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計画通り。とはいかない
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よりにもよってジーク様が、私を訪ねてきた……だと?
(待ってくれ。なんで、こんなことになってしまった!?)
ジーク様に会わない理由を考える間もなく、私はアメリに急かされて風呂へ。その後は彼女が服装であれでもないこれでもないと‥‥細かくこだわるせいで余計慌ただしい支度をする羽目になった。
張り切るアメリの隣で、私はますます気が重くなった。
「お腹が、痛い……」
「そうですよね!?ジーク様ですものね!? 気持ちが昂って緊張しているのでしょう。セウス様が気持ちを和らげるお茶を用意してくれますよ」
「や、そうじゃなくって……」
「坊ちゃま。庭園にてお茶の用意が整いました。ジーク様もお待ちでございます」
まさか結託していないよな……?
それくらいニコニコと微笑む二人に、私は内心恨めしい目を向けてしまった。
◇
「……ひ、ひさしぶりですね、ジーク様」
「レイ。いきなり来て、すまなかった」
“お久しぶりです”、なんて言葉遣いはしないレイだ。
ほんとにすまないと思ってほしいが、信じられないことに目の前には本物のジーク様が座っている。
最後の記憶よりずっと顔立ちは幼いが、美しい漆黒の髪と宝石のような青の混じる紫苑色の瞳。
顔の造形も凛々しく、かつこの頃には既に剣才も発揮されている。まさに将来有望の婚約者の……。
(いや、そうではない!ジーク様がここを訪ねてきたことなどほとんどなかった。それもこんな突然にだ)
まさか私が茶会を断ったから様子を見に……? いや、むしろ下っ端貴族が生意気だと文句を言いに来たのかもしれない。(そんな方ではないと知っているが)
大人しく席につき、手に持ったティーカップが震えそうになるのを必死で堪える。
「レイ。見ないうちに随分と…雰囲気が変わったね?」
「はい。色々あって……」
「色々……」
思い出せ。この頃の私は――とくに世間知らずの我儘だった。
さらに見栄っ張りだ。ここは祖父がゆっくり寛げる場所が欲しいと趣味で建てたものなのに私は、屋敷の敷地内に建てた別邸で一人優雅に暮らしている――と、自ら言い張っていた。
だからジーク様が本邸ではなく、こちらに顔を出したのは不思議ではない。
「こほん。それより、どうです? ぼくの執事が淹れたハーブティーは最高かと思いますが」
「ああ。すごくいい香りだ、いただきます」
レイは細く微笑むが――計画通りだ。
何の用かは知らないが、ジーク様には早急にお引き取りいただこう。
作戦その一。セウスにはジーク様は苦い味を好まれるので、「とにかく渋く!」と強く命令してある。
もちろん私は専属執事の失態を詫びるついでに、婚約破棄を申し出るつもりで……。
「!これ、はっ… これが君の好きな紅茶なの?」
「葉のことは知りませんが、ぼくは信頼している執事のお茶しか飲みません。どうかしましたか?」
「すごく、 すごく美味しいな!?こんなに紅茶が美味しいと思ったのは初めてだ」
「そ、それはよかったです……」
(は?? ジーク様、まさか味音痴だったのか……?)
信じられないと、私はティーカップに口をつけながらハッと気付いた。
すっかり忘れていたが、かつてのセウスは本宅の執事長を任されていた。
――――日頃から客人をもてなし、使用人達には的確な指示とサポートをこなす有能者。
お父様からの信頼も人一倍厚い。
そんなセウスが、幼いとはいえ現主人であるレイに恥をかかせるわけがなかった。
(くっ……いや。まだ次がある!)
そして、
「お茶菓子をお持ちしました」とタイミングよく丁寧な声がけで登場したのがメイドのアメリだった。
「こ、これは―――!?」
彼女がテーブルに置いたのは、不格好でところどころ黒い焦げ目のついた焼き菓子。
(ふっふっふ。さすがのジーク様も硬直してるね)
そう。どう見ても失敗作で、とてもじゃないが客人に出すようなものではない。
「クッキーでございます。レイ様お手製の」
「手製……手作り!?」
「うぅ~、やっぱり恥ずかしいよぉ、アメリ。こんな岩を砕いて平たくして焼いたような不格好なクッキーをジーク様に出すなんて! しかも生地は冷凍していたものを焼いたんだ、味の保証もできないよ~でも食べて欲しいよぉ~」
目を見開いているジーク様と、渾身の演技をする私。
精神的にかなりキツいが、ここは我慢するしかない。
これは作戦その二だ。焼き菓子を食べてくれないジーク様に癇癪を起こす私。ウンザリしたジーク様に、そのままお帰りいただく作戦なのだが、
「ご安心ください。ちゃんと毒味はしておりますし、衛生面も味も問題ございません」
「で、でも…ねぇ、ジーク様?」
「……」
「ジーク様……?」
まだ目を真ん丸に見開き硬直するジークと、どこか誇らしげなアメリ。
貴族のお坊ちゃまがド素人に手作りの菓子を振る舞われるなんて……普通なら経験しないことだろう。
「じ、ジーク様も食べたくありませんよね!?」
このクッキーの味に問題はないことくらい分かっている。
私がバーティス監修のもと作ってる、私のおやつだ。
(しかしここは、「こんなものを出すな!」と憤慨して帰ってください!)
