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幸せを願うもの
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庭の散策に向かう子供の背中を見送った大人たちは、静かに胸をなでおろした。
「今日のレイ様はちょっと意地っ張りでしたね。でも、久しぶりに楽しそうでよかった」
「えぇ。とても生き生きしていましたねぇ」
「………いつか、私たちにも打ち明けてくださるといいのに」
――――あの日、突然悪夢にうなされて声を上げて泣いた小さな主人。
『ごめんなさい』と何度も、何度も。まだ幼い声で繰り返す謝罪に、どんなに胸が張り裂けそうになったか……。
それからのレイは、まるで人が変わったかのように勉学に没頭し始めた。
急に贅沢や娯楽よりも自立を優先して、セウスたちに褒められると恥じらうように小さく笑う。それが時々、とても無理をしているようにも思えて……。
「気晴らしになったようで良かったですね」
「本当だな」
彼らの様子を見守っていたのは、セウスとアメリだけではない。
静かに姿を現したのは、クラウスとバーティスだった。
「あーあ、せっかく追加のクッキー焼いたってのによ。俺らも茶でも飲むか?」
「バーティス、馬鹿を言わないでください。我々はまだ仕事中ですよ?」
「あ!なら、ちょっと早めのお昼にしませんか! わたしサンドイッチも作ってます」
「そうですね、茶葉もまだ残ってます。のんびりしましょうか」
きっと今のレイには大人たちの過剰な気遣いより、婚約者と一緒に過ごす時間が必要だ。
レイ……レイ坊ちゃま。
貴方が忘れてしまっても、私たちは決して忘れません。
『ぼっちゃま!?』
それは、大人たちでも堪えきれなかった。
自分の見た目が醜いと―――…
自分で髪を丸刈りにしたレイ、濃い絵具をかぶって髪色を変えようとしたレイ……。
『レイが欲しがるものは与えていい』
『……旦那様』
父君である旦那様は、痛々しい我が子の姿に目を背け、やがてここを訪れなくなった。
どんなに贅沢を与えても、レイが本当に欲していたものは……親の愛情だ。しかし、あの時の奥様の様子を知っている私たちには、旦那様を説得することもできなかった。
結局私たちにできたのは、幼い主人のわがままを「可哀想だ」と受け止め、どんなに理不尽でも従うことだけだった。
―――そんな貴方が、笑ったのだ。
『お、お月さまみたいって言われた! ぼくの髪がきれいだねって!』
――花のように笑ったのは、6歳のレイ様。
ジーク様との初めての顔合わせのあと、そう嬉しそうに報告してくださった。
同い年の婚約者に「きれいだ」と褒められて……心から、素直に。
(どうかジーク様……お願いいたします)
私たちはずっと、仕えるべき主の幸せを願っているのです。
◇
「レイ、どうかした?」
「あ……いえ。なにをお話ししようかと」
「…………」
「ジーク様?」
「お前、なんだかずっと大人になったみたいだ」
「え!?」
すっと射抜くような瞳に見つめられ、レイは思わず後ずさりそうになった。
「レイ、何があったんだ?」
「……その、長い間……ゆ、夢を……見たんです。とっても怖い夢を」
「夢?」
「そこでずっと怒られていました。そんなわがままばかりだといつか一人ぼっちになるぞって……。ぼくも最初は、一人なんて平気だと思ったのに……」
「レイ?」
「い、いきなり真っ暗な闇の中でひとりになって……寒くて、こわくて……。もう、怖いのはいやだって思ったんです」
――――とても怖かった
嘘ではない。
『痛い、痛い、誰か助けて…… 』
死にたくないと…… どんなに助けを求めて苦しんでも、その間ずっと私は笑われていた。
あんな思いは、二度としたくない。
「いやな夢なんて、早く忘れちゃいたいのに……」
「ごめん、レイ。嫌なことを思い出させた」
「え……?」
「思い出したくもない夢だったのに、ごめん」
立ち止まり、苦しそうに眉を寄せるジーク様。
あぁ、そうだった――。
この頃のジーク様は、誰よりも尊敬し大好きだったサーラおばあ様を亡くされたばかりだった。
女性でありながら剣を取り、国と国民を守った女傑。
ジーク様は、すでに大切な「人を失う痛み」を知っていた。
優しくて、私の婚約者で……。
だからこそ私は―――――。
「ジーク様、大丈夫です。夢は夢です。ぼくは生きていて、今日も元気です。ジーク様が来てくれたおかげです」
「……!」
大きく目を見開くジークと、小さく頭を下げるレイ。
(……申し訳ございません)
前世の私は、貴方の悲しみに寄り添うこともせず、茶会では派手に振る舞った。
(でも、今なら全部やり直せる)
家族と、貴方を幸せにするために。
