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 私はカイリン・ブランストーン。ブランストーン男爵家の次女ではあるけれど、ここではメイドのように扱われている。この家ではお母様そっくりの姉メーガンだけが溺愛されていた。

 お母様とメーガンお姉様は私を使用人のように扱うけれど、メイドの数が足りていないのでそれも仕方のないことなのかもしれない。かつてのブランストーン男爵家にいたメイドは7人だったけれど、今は2人しかいないのだもの。

 ブランストーン男爵家は常にお金に困っていた。これはお母様が気ままに購入する宝石や、メーガンお姉様が頻繁に仕立てるドレス、お父様の高給ワイン好きが原因だった。
 今はもう辞めてしまった執事の代わりに、私がブランストーン男爵家の財産を管理していたけれど、帳簿は赤字だらけなのに物欲が止まらない両親と姉にいつも悩まされていた。

「お母様。その宝石を返しに行ってくださいませ。お姉様もドレスは先月作ったばかりなのに、また欲しがるのはやめてください。お父様も最高級のワインではなく、もっとお安い物で辛抱していただけませんか?」

「うるさいわね! この宝石は私の為に存在しているのよ。8月生まれの私にとって橄欖石(かんらんせき)は身につけると運気が上昇する貴重な物なのよ。いくつあっても足りないわ」

 この世界では、橄欖石はあまり人気のない宝石だ。色はオリーブ色で地味な貴石と思うのに、お母様は宝石商に騙されてはその価値以上のお金を請求されていた。
 8月の誕生石ではあるけれど、その貴石を大金を払って購入するのは多分お母様ぐらいだ。
 大抵はダイヤモンドやルビーにエメラルド、サファイアや真珠あたりが宝石として人気なのだけれど、誕生石をつけると幸運が舞い込むという迷信を頑なに信じているお母様は聞く耳を持たない。

「そうよ。ドレスぐらい作ったっていいでしょう? 先月とはまた流行が微妙に違ってきたのだもの。新しいドレスはとてもワクワクするし、着飾ることは私の生き甲斐なのよ」

 新しいドレスが大好きなメーガンお姉様は、クローゼットがパンパンになっていても無限に欲しがった。

「そうとも。高給なワインを飲むことはワシの生き甲斐なんだ!」

 お父様も同じように生き甲斐だと主張する。生き甲斐があるのはとても良いことだけれど、身分相応の生活をするということをどうか考えてほしいの。

「ブランストーン男爵家は大富豪ではありません。このような生活ばかりしてお父様達がツケで買い続けるので、ブランストーン男爵家はもう破産寸前ですわ」

「いや、お前がバーン・セアー様と結婚すれば万事解決するとも」
 お父様はニンマリと笑った。

 思いがけない言葉に私は固まった。

(あのバーン・セアー様と結婚させられるの?)

「そうよ。ブランストーン男爵家に縁談がきたの。あの美しいけれど冷血漢なバーン・セアー様の妻になって欲しいというものよ。条件はうちの借金を全て肩代わりしていただけるという有り難いものになっているわ。だから、カイリンはあちらに気に入られるようにせいぜい頑張りなさい。愛のない結婚でも、貴族とはそんなものなのだから我慢できるわね?」
 お母様がそう言って上機嫌で微笑んだ。

 バーン・セアー様はセアー伯爵家の長男で、跡継ぎとして数々の事業を成功させているが、とても冷たい性格で女嫌いで有名な男性だった。

 なぜそれほど有名かと言えば、王立貴族学園で1番容姿が良くてもてたのに、言い寄ってくる女性をことごとく冷たくあしらったからだ。

 しかも口が悪く必ずその女性の欠点をはっきり告げて交際を断ったという。傲慢で冷たい男性、それがバーン・セアー様だった。

 

 


 ここはセアー伯爵家の応接室。豪華な部屋には煌めくシャンデリアや洒落た置物が飾られ、多分敷かれている絨毯はブランストーン男爵家の物より数十倍高価な物だ。

 今日は初めての顔あわせで、私は緊張してバーン様と向かい合ってソファに座っている。お互いの両親もそこにはいて、なぜかメーガンお姉様まで付いてきていた。

「申し訳ないが、わたしはこのセアー伯爵家を繁栄させる為の教育しか受けてきていない。だから女性を愛するという感覚が全くわからない。多分、君を愛することはできない」

 黄金の髪と瞳の眩しい美丈夫にはっきりと言われたけれど、私の両親はニコニコと笑顔を絶やさない。

「大丈夫ですわ。カイリンは愛されないことには慣れております」
 とお母様。

「そうよ。幼い頃から私だけが溺愛されて、この子はおまけのようなものでしたから」
 メーガンお姉様はクスクスと笑った。

「バーン様。カイリンをどのように扱ってもこちらとしてはなんの文句もありません。ただ、あの・・・・・・援助金のほうさえいただければわたし達は満足ですので」
 お父様は上目遣いにバーン様を見上げてそうおっしゃった。

(そうか・・・・・・私は売られたのね)

 家族に少しも愛されていないという惨めな立場を知られてとても恥ずかしかった。ただうつむいて唇を噛みしめた。この居心地の悪い時間が過ぎるのをひたすら待つ。
 家族に愛されていないことはもちろんわかっていたけれど、こうして物のように売られたことに心はやはり傷ついてしまうのだった。

 勇気を出してバーン様やセアー伯爵夫妻の様子を確かめると、3人ともとても機嫌が悪そうでいたたまれない。

(これほど両親からどうでもいいと思われている私に、なにか問題があるのかと気になっていらっしゃるのかもしれないわ。家族から毛嫌いされている私を嫁に迎えるなんてお嫌なのかも・・・・・・)

 私は沈んだ心で泣きそうになりながら、またうつむいてしまったのだった。
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