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7.くずかごの笑顔

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須藤すどうさんちの理玖りくくん、もとは捨て子なんですって」
「まぁ、あんなにいい子なのに!」
「生みの親は、惜しいことをしたわよねェ」

〝いい子〟を演じてきた。
 そうしないと、くずかごに捨てられるから。
 愛情を失くした親は、紙くずも子供も同じだ。

「ねー聞いてよ! ゆりってばセコいんだよ!」
「須藤ー、田中のヤツ、マジ殴りたいんだけど」
「まぁまぁ、落ち着きなって」

 明るくて誰にでも優しい〝俺〟のまわりには、たくさんの人間が群がってきた。

「話きいてくれて、ありがとぉー!」
「スッキリしたわ」
「うんうん、みんな仲良くな!」

 たくさんの人間を笑顔で送り出した俺が悟ったこと、それは。

 人間ってのはみんな、汚い。

 腹の底に隠してるソレを吐き出して、自分だけ綺麗になってく。
 ふざけんな……俺は、おまえらの掃き溜めじゃねぇよ。

「こんな時間に、なにしてるんですか!」

 ウンザリしてたとき、きみは、俺に声をかけてきたんだ。

「そのブレザー、うちの学校ですよね? えっと、えーっとぉ……!」
「須藤です」
「そう、須藤くん!」
「一応、あなたが副担してる1年4組です。日野ひのセンセ?」
「えっ!? それは失敬を……じゃなくてっ!」

 赴任してきたばかりで、俺の顔も覚えてなくて。
 ドジなのに生真面目。やなヤツに補導されたなぁと、内心ため息をついた。
 でもまぁ、時刻は午前0時すぎ。
 言い逃れはできそうにないから、すみません、と素直に謝った。

「早く帰りなさい。ご両親が心配しますよ」

 ほら来ました、偽善教師の常套文句。
 俺はムッとして、だけど笑みは崩さないまま、こう返した。

「日野先生は、〝正義の味方〟ですか?」

 キツネにつままれたようなマヌケ面が返ってきた。
 そりゃあな。会話しようとしてねーもん。……だけど。

「……日曜の朝にテレビでやってる、アレとかですかね?」

 目の前の教師は、生真面目すぎた。
 俺のひねくれに、律儀にも返答してきたんだ。

(こいつ、アホなのかな?)

 正直、毒気を抜かれた。
 でも、それを口に出すのは、なんか負けな気がした。

「そ、戦隊モノとか? あーゆーの、先生はカッコイイと思います?」
「すみません……ニュースしか観ないので、よくわかりません」

 マジかよ。このご時世に? とんだ変化球だわ。

「須藤くんは、正義の味方、カッコイイと思いますか?」
「よいこのみんなには悪いけど、俺は、好きじゃないです」
「理由をきいても、いいですか?」
「街に現れた悪者を、巨大ロボでなぎ倒したりして、たしかにすごいですよね。でもさ、いつも見ちゃうんです。悪者といっしょになぎ倒された、ビルとか、民家のこと」

 相手は押し黙った。俺は、話をやめない。

「そこにも当然、ヒーローが守るべき人たちがいたわけで。死人は出ないにしても、居場所を失った人たちは、かなしかったと思います。〝正義の味方〟って肩書きにスポットライトが当たりがちだけど、やってることは、破壊行為ですよ」

 だから俺は、偽善が嫌いだ。
 ……嫌われないために偽善者ぶってる、俺自身も。

「正義の味方のことは、なんとも言えませんが……」

 沈黙は破られる。
 神経を研ぎ澄まして、耳をすました。
 あんたはなにを言う? 日野センセ。

「須藤くんは、優しいですね」
「……そんなことないですよ」
「そうでしょうか? みんなから1歩引いて、物事をきちんと見極めようとするのって、案外難しいことです」

 お世辞はやめてくださいって、いつもなら笑い飛ばすのに。

「だからちょっと、疲れちゃったんでしょうか?」

 見透かされた。
 とたんに、目を離せなくなった。
 深夜の街で、行き交う人々がフェードアウトした。

「最近、元気がない理由をきけて、よかったです」

 ……あぁ、やられた。
 俺のこと覚えてないなんて、ウソだったんだ。
 人間はみんな、汚い。
 なのにねぇ……なんでそんなに、綺麗なウソをつけるの?

「……ははっ」

 たまらず、夜空を振り仰いだ。
 満天の星だった。
 涙がこぼれてなければ、満点だ。

「ごいっしょしても、いいですか?」

 そっと羽織らされたスーツのジャケットは、俺にはちっさかった。
 でも、学生ってことをうやむやにするくらいには、仕事してた。

「うん……」

 突っぱねるとか、できるわけない。

「……そばにいて、先生」

 この人なら、俺のことを、ちゃんと見てくれる。
 そうとわかったら、涙と笑みがこぼれて、仕方がなかった。

「先生は……さ、こんな夜遅くまで、なにしてたの?」

 肩がぶつかるかどうかの距離に腰を下ろされて、ヤキモキしてきた俺。
 照れ隠しに話を振ったら、となりで、首をかしげられた。

「うーん……ドジなので、忘れちゃいました!」

 そんなこと言われたら、こう返すしかないじゃん。

「近くまで、送ってくねっ!」

 飛び抜けて美人でも、頭がいいわけでもなく。
 それでも俺は、なるべくして、きみに恋をした。
 本当の意味で笑わせてくれた、きみの心に。

 ――好きです。二葉ふたば先生。
 
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