不敬だ無礼だ、どんな文句でも喜んで受け入れる!
とにかく帰ってくれさえすれば構わないと思っていたが、予想外の反応に私は戸惑う。
いっそ自ら下げようと手を伸ばした瞬間――
「あ」
先に手を伸ばしたジークは、一枚のクッキーを手に取り、さくっと口に含んだ。
「こ、れは……!」
「ふふ」
やめてくれ、アメリ。
勝ちましたよ? とニンマリ満足気な目で私を見るのは。
違う、そうじゃないんだ。
――――もう詰んでしまった。私は、
「あの、ジーク様……ぼくになんの用事でしたか?」
もう面倒くさくなって直球な質問へと切り替えた。
サクッと用事を済ませてもらおう。
「あっ…それは、君が木から落ちたと聞いて」
「お見舞いでしたか。わざわざありがとうございます、うれしいです」
やはり茶会を断った理由を、まだ怪我が癒えないことにすべきだったか……。
いや、この年で律儀な性格だ。ジーク様はどの道来たのだろう。
(ほんとに厄介な婚約だ)
私とジーク様の婚約は祖母同士の願いだった。
婚約破棄ができる条件は、
一、どちらかが死亡した場合
二、どちらかが不貞を働いた場合
三、経済的に困難に陥った場合
……可哀想なくらい、ジーク様が逃げる手段が少なすぎる。
ジーク様があの学園で屈託のない性格の“ユウキ”に心を奪われた理由も、彼を選んだ理由も、なんとなく察しがついていた。
「大怪我でなく、君が無事でよかった」
「……ありがとうございます」
涼しい顔でお茶を飲むジーク様。
用意していた菓子もなくなっているが、私はひたすらいたたまれなかった。
言葉が、見つからない……。
「レイ様。今日は天気がよいです。ジーク様とご一緒に散歩をされてはどうでしょう?」
セウスの提案は時間つぶしにも気分転換にも、ちょうど良かった。
(待ってくれ。なんで、こんなことになってしまった!?)
ジーク様に会わない理由を考える間もなく、私はアメリに急かされて風呂へ。その後は彼女が服装であれでもないこれでもないと‥‥細かくこだわるせいで余計慌ただしい支度をする羽目になった。
張り切るアメリの隣で、私はますます気が重くなった。
「お腹が、痛い……」
「そうですよね!?ジーク様ですものね!? 気持ちが昂って緊張しているのでしょう。セウス様が気持ちを和らげるお茶を用意してくれますよ」
「や、そうじゃなくって……」
「坊ちゃま。庭園にてお茶の用意が整いました。ジーク様もお待ちでございます」
まさか結託していないよな……?
それくらいニコニコと微笑む二人に、私は内心恨めしい目を向けてしまった。
◇
「……ひ、ひさしぶりですね、ジーク様」
「レイ。いきなり来て、すまなかった」
“お久しぶりです”、なんて言葉遣いはしないレイだ。
ほんとにすまないと思ってほしいが、信じられないことに目の前には本物のジーク様が座っている。
最後の記憶よりずっと顔立ちは幼いが、美しい漆黒の髪と宝石のような青の混じる紫苑色の瞳。
顔の造形も凛々しく、かつこの頃には既に剣才も発揮されている。まさに将来有望の婚約者の……。
(いや、そうではない!ジーク様がここを訪ねてきたことなどほとんどなかった。それもこんな突然にだ)
まさか私が茶会を断ったから様子を見に……? いや、むしろ下っ端貴族が生意気だと文句を言いに来たのかもしれない。(そんな方ではないと知っているが)
大人しく席につき、手に持ったティーカップが震えそうになるのを必死で堪える。
「レイ。見ないうちに随分と…雰囲気が変わったね?」
「はい。色々あって……」
「色々……」
思い出せ。この頃の私は――とくに世間知らずの我儘だった。
さらに見栄っ張りだ。ここは祖父がゆっくり寛げる場所が欲しいと趣味で建てたものなのに私は、屋敷の敷地内に建てた別邸で一人優雅に暮らしている――と、自ら言い張っていた。
だからジーク様が本邸ではなく、こちらに顔を出したのは不思議ではない。
「こほん。それより、どうです? ぼくの執事が淹れたハーブティーは最高かと思いますが」
「ああ。すごくいい香りだ、いただきます」
レイは細く微笑むが――計画通りだ。
何の用かは知らないが、ジーク様には早急にお引き取りいただこう。
作戦その一。セウスにはジーク様は苦い味を好まれるので、「とにかく渋く!」と強く命令してある。
もちろん私は専属執事の失態を詫びるついでに、婚約破棄を申し出るつもりで……。
「!これ、はっ… これが君の好きな紅茶なの?」
「葉のことは知りませんが、ぼくは信頼している執事のお茶しか飲みません。どうかしましたか?」
「すごく、 すごく美味しいな!?こんなに紅茶が美味しいと思ったのは初めてだ」
「そ、それはよかったです……」
(は?? ジーク様、まさか味音痴だったのか……?)
