8 / 65
7.くずかごの笑顔
しおりを挟む「須藤さんちの理玖くん、もとは捨て子なんですって」
「まぁ、あんなにいい子なのに!」
「生みの親は、惜しいことをしたわよねェ」
〝いい子〟を演じてきた。
そうしないと、くずかごに捨てられるから。
愛情を失くした親は、紙くずも子供も同じだ。
「ねー聞いてよ! ゆりってばセコいんだよ!」
「須藤ー、田中のヤツ、マジ殴りたいんだけど」
「まぁまぁ、落ち着きなって」
明るくて誰にでも優しい〝俺〟のまわりには、たくさんの人間が群がってきた。
「話きいてくれて、ありがとぉー!」
「スッキリしたわ」
「うんうん、みんな仲良くな!」
たくさんの人間を笑顔で送り出した俺が悟ったこと、それは。
人間ってのはみんな、汚い。
腹の底に隠してるソレを吐き出して、自分だけ綺麗になってく。
ふざけんな……俺は、おまえらの掃き溜めじゃねぇよ。
「こんな時間に、なにしてるんですか!」
ウンザリしてたとき、きみは、俺に声をかけてきたんだ。
「そのブレザー、うちの学校ですよね? えっと、えーっとぉ……!」
「須藤です」
「そう、須藤くん!」
「一応、あなたが副担してる1年4組です。日野センセ?」
「えっ!? それは失敬を……じゃなくてっ!」
赴任してきたばかりで、俺の顔も覚えてなくて。
ドジなのに生真面目。やなヤツに補導されたなぁと、内心ため息をついた。
でもまぁ、時刻は午前0時すぎ。
言い逃れはできそうにないから、すみません、と素直に謝った。
「早く帰りなさい。ご両親が心配しますよ」
ほら来ました、偽善教師の常套文句。
俺はムッとして、だけど笑みは崩さないまま、こう返した。
「日野先生は、〝正義の味方〟ですか?」
キツネにつままれたようなマヌケ面が返ってきた。
そりゃあな。会話しようとしてねーもん。……だけど。
「……日曜の朝にテレビでやってる、アレとかですかね?」
目の前の教師は、生真面目すぎた。
俺のひねくれに、律儀にも返答してきたんだ。
(こいつ、アホなのかな?)
正直、毒気を抜かれた。
でも、それを口に出すのは、なんか負けな気がした。
「そ、戦隊モノとか? あーゆーの、先生はカッコイイと思います?」
「すみません……ニュースしか観ないので、よくわかりません」
マジかよ。このご時世に? とんだ変化球だわ。
「須藤くんは、正義の味方、カッコイイと思いますか?」
「よいこのみんなには悪いけど、俺は、好きじゃないです」
「理由をきいても、いいですか?」
「街に現れた悪者を、巨大ロボでなぎ倒したりして、たしかにすごいですよね。でもさ、いつも見ちゃうんです。悪者といっしょになぎ倒された、ビルとか、民家のこと」
相手は押し黙った。俺は、話をやめない。
「そこにも当然、ヒーローが守るべき人たちがいたわけで。死人は出ないにしても、居場所を失った人たちは、かなしかったと思います。〝正義の味方〟って肩書きにスポットライトが当たりがちだけど、やってることは、破壊行為ですよ」
だから俺は、偽善が嫌いだ。
……嫌われないために偽善者ぶってる、俺自身も。
「正義の味方のことは、なんとも言えませんが……」
沈黙は破られる。
神経を研ぎ澄まして、耳をすました。
あんたはなにを言う? 日野センセ。
「須藤くんは、優しいですね」
「……そんなことないですよ」
「そうでしょうか? みんなから1歩引いて、物事をきちんと見極めようとするのって、案外難しいことです」
お世辞はやめてくださいって、いつもなら笑い飛ばすのに。
「だからちょっと、疲れちゃったんでしょうか?」
見透かされた。
とたんに、目を離せなくなった。
深夜の街で、行き交う人々がフェードアウトした。
「最近、元気がない理由をきけて、よかったです」
……あぁ、やられた。
俺のこと覚えてないなんて、ウソだったんだ。
人間はみんな、汚い。
なのにねぇ……なんでそんなに、綺麗なウソをつけるの?
「……ははっ」
たまらず、夜空を振り仰いだ。
満天の星だった。
涙がこぼれてなければ、満点だ。
「ごいっしょしても、いいですか?」
そっと羽織らされたスーツのジャケットは、俺にはちっさかった。
でも、学生ってことをうやむやにするくらいには、仕事してた。
「うん……」
突っぱねるとか、できるわけない。
「……そばにいて、先生」
この人なら、俺のことを、ちゃんと見てくれる。
そうとわかったら、涙と笑みがこぼれて、仕方がなかった。
「先生は……さ、こんな夜遅くまで、なにしてたの?」
肩がぶつかるかどうかの距離に腰を下ろされて、ヤキモキしてきた俺。
照れ隠しに話を振ったら、となりで、首をかしげられた。
「うーん……ドジなので、忘れちゃいました!」
そんなこと言われたら、こう返すしかないじゃん。
「近くまで、送ってくねっ!」
飛び抜けて美人でも、頭がいいわけでもなく。
それでも俺は、なるべくして、きみに恋をした。
本当の意味で笑わせてくれた、きみの心に。
――好きです。二葉先生。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる