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62 毒矢の危機
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「王命で来た、と聞いとるが……まぁまぁ、そんな堅い話は後にして。せっかくの機会だ、どうだね? 昼には我が家自慢の肉料理を振る舞おうぞ! あぁ、それと今夜は舞踏会なども開いてな? なに、歓迎の意というやつだ、うんうん!」
旦那様の眉がわずかに動くのを、私は横目でとらえた。
……なるほど。息子たちがあれだったのも納得、ね。
この父にしてあの息子あり、か。
「私たちは観光に来たわけではありません。ガスキン子爵、本日からガスキン地方警備騎士団の物資消失事件について、正式な調査に入ります」
「そんなもの、既に解決済みであろう? アイビーという女性騎士の仕業だと、チャス騎士団長も認めておられる」
「チャス騎士団長がどう言おうと、それが証拠になどなりません。王命により派遣された私たちに、調査の全権が与えられているのです。正式な認可がない限り、チャス騎士団長には裁定の権限はありません」
「な、なんと……ここはガスキン子爵領ぞ? わしの支配する地で……」
「領地とはいえ、陛下から預かっているにすぎません。国王陛下の命令が最上位であることをお忘れなく。それと……先ほどからその態度、侯爵家に対しては少々無礼すぎませんか?」
子爵は何か言いかけたが、外に集結していた王都騎士団の圧倒的な数の兵たちを目にし、はっきりと怯えた様子で口を閉じた。
★
アイビーが見たという帳簿は、すでに巧妙に処理された後だった。これでは物証としては使えない。けれど、そんなことは想定内だった。私たちはすぐさま街へと出て、情報収集を開始した。もちろん王都騎士団の部下たちにも動いてもらう。
そして出てくる、出てくる。兄弟揃って、夜な夜な繰り返されていた豪遊の数々。
酒場を貸し切り、ガスキン地方警備騎士団員たちと騒ぎ明かし、高級娼館では宝石をばらまいていた。どう考えても、子爵家の月々の収支で賄える額ではない。
「金払いが良くて上客だったけど、横柄で下品でどうにも我慢の限界だったわ。あんな人が領主になるのを阻止できるのなら、全部証言しますとも!」
大金を使っても嫌われるブリオン、無理もない。あれだけ私たちにも無礼な言葉を吐けるのだから、店の女性たちにもきっと高圧的な態度だったのだろう。
さらに、騎士団兵舎から消えたとされる物資――武器、防具、食料、医療用品……それらが大量に売られていたと噂される闇市の場所も突き止めた。現地に潜入して、私と旦那様、それに信頼のおける配下の騎士2名で現場を確認。
……信じられない。
売られていたのは、明らかに軍用品。王国の刻印がある剣、槍、鎧。兵糧用の保存食や軍医用の薬品も、堂々と並んでいた。
私は怒りのあまり、つい叫んでしまった。
「そこから一歩も動かないで! 今ここで、全員を拘束します!」
言った瞬間、隣にいた旦那様が眉をひそめて、こちらを振り向く。
「……待て、今それを言うのはまずいかも。まぁ、大丈夫か……俺たちなら勝てそうだ」
その言葉に、はっと我に返る。
そうだ、今の私たちは四人しかいない――私、旦那様、そして旦那様の部下の騎士が二人。
対する敵は、粗暴そうな男たちが二十人はいる。しかもこちらの人数を見て、明らかに殺気を帯び始めていた。
ざわりと空気が変わる。相手がこちらを“やれる”と思ったのだ。
「おい、やっちまえばいいんだよな? なんだか知らねぇが、四人きりじゃねぇか」
「へっ、いいぜ。口封じついでに、金目のもんもいただこうや」
敵が動いた。
私たちは騎士団の制服ではなく、動きやすさを重視した戦闘用の軽装に身を包んでいた。旦那様は長剣を、私は得意の細剣を腰に下げている。かつて、王都騎士団でも屈指の腕前と称された私。旦那様も最強の腕前を誇る。数こそ劣っていても、その実力において、引けを取るはずがない。
刃が交わる音が一閃、次々と襲いかかる相手を私たちは軽やかに、確実に制していった。次々と地に伏していく男たち――まさに“圧倒”だった。
だが――
「旦那様、危ない!」
