちの言葉が気になってしまう。

 ◆◇◆

 道中、草原の上を風が渡る。
 薬草を包んだ布から、土と陽だまりを混ぜたような、穏やかな香りが立ちのぼった。
 あたたかい煎じ薬はとてもよく効く。肩の傷が痛んだ日には、私もこれに助けられた。

 彼のために、と思えるうちは、まだ私は立っていられる。
 私は彼を愛してる。それだけは、疑いようもなく確かだった。

 駐屯地に近づくと、風景がわずかに変わっていった。
 石積みの低い柵、簡素な見張り塔、煙の上がる調理場――
 村と城塞の中間のような場所。けれど、どこか落ち着いた雰囲気が漂っている。

 門の前で名を名乗ると、若い兵士が「ああ、アレグランさんの奥さんですね」と笑顔で通してくれた。

 案内された広場の先、井戸のそばで、アレグランは兵士と話していた。
 私の姿に気づくと、少し驚いたような顔をして、すぐに笑みを作る。

「……エルナ? どうしてここに?」

「防寒具と薬草を届けに来たの。季節の変わり目でしょう? 体を冷やしたらいけないわ」
 私は持っていた包みを差し出し、アレグランの手にそっと渡す。
 彼は受け取りながら、どこか気まずそうに視線を逸らした。

「……ありがとう。でも、わざわざ来なくてもよかったのに」

「たまには顔を見たいと思ったの。奥さんらしいこと、してみたくなったのよ」

 自分で言った言葉に、胸がきゅっと痛んだ。
 アレグランは苦笑し、頷くだけだった。

「……すまない、今少し立て込んでいて。隊の報告書を仕上げないといけなくて。明日は国境沿いの見回りで、少し遠出になるし、悪いがエルナに構っている時間がない」

「あら、そうなのね。じゃあ邪魔しないわ。もう用事は済んだから、馬車の準備が整ったらすぐに発つわ」

「……ああ、気をつけて帰ってくれ」

 アレグランは、私を見送るでもなく、書類の束を手に建物の中へと戻っていった。

 私はその背を見つめながら、胸の奥がざわついていた。
「気をつけて帰ってくれ」と言いながら、目は笑っていなかった。
 手元に視線を落とすその指が、わずかに震えていたように見えた。

 ……あれは、なにかを隠している目よ。
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