(完結)「泥棒猫の寄生虫!」と罵倒されましたが、それはあなたの思い違いです。

青空一夏

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 私はシャルレーヌ・ビアトリクス。私の両親は隣国マッカルモント帝国の貴族だったらしいが、家名などは聞かされていない。両親とも幼い頃に亡くなったとかで、産まれてすぐに遠縁であるリーナビア王国のエルズバーグ侯爵家に引き取られたという。

 エズルバーグ侯爵夫妻は私を実の娘のように可愛がってくださっていると思うし、その長男ダミアン様も優しかった。




 この国の朝食は通常ベッドの中で軽くフレッシュジュースを飲み、お昼はビスケットを2,3枚だけ。そのぶん、三時のお茶の時間は生クリームたっぷりのお菓子やサンドイッチなどの軽食が並ぶし、夕食は長い時間をかけてコース料理を家族で楽しむ。

 エズルバーグ侯爵家の離れに住む私は、お茶と夕食の時間は必ず本邸にエズルバーグ侯爵夫人やダミアンお兄様に呼ばれる。だから、お茶と夕食を共にすることは当たり前に思っていた。

 離れにはたくさんの侍女とメイドがおり多くの家庭教師が毎日講義に訪れた。何不自由な暮らせていたがひとつだけ疑問があった。

 私はエズルバーグ侯爵夫人に問いかけたことがある。
「私もダミアンお兄様と同じように王立貴族学園に通いたいです。なぜ、私だけ家庭教師なのですか? これだけの家庭教師を専属で雇う方がお金もかかると思いますけれど、実の娘でもないのにお金をかけていただきすぎで申し訳ありません」

「シャルレーヌの両親は裕福でしたから、お金の心配は少しも要りませんよ。ただ、王立貴族学園には行かせてあげられないわ。ごめんなさいね」

 両親が裕福だったというエズルバーグ侯爵夫人の意外な答えにびっくりした。てっきり、私にかかる費用は全てこのエズルバーグ侯爵家で出していただいていると思っていたからだ。

 ダミアンお兄様がいつも私に、「シャルレーヌはこのエズルバーグ侯爵家に引き取られて果報者だよ。だって、これだけの使用人と家庭教師を雇ってもらえるなんてそうはないことだからね。離れに侍女長や専属執事までいるのはやりすぎだと思うけどね」と、おっしゃっていたからだ。

 さらに自分が自由に使える金額もエズルバーグ侯爵夫人に教えてもらい、私の両親がたっぷりとお金を私に遺してくれたことを感謝した。






 お金に関しては恵まれていたが、学園に通えないことが辛い。これでは同じ年頃の友人が一人もできない。 

「なぜダミアンお兄様と同じ学園に通えないのかしら・・・・・・お友達がほしいわ」
 私はダミアンお兄様に愚痴る。

「多分、シャルレーヌの両親は由緒ある貴族ではないのかもしれないね。どちらかがきっと平民だったのだよ。可哀想なシャルレーヌ。でも、ちゃんとした貴族令嬢じゃなくても価値がないわけではないからがっかりしないで。わたしがそのぶん一緒に過ごしてあげるよ」
 ダミアンお兄様はそうおっしゃった。

(私は同性の友人が欲しいのに。おしゃべりしたり、お茶会に呼び合ったりしたい)

 そんな思いは日に日に強くなっていった。







 語学や歴史などの学問、マナーやダンスなどは家庭教師からでも学べるけれど、屋敷にばかりいては友人は作れない。

 友人がいなくて寂しいぶん、私に物心ついてからずっと仕えてくれている侍女長や執事を大事な友人や家族同然に思っていた。縫い物が上手な侍女長イリスは面倒見の良い女性で、私にとても忠実に仕えてくれた。彼女の妹はアンジュ服飾専門学園に通いデザイナーを目指しているという。

(なんて素敵なの! 服を作るなんて面白そうだわ。私も通いたいけれどきっとダメと言われるわね)