物陰から放たれた矢が、私たちを正確に狙っていた。毒矢――そう直感した。かわしきれない角度。私がとっさに前に出ようとしたそのとき――
旦那様の眉がわずかに動くのを、私は横目でとらえた。
……なるほど。息子たちがあれだったのも納得、ね。
この父にしてあの息子あり、か。
「私たちは観光に来たわけではありません。ガスキン子爵、本日からガスキン地方警備騎士団の物資消失事件について、正式な調査に入ります」
「そんなもの、既に解決済みであろう? アイビーという女性騎士の仕業だと、チャス騎士団長も認めておられる」
「チャス騎士団長がどう言おうと、それが証拠になどなりません。王命により派遣された私たちに、調査の全権が与えられているのです。正式な認可がない限り、チャス騎士団長には裁定の権限はありません」
「な、なんと……ここはガスキン子爵領ぞ? わしの支配する地で……」
「領地とはいえ、陛下から預かっているにすぎません。国王陛下の命令が最上位であることをお忘れなく。それと……先ほどからその態度、侯爵家に対しては少々無礼すぎませんか?」
子爵は何か言いかけたが、外に集結していた王都騎士団の圧倒的な数の兵たちを目にし、はっきりと怯えた様子で口を閉じた。
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アイビーが見たという帳簿は、すでに巧妙に処理された後だった。これでは物証としては使えない。けれど、そんなことは想定内だった。私たちはすぐさま街へと出て、情報収集を開始した。もちろん王都騎士団の部下たちにも動いてもらう。
そして出てくる、出てくる。兄弟揃って、夜な夜な繰り返されていた豪遊の数々。
酒場を貸し切り、ガスキン地方警備騎士団員たちと騒ぎ明かし、高級娼館では宝石をばらまいていた。どう考えても、子爵家の月々の収支で賄える額ではない。
「金払いが良くて上客だったけど、横柄で下品でどうにも我慢の限界だったわ。あんな人が領主になるのを阻止できるのなら、全部証言しますとも!」
大金を使っても嫌われるブリオン、無理もない。あれだけ私たちにも無礼な言葉を吐けるのだから、店の女性たちにもきっと高圧的な態度だったのだろう。
さらに、騎士団兵舎から消えたとされる物資――武器、防具、食料、医療用品……それらが大量に売られていたと噂される闇市の場所も突き止めた。現地に潜入して、私と旦那様、それに信頼のおける配下の騎士2名で現場を確認。
……信じられない。
売られていたのは、明らかに軍用品。王国の刻印がある剣、槍、鎧。兵糧用の保存食や軍医用の薬品も、堂々と並んでいた。
私は怒りのあまり、つい叫んでしまった。
「そこから一歩も動かないで! 今ここで、全員を拘束します!」
言った瞬間、隣にいた旦那様が眉をひそめて、こちらを振り向く。
「……待て、今それを言うのはまずいかも。まぁ、大丈夫か……俺たちなら勝てそうだ」
その言葉に、はっと我に返る。
そうだ、今の私たちは四人しかいない――私、旦那様、そして旦那様の部下の騎士が二人。
対する敵は、粗暴そうな男たちが二十人はいる。しかもこちらの人数を見て、明らかに殺気を帯び始めていた。
ざわりと空気が変わる。相手がこちらを“やれる”と思ったのだ。
「おい、やっちまえばいいんだよな? なんだか知らねぇが、四人きりじゃねぇか」
「へっ、いいぜ。口封じついでに、金目のもんもいただこうや」
敵が動いた。
私たちは騎士団の制服ではなく、動きやすさを重視した戦闘用の軽装に身を包んでいた。旦那様は長剣を、私は得意の細剣を腰に下げている。かつて、王都騎士団でも屈指の腕前と称された私。旦那様も最強の腕前を誇る。数こそ劣っていても、その実力において、引けを取るはずがない。
刃が交わる音が一閃、次々と襲いかかる相手を私たちは軽やかに、確実に制していった。次々と地に伏していく男たち――まさに“圧倒”だった。
だが――
「旦那様、危ない!」
物陰から放たれた矢が、私たちを正確に狙っていた。毒矢――そう直感した。かわしきれない角度。私がとっさに前に出ようとしたそのとき――
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