信じられないと、私はティーカップに口をつけながらハッと気付いた。
すっかり忘れていたが、かつてのセウスは本宅の執事長を任されていた。
――――日頃から客人をもてなし、使用人達には的確な指示とサポートをこなす有能者。
お父様からの信頼も人一倍厚い。
そんなセウスが、幼いとはいえ現主人であるレイに恥をかかせるわけがなかった。
(くっ……いや。まだ次がある!)
そして、
「お茶菓子をお持ちしました」とタイミングよく丁寧な声がけで登場したのがメイドのアメリだった。
「こ、これは―――!?」
彼女がテーブルに置いたのは、不格好でところどころ黒い焦げ目のついた焼き菓子。
(ふっふっふ。さすがのジーク様も硬直してるね)
そう。どう見ても失敗作で、とてもじゃないが客人に出すようなものではない。
「クッキーでございます。レイ様お手製の」
「手製……手作り!?」
「うぅ~、やっぱり恥ずかしいよぉ、アメリ。こんな岩を砕いて平たくして焼いたような不格好なクッキーをジーク様に出すなんて! しかも生地は冷凍していたものを焼いたんだ、味の保証もできないよ~でも食べて欲しいよぉ~」
目を見開いているジーク様と、渾身の演技をする私。
精神的にかなりキツいが、ここは我慢するしかない。
これは作戦その二だ。焼き菓子を食べてくれないジーク様に癇癪を起こす私。ウンザリしたジーク様に、そのままお帰りいただく作戦なのだが、
「ご安心ください。ちゃんと毒味はしておりますし、衛生面も味も問題ございません」
「で、でも…ねぇ、ジーク様?」
「……」
「ジーク様……?」
まだ目を真ん丸に見開き硬直するジークと、どこか誇らしげなアメリ。
貴族のお坊ちゃまがド素人に手作りの菓子を振る舞われるなんて……普通なら経験しないことだろう。
「じ、ジーク様も食べたくありませんよね!?」
このクッキーの味に問題はないことくらい分かっている。
私がバーティス監修のもと作ってる、私のおやつだ。
(しかしここは、「こんなものを出すな!」と憤慨して帰ってください!)
不敬だ無礼だ、どんな文句でも喜んで受け入れる!
とにかく帰ってくれさえすれば構わないと思っていたが、予想外の反応に私は戸惑う。
いっそ自ら下げようと手を伸ばした瞬間――
「あ」
先に手を伸ばしたジークは、一枚のクッキーを手に取り、さくっと口に含んだ。
「こ、れは……!」
「ふふ」
やめてくれ、アメリ。
勝ちましたよ? とニンマリ満足気な目で私を見るのは。
違う、そうじゃないんだ。
――――もう詰んでしまった。私は、
「あの、ジーク様……ぼくになんの用事でしたか?」
もう面倒くさくなって直球な質問へと切り替えた。
サクッと用事を済ませてもらおう。
「あっ…それは、君が木から落ちたと聞いて」
「お見舞いでしたか。わざわざありがとうございます、うれしいです」
やはり茶会を断った理由を、まだ怪我が癒えないことにすべきだったか……。
いや、この年で律儀な性格だ。ジーク様はどの道来たのだろう。
(ほんとに厄介な婚約だ)
私とジーク様の婚約は祖母同士の願いだった。
婚約破棄ができる条件は、
一、どちらかが死亡した場合
二、どちらかが不貞を働いた場合
三、経済的に困難に陥った場合
……可哀想なくらい、ジーク様が逃げる手段が少なすぎる。
ジーク様があの学園で屈託のない性格の“ユウキ”に心を奪われた理由も、彼を選んだ理由も、なんとなく察しがついていた。
「大怪我でなく、君が無事でよかった」
「……ありがとうございます」
涼しい顔でお茶を飲むジーク様。
用意していた菓子もなくなっているが、私はひたすらいたたまれなかった。
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セウスの提案は時間つぶしにも気分転換にも、ちょうど良かった。
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