 エズルバーグ侯爵夫妻は私が公の場に姿を現すことを好ましく思っていなかったから、私が外の学園に通うことも反対するはずだ。

「イリス、私学園に通いたいの。その服飾専門学園に私もどうにかして通えないかしら? 王立貴族学園の入学資格が私にはないようだし、社交界デビューもできないほど多分身分が低いのだと思う。だったら、手に職をつけて働いて自分でお金を稼げるようになりたいわ。だって、ここにいつまでいるわけにはいきませんもの。それに、私、同じ年頃の友人も欲しいの」


「お嬢様がそのような金銭的なことを心配なさる必要はない、とは思いますがお志は立派ですわ。それに確かに友人は必要ですね。お嬢様に必要な学問は全て習得なさっているので家庭教師の数を減らし、外に抜け出す時間を作りましょう。それには少しお芝居が必要ですわ」

「お芝居? どんな?」

「病弱な振りをなさって、お茶の時間までは一切外にでない習慣をつくるのです。そうすればお茶の時間まで屋敷にいなくても気づかれませんよ。使用人達も協力します」

「あら、楽しそう」





 私は屋敷をこっそり裏門から抜け出し、外の世界で別の私を満喫した。イリスの両親は裕福な商人で、訳をはなして学園入学の保証人になってもらった。専属執事にも詳細を話し、私の自由になるお金から学費を納めてもらう。王立貴族学園とは違い厳格な書類チェックもないので、思いのほか簡単に入学できた。

 学園では友人もでき、私の世界は華やかに色づいた。様々な生地で服を作るのは、とても楽しい! もちろん始めから上手にはできないけれど、デザインを考えたり色の組み合わせを考えるのもわくわくした。

 貴族は一人もいないけれど学費もそれなりなので、比較的裕福な家の商人の娘が多かった。私はそこで気の合う友人を何人か見つけ順調に学園生活を楽しむのだった。 




 


 やがて、ダミアンお兄様に婚約者ができた。お相手はミスティ・カドバリー公爵令嬢。王立貴族学園では常にトップの成績を誇る才女だという。

「素敵な女性が決まって良かったですわね」

「シャルレーヌともきっと仲良くしてくれるはずだよ。ミスティ嬢は聡明でとても優しい女性だからね。ずっと以前から友人を欲しがっていただろう?」

「まぁ、本当に? お会いできるのが楽しみですわ」
 すでに外の世界で友人を得ていた私は、当たり障りのないお返事をするに留めた。

 王立貴族学園に通う資格のない私が、公爵令嬢のような方と仲良くしてもらえるとは思えないけれど、その考えは口にしない。

 




 初めてミスティ様がこのエズルバーグ侯爵家を訪問した日のこと。私はいつものようにお茶の時間までは学園で講義を受けていた。

 裏口から離れに戻るなり、イリスが私に慌てて駆け寄って来る。
「お嬢様、大変です。あのミスティ・カドバリー公爵令嬢がこちらに来ていらっしゃって、さきほどからお待ちです。お嬢様は頭痛で寝込んでいると言っているのに、会うまでは帰らないとおっしゃっています」

「え? なんのご用かしら? なぜ、私にそれほど会いたいの?」

「さぁ、わかりません。ただ、とても怒っていらっしゃいます」

「?」

 私は落ち着いて応接室に向かった。そこには真っ直ぐな黒髪で小麦色の肌の女性がプリプリとした雰囲気をまとい座っている。

(なぜ、この方はこれほどイライラなさっているのかしら? 高位貴族って感情を表に出さないのではないの?)

「大変、お待たせいたしました。それで、どのようなご用件なのでしょうか?」

「なによ、その偉そうな口の利き方は! ここの居候のくせに。あなたが私から婚約者を奪うエズルバーグ侯爵家の泥棒猫の寄生虫ね? 病弱なふりをして王立貴族学園にも通わない怠け者なのでしょう? 居候のくせにこんなにたくさんの使用人にかしづかれて呆れたわ。それに離れの方が、本邸より調度品が高価なのはなぜかしら?」 

 私を品定めするような意地悪な眼差しと失礼な言葉に、私は思わず涙目になってしまったのだった。
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