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61(23) 子を見れば親が知れる
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騎士たちの最敬礼に迎えられ、私たちはガスキン地方警備騎士団の本部へと案内された。立派な石造りの庁舎の前には幹部たちが整列しており、その中央に立つ男――チャス騎士団長が、丁寧な口調で私たちを出迎える。
「ようこそ、グリーンウッド侯爵ご夫妻。女性が特命騎士に任命されるとは、なんとも珍しいことですね。さすがは、陛下の厚いご信頼を得ておられるだけのことはあります。遠路はるばる、お疲れ様でございました」
一見すれば礼儀正しい物腰だが、その目はすぐさま、私の隣に立つアイビーへと向けられた……冷たい。あからさまな敵意がこもっている。アイビーの肩がわずかに震えるのがわかり、私は黙って一歩、前へと進み出る。チャスとアイビーのあいだにすっと身を滑らせるようにして立ち、視線を遮った。
言葉は要らない。ただ、静かに、まっすぐ睨み返すだけ。
――この子に指一本でも触れてみなさい。絶対に、許さない。
チャスは目を逸らし、わざとらしい笑みを浮かべながら、話を続けた。
「本日は、子爵邸の迎賓室にお部屋を用意しております。残念ながら子爵閣下は体調を崩されておりまして……代わりまして私どもがご案内いたします」
「あら、まぁ……子爵家当主が出迎えるのが“礼儀”というものなのに、このタイミングで体調不良? 侯爵家の訪問なのに暢気な方ですこと」
皮肉を込めた私の返しに、旦那様――レオンが小さく肩をすくめ、目だけで「ナイス」と言わんばかりの視線をよこしてきた。私も少し口角を上げて返す。
歓迎の顔をしながら、実際には歓迎していない――その空気は明らかだ。だが、こちらとしてはむしろ好都合。敵の懐に入り込んで、内部の空気を知るには最適の機会だった。ルカとアルトを乗せた馬車と共に、私たちはガスキン子爵邸へ向かった。
◆◇◆
ガスキン子爵邸は、地方貴族にしてはやけに派手な装飾が施された建物だった。上品さよりも、どこか成金趣味じみた雰囲気がある。迎賓館に通されると、すぐにメイドたちが軽食とお茶を運んでくる。静かだった空気が、玄関の重たい扉が開く音で破られる。
「うぃーっす。王都の皆さま、ごきげんようってやつ? 遠くからお疲れさまですな~」
軽薄な声と共に現れたのは、赤毛に着崩した上着の青年。事前に調べておいた情報と照らし合わせて、すぐにわかった――子爵家の長男、ブリオンだ。
続いて現れたのは、よく似た顔立ちの青年。やや控えめな様子で後ろからついてくる。こちらは双子の弟、ホセだろう。
「兄上、もう少し丁寧に……あの方は王都騎士団の団長ですよ?……すっ、すみません、兄上は少々、酒を飲み過ぎまして」
「うるさいなぁ、お前は黙ってろよ! なぁ、そこの騎士団長さん、王都騎士団長ってそんなに偉いの?」
旦那様はいつもの冷静な表情のままだったが、その眉がぴくりと動いたのを私は見逃さなかった。
「そちらの奥様も騎士なのか? へぇー……てっきり、食堂でお茶淹れてる方かと思いましたよ? 噂では、グリーンウッド侯爵夫人って、元は食堂の女将なんでしょ? 違うな。今も食堂やっているんだっけ? なんで、騎士服なんて着てんのか……」
あえて微笑んでみせながら、私は一言。
「特命騎士に陛下から任命されたからですわ。お望みなら、お茶の代わりに一本背負いでもいかが? 喜んでお相手しますけど」
「へぇ……女のくせに、ずいぶん強気なんだな? それに、たしか元は平民だったとか。しかも孤児出身だって話も……素晴らしい成り上がり物語だなぁ。ここみたいな田舎にも、そういう噂は届くんだよ」
「お前こそ失礼だな」
旦那様の声が低く、冷たく響いた。
「よくも俺の妻にそんな口をきいたな。爵位の序列も知らずに――俺は侯爵で、妻も侯爵夫人。お前たち子爵の息子が、無礼を働く立場か?」
ゾッとするほどの怒気を纏った旦那様が、前に出ようとしたそのときだった。ブリオンの眉毛と睫毛に口ひげが見事に凍りついた。髪の毛もカチンコチンだ。
「ふぁ、ふぁっくしょん! さ、寒っ……えっ? な、なに……?」
アルトだった。ソファの下にひそんでいた彼が、翼を広げてふわりと飛び上がる。氷魔法の使い手であるアルトの眼が、キラリと光っていた。
……どうやら、ピンポイントで顔だけを狙ったらしい。魔法の精度、確実に上がってるわね!
「神獣……!?」ようやく気づいたブリオンの顔が引きつる。
ずっとテーブルの下にいたのに、全く気づかなかったなんてね。あなたたち、どこまで無防備なのかしら?
◆◇◆
──そして翌朝。
朝食後、応接間に案内された私たちの前に、やっと“この地方の当主”が姿を現した。金の刺繍をこれでもかと散りばめた、けばけばしい上着。妙に整えられた巻き毛。これが、ガスキン子爵――ブリオンとホセの父親か……。
「おおっ、これはこれはグリーンウッド侯爵ご夫妻! 遠路ご苦労であったな! いやはや、まさか本当に来るとは思わなんだ!」
まるで国王が臣下を迎えるかのようなノリで、子爵は笑いながら手を広げてみせた。
――はっ?
