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#8 7月26日 いつもの仕事/ちょっとした会話/事実は事実だから
しおりを挟む夏休み向けフェアの告知をSNSに再掲した。それからメールチェックに移る。どうでもいいメールを流したり、すぐに返せる返信を送ってしまったり、きちんと返さねばならない物にはとりあえずフラグを付けておいたり。
そんな中に、太田さんからのメールが見つかった。内容は次にSNSに投稿する本の紹介文の原案である。
この店のSNSの管理者は私だが、他の従業員が書いた文面を載せることもある。そういう時は基本的に私が一度チェックしてから上げることになっていた。今確認しているのはその類いのものだ。そういえば、今日彼女が出勤した時に「送ったから確認しておいてほしい」と言っていたことを思い出す。
店のSNSアカウントで、私の次に投稿数が多いのは太田さんだ。文面をざっと確認して、いつも通りほぼ問題はない。しかし一部の語句だけちょっと変えたほうが良さそうに見えた。ちょうど彼女は表で仕事中なので、夕方になって忙しくなる前に確認しておこう。
プリントしたメールに軽くメモを書き込み、レジ周りを整理していた太田さんのもとへ持っていく。店内にはちらほらお客さんの姿があるが、まだレジに向かってきそうではない。
「太田さんさ、送ってくれてた紹介文のここなんだけど」
メモを差し出しつつ、修正が問題ないかどうか確認する。
「ああ、大丈夫です。ありがとうございます」
修正内容を確認して、太田さんはうなずく。
「あの……鈴川さん」
メールチェックに戻ろうかと思ったところを太田さんに呼び止められる。
「私のそれ……そういうの、どう思います?」
どこか疲れたような様子でそう聞かれた。
それだけ聞けば、要領を得ない質問にも聞こえそうだけれど。このところ聞いていた彼女の就活状況を鑑みると、なんとなく理由は想像できた。
「そうだね……」
手元の紙に印刷された、太田さんの文章を眺めながら。
「簡潔でわかりやすいんだけど、だんだん感情的になっていくのがよく分かるから、読んでて楽しい、かな」
太田さんの文章をこれまでに何度確認したのかも覚えていないくらいだ。その印象は染み付いている。
「その勢いが記憶に残るから、一緒に本のタイトルも覚えちゃうような感じ」
実際、そういう探し方をして店に来るお客さんもいる。太田さんの紹介していた本が、何かのついでといった様子で買われるパターンも少なくない。
「……いやぁ、聞いといてなんですけど、嬉しいですね」
疲れた様子はそのままだが、太田さんはとりあえず微笑んだ。
「なんか最近、自分が何の役に立てるのか分からなくなってきてて」
そんな言葉を聞いて思い出すのは、就活当時の友人の姿だった。ハズレの多さに理屈を飛び越えた疲弊を抱えていた。そういう人たちを見ていたから、早々に切り上げてしまおうと思った結果、今の私がある。そんな私が下手に慰めたって失礼だろうし。
「ちゃんと役に立ってるよ。数字見る?」
だからそのくらいしか言えることはなかった。実際、SNSへの投稿にしろ店内ポップにしろ、彼女のアウトプットへの反響は間違いなくある。売り上げの面からも確かなことだ。
ざっくりと放った私の言葉に、太田さんはあははと笑った。
「確かにそうですね。そういえば私も知ってました」
そんなところで、絵本を持った親子連れがレジに向かってきそうで、話はここまでとなった。
「ありがとうございます」
こっそりとお礼を言われたから、私は持ったままのメモを掲げた。
「これ、時間外で書いてくれたでしょ。そのお礼ね」
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