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203.選択肢6

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深淵の回廊、クリスタルの森。誠一は、
悠久の時を刻んでもここは変らないような気がした。

「リシェーヌ、会いに来たよ」

変わらぬ姿のリシェーヌに今の王国の状況と
自分の置かれた状況を説明した。

「しばらく魔術院から離れるけど、
必ず戻ってくるから。
うん、どんなに非難されようとも
どれほど卑怯な事をしようとも
どんだけ泥水を啜ろうとも
必ず生きて戻って来るよ。
君に再び会うために」

 この世界でリシェーヌがここにいるのを
知っているのはほんのわずかであった。
そして、本気で彼女を解放しようとしているのは
自分だけであると誠一は思っていた。
誠一が諦めるか死んでしまえば、
彼女はゆっくりとゆっくりと深淵の回廊に
魂を搾り取られるだろう。
 この命は自分だけのものでなく、
二人分の命だと心に刻み、誠一はクリスタルの森を
離れようとした。

 ふわりと空気が揺れ、誠一の頬を空気が撫でた。
この柔らかい空気の揺れは、剣豪でない。
「学院長ですね。どうしましたか?」

「ふむ、その歳にして、ほんの少しの大気の揺らぎの
違いが分かるかのう。素晴らしき才じゃ」
ファウスティノが誠一の前に立っていた。

「いえ、ここに来るのはオニヤ先生か
学院長だけですから。
1/2の確率が当たっただけです」
ファウスティノを警戒する誠一であった。
この魔術師も己の目的のためには
手段を厭わないところがあり、
信頼しきることができなかった。
今回の北方戦役も優秀なランクの者たちが
亡くなれば、空いているクリスタルを
埋められるとでも思っている
と穿った見方すら、誠一はしていた。

ファウスティノの瞳はその誠一の思いすら、
見透かしているようだった。
「ふーむ、そこまでろくでなしの学院長に
思われているのかのう。
失った信頼を取り戻すのは、
逃げられた女房を連れ戻すより
難しいとはよく言ったものだ」
からからと笑うファウスティノであった。

誠一には、よくその難しさが理解できなかったが、
何となく頷いていた。
頷いた後で、学院長も確か独身のはず、
そんな怪しい格言ぽいことを実感したように
言うのはおかしくないかと素朴な疑問が
心に湧いていた。

 こほん、わざとらしい咳をすると、
ファウスティノは、話を続けた。
「退学しようともここには、
来られるようにしておこうかのう。
出征するもしないも誠一君、君次第だよ。
どうにも君らは我々に比べて繊細というか、
心が弱いのかな。
こういった戦で心が壊れやすいような
気がするのだよ」

誠一は黙って聞いていた。当たり前だろう。
目の前で命が消費されていく様を目の当たりにして、
おかしくならない方がどうかしている。
住んでいる世界が違い過ぎると思う誠一だった。
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