「ようこそ、グリーンウッド侯爵ご夫妻。女性が特命騎士に任命されるとは、なんとも珍しいことですね。さすがは、陛下の厚いご信頼を得ておられるだけのことはあります。遠路はるばる、お疲れ様でございました」
一見すれば礼儀正しい物腰だが、その目はすぐさま、私の隣に立つアイビーへと向けられた……冷たい。あからさまな敵意がこもっている。アイビーの肩がわずかに震えるのがわかり、私は黙って一歩、前へと進み出る。チャスとアイビーのあいだにすっと身を滑らせるようにして立ち、視線を遮った。
言葉は要らない。ただ、静かに、まっすぐ睨み返すだけ。
――この子に指一本でも触れてみなさい。絶対に、許さない。
チャスは目を逸らし、わざとらしい笑みを浮かべながら、話を続けた。
「本日は、子爵邸の迎賓室にお部屋を用意しております。残念ながら子爵閣下は体調を崩されておりまして……代わりまして私どもがご案内いたします」
「あら、まぁ……子爵家当主が出迎えるのが“礼儀”というものなのに、このタイミングで体調不良? 侯爵家の訪問なのに暢気な方ですこと」
皮肉を込めた私の返しに、旦那様――レオンが小さく肩をすくめ、目だけで「ナイス」と言わんばかりの視線をよこしてきた。私も少し口角を上げて返す。
歓迎の顔をしながら、実際には歓迎していない――その空気は明らかだ。だが、こちらとしてはむしろ好都合。敵の懐に入り込んで、内部の空気を知るには最適の機会だった。ルカとアルトを乗せた馬車と共に、私たちはガスキン子爵邸へ向かった。
◆◇◆
ガスキン子爵邸は、地方貴族にしてはやけに派手な装飾が施された建物だった。上品さよりも、どこか成金趣味じみた雰囲気がある。迎賓館に通されると、すぐにメイドたちが軽食とお茶を運んでくる。静かだった空気が、玄関の重たい扉が開く音で破られる。
「うぃーっす。王都の皆さま、ごきげんようってやつ? 遠くからお疲れさまですな~」
軽薄な声と共に現れたのは、赤毛に着崩した上着の青年。事前に調べておいた情報と照らし合わせて、すぐにわかった――子爵家の長男、ブリオンだ。
続いて現れたのは、よく似た顔立ちの青年。やや控えめな様子で後ろからついてくる。こちらは双子の弟、ホセだろう。
「兄上、もう少し丁寧に……あの方は王都騎士団の団長ですよ?……すっ、すみません、兄上は少々、酒を飲み過ぎまして」
「うるさいなぁ、お前は黙ってろよ! なぁ、そこの騎士団長さん、王都騎士団長ってそんなに偉いの?」
旦那様はいつもの冷静な表情のままだったが、その眉がぴくりと動いたのを私は見逃さなかった。
「そちらの奥様も騎士なのか? へぇー……てっきり、食堂でお茶淹れてる方かと思いましたよ? 噂では、グリーンウッド侯爵夫人って、元は食堂の女将なんでしょ? 違うな。今も食堂やっているんだっけ? なんで、騎士服なんて着てんのか……」
あえて微笑んでみせながら、私は一言。
「特命騎士に陛下から任命されたからですわ。お望みなら、お茶の代わりに一本背負いでもいかが? 喜んでお相手しますけど」
「へぇ……女のくせに、ずいぶん強気なんだな? それに、たしか元は平民だったとか。しかも孤児出身だって話も……素晴らしい成り上がり物語だなぁ。ここみたいな田舎にも、そういう噂は届くんだよ」
「お前こそ失礼だな」
旦那様の声が低く、冷たく響いた。
「よくも俺の妻にそんな口をきいたな。爵位の序列も知らずに――俺は侯爵で、妻も侯爵夫人。お前たち子爵の息子が、無礼を働く立場か?」
ゾッとするほどの怒気を纏った旦那様が、前に出ようとしたそのときだった。ブリオンの眉毛と睫毛に口ひげが見事に凍りついた。髪の毛もカチンコチンだ。
「ふぁ、ふぁっくしょん! さ、寒っ……えっ? な、なに……?」
アルトだった。ソファの下にひそんでいた彼が、翼を広げてふわりと飛び上がる。氷魔法の使い手であるアルトの眼が、キラリと光っていた。
……どうやら、ピンポイントで顔だけを狙ったらしい。魔法の精度、確実に上がってるわね!
「神獣……!?」ようやく気づいたブリオンの顔が引きつる。
ずっとテーブルの下にいたのに、全く気づかなかったなんてね。あなたたち、どこまで無防備なのかしら?
◆◇◆
──そして翌朝。
朝食後、応接間に案内された私たちの前に、やっと“この地方の当主”が姿を現した。金の刺繍をこれでもかと散りばめた、けばけばしい上着。妙に整えられた巻き毛。これが、ガスキン子爵――ブリオンとホセの父親か……。
「おおっ、これはこれはグリーンウッド侯爵ご夫妻! 遠路ご苦労であったな! いやはや、まさか本当に来るとは思わなんだ!」
まるで国王が臣下を迎えるかのようなノリで、子爵は笑いながら手を広げてみせた。
――はっ?
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