【完結】夫がよそで『家族ごっこ』していたので、別れようと思います!

青空一夏

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 だが――
「旦那様、危ない!」
 物陰から放たれた矢が、私たちを正確に狙っていた。毒矢――そう直感した。かわしきれない角度。私がとっさに前に出ようとしたそのとき、一陣の風とともに、空からアルトが舞い降りた。

「アルト……!」
 私の頭上を駆けるように、純白の神獣――アルトが飛び込み、氷の壁を瞬時に出現させ、飛んできた矢を凍らせて砕く。その背には、しっかりとしがみついているルカの姿があった。

「ママー! パパー! だいじょうぶ!? あるとがいきなりとんだから、ぼく、そのせなかにしがみついちゃった。おそらのおさんぽ、たのしかったぁー」
「アルト、ルカ……!」
 涙が出そうになるのをぐっとこらえて、私は笑った。
「助かったわ。最高のタイミングね」

 氷の結界に守られた私たちは、そのまま勢いに乗って反撃に出た。人数こそ不利だったが、実力差は歴然。形勢は一気にこちらへと傾く。
 ましてや、アルト――神獣の登場は圧倒的だった。その威圧感に、闇市の連中はすっかり戦意を喪失しつつある。

「しっ、神獣様まで出てきたら……もう逆らえねぇって! あれ、神の使いだろ!? 空飛ぶ犬なんて初めて見た! しかも後光さしてんだけどぉ?」
「うるせぇ! ビビってんじゃねぇよ、反撃しろよ!」

 混乱と恐怖が支配し、彼らの陣形は崩れ始めた。挙げ句の果てに、仲間内で怒鳴り合いを始める者まで出てくる。
 そして――ようやく、多くの王都騎士団所属の騎士や兵士たちが駆けつけてくれた。

 数に押され、完全に包囲された闇市の商人たちは、次々に武器を捨てて投降した。彼らは王都騎士団が臨時で設けた仮牢へと連行される。その場所は、使われなくなった古い穀物倉庫を改修したものだった。見た目こそ古びているが、内部は魔導結界と鉄格子で厳重に固められており、脱走はまず不可能。さらに、王都騎士団の精鋭たちが交代で監視にあたり、一瞬の隙すら与えていなかった。

 ◆◇◆

 翌朝、ガスキン地方の中央広場には、多くの民衆が集まっていた。中央には長机が設けられ、その前に、旦那様と私、そして傍らに特命騎士の徽章を掲げる旗と、王都騎士団の旗が立てられている。

 その机の前には、ずらりと並んだ“役者たち”の姿。ブリオンとホセの兄弟、その父親のガスキン子爵。彼らと夜な夜な酒を酌み交わしていたガスキン地方警備騎士団員たち、さらには闇市に関与していた商人たちと、豪遊の現場にいた高級娼館の女性たちも、証人として呼ばれていた。

 民衆の視線が集中する中、旦那様が立ち上がり、低く響く声で宣言する。
「本日ここに、王命を受けての裁定を執り行う。ガスキン地方警備騎士団における物資横流しの件について、証言と証拠に基づいて裁きを下す」

 まずは高級娼館の女性たちが、軽蔑を込めた視線でブリオンたちを見つめながら口を開く。
「最初のうちは、羽振りがいいから上客かと思ってたんですよ。でもね、頻繁にやって来ては、宝石をばら撒いて、人を見下すようなことばかり言ってきて……もう我慢の限界でした」
「どうやってそんなに通ってこれるのか、不思議だったんですよ。子爵家のご子息だって、そんなに自由にお金が使えるもんじゃないでしょう?」
 
 酒場の店主も証言に加わった。
「三日と空けずに来てましたよ。高い酒ばかり次々と……。あの若造たちは、とにかく派手で目立ってましたからねぇ」
 そして、一緒にいたガスキン地方警備騎士団の面々についても、覚えている限りの人相や特徴、名前まで挙げてくれた。

 一方で、闇市の商人たちは口を閉ざしたままだったが――差し押さえた証拠の数々が、何より雄弁だった。
 これだけの状況証拠が揃えば、ブリオンとホセがどれだけ白を切ろうと、もはや言い逃れはできない。

 私は、一歩前に出て宣言した。
「ブリオン、ホセ、そしてガスキン子爵には、連帯しての資金返還、並びに騎士団に与えた損害の責任を求め、爵位を剥奪する。以後、三名は平民として処される」
 その瞬間、広場にどよめきが走る。
 
 旦那様が淡々とした口調で、続けた。
「また、関与した騎士および兵士は、すべて即刻追放処分とする。――以上が、王命に基づく王都騎士団長および特命騎士の裁定である」

 広場に集まった民衆から拍手が沸き起こる。その中心で、私と旦那様は目を合わせ、小さく頷き合った。

 しかし、そのとき。
「――ちょっと、待ったぁーー!」
 甲高い声が響いた。声の主は、平民落ちを言い渡されたはずのガスキン子爵だった。

「取引をしようじゃないか! 物資の横流しは……あれは息子たちが勝手にやったことだ。わしは知らん! 爵位まで奪うなんて、あんまりだろう! ……見逃してくれるなら、とびきりを聞かせてやろう」

 子爵は薄笑いを浮かべ、ゆっくりとチャスに顔を向けた。
「なぁ? ――チャス!」


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