貴方はユウキを選んでいいのです。私はセウスたちを含め、誰も不幸にならない「綺麗な終わり方」を必ず迎えてみせる。
(どうかそれまでは――私のような人間が、貴方の婚約者であることを許してください)
「レイ……君は……っ、びっくりした。おばあ様の姿が、一瞬見えたよ」
「それは嬉しいです。よければ教えてください、ぼくはサーラ様のことをあまり知らないので」
「あぁ、もちろん!」
祖母の話をキラキラと語るジークの表情を見て、私は心の底から安心したのだった。
「今日のレイ様はちょっと意地っ張りでしたね。でも、久しぶりに楽しそうでよかった」
「えぇ。とても生き生きしていましたねぇ」
「………いつか、私たちにも打ち明けてくださるといいのに」
――――あの日、突然悪夢にうなされて声を上げて泣いた小さな主人。
『ごめんなさい』と何度も、何度も。まだ幼い声で繰り返す謝罪に、どんなに胸が張り裂けそうになったか……。
それからのレイは、まるで人が変わったかのように勉学に没頭し始めた。
急に贅沢や娯楽よりも自立を優先して、セウスたちに褒められると恥じらうように小さく笑う。それが時々、とても無理をしているようにも思えて……。
「気晴らしになったようで良かったですね」
「本当だな」
彼らの様子を見守っていたのは、セウスとアメリだけではない。
静かに姿を現したのは、クラウスとバーティスだった。
「あーあ、せっかく追加のクッキー焼いたってのによ。俺らも茶でも飲むか?」
「バーティス、馬鹿を言わないでください。我々はまだ仕事中ですよ?」
「あ!なら、ちょっと早めのお昼にしませんか! わたしサンドイッチも作ってます」
「そうですね、茶葉もまだ残ってます。のんびりしましょうか」
きっと今のレイには大人たちの過剰な気遣いより、婚約者と一緒に過ごす時間が必要だ。
レイ……レイ坊ちゃま。
貴方が忘れてしまっても、私たちは決して忘れません。
『ぼっちゃま!?』
それは、大人たちでも堪えきれなかった。
自分の見た目が醜いと―――…
自分で髪を丸刈りにしたレイ、濃い絵具をかぶって髪色を変えようとしたレイ……。
『レイが欲しがるものは与えていい』
『……旦那様』
父君である旦那様は、痛々しい我が子の姿に目を背け、やがてここを訪れなくなった。
どんなに贅沢を与えても、レイが本当に欲していたものは……親の愛情だ。しかし、あの時の奥様の様子を知っている私たちには、旦那様を説得することもできなかった。
結局私たちにできたのは、幼い主人のわがままを「可哀想だ」と受け止め、どんなに理不尽でも従うことだけだった。
―――そんな貴方が、笑ったのだ。
『お、お月さまみたいって言われた! ぼくの髪がきれいだねって!』
――花のように笑ったのは、6歳のレイ様。
ジーク様との初めての顔合わせのあと、そう嬉しそうに報告してくださった。
同い年の婚約者に「きれいだ」と褒められて……心から、素直に。
(どうかジーク様……お願いいたします)
私たちはずっと、仕えるべき主の幸せを願っているのです。
◇
「レイ、どうかした?」
「あ……いえ。なにをお話ししようかと」
「…………」
「ジーク様?」
「お前、なんだかずっと大人になったみたいだ」
「え!?」
すっと射抜くような瞳に見つめられ、レイは思わず後ずさりそうになった。
「レイ、何があったんだ?」
「……その、長い間……ゆ、夢を……見たんです。とっても怖い夢を」
「夢?」
「そこでずっと怒られていました。そんなわがままばかりだといつか一人ぼっちになるぞって……。ぼくも最初は、一人なんて平気だと思ったのに……」
「レイ?」
「い、いきなり真っ暗な闇の中でひとりになって……寒くて、こわくて……。もう、怖いのはいやだって思ったんです」
――――とても怖かった
嘘ではない。
『痛い、痛い、誰か助けて…… 』
死にたくないと…… どんなに助けを求めて苦しんでも、その間ずっと私は笑われていた。
あんな思いは、二度としたくない。
「いやな夢なんて、早く忘れちゃいたいのに……」
「ごめん、レイ。嫌なことを思い出させた」
「え……?」
「思い出したくもない夢だったのに、ごめん」
立ち止まり、苦しそうに眉を寄せるジーク様。
あぁ、そうだった――。
この頃のジーク様は、誰よりも尊敬し大好きだったサーラおばあ様を亡くされたばかりだった。
女性でありながら剣を取り、国と国民を守った女傑。
ジーク様は、すでに大切な「人を失う痛み」を知っていた。
優しくて、私の婚約者で……。
だからこそ私は―――――。
「ジーク様、大丈夫です。夢は夢です。ぼくは生きていて、今日も元気です。ジーク様が来てくれたおかげです」
「……!」
大きく目を見開くジークと、小さく頭を下げるレイ。
(……申し訳ございません)
前世の私は、貴方の悲しみに寄り添うこともせず、茶会では派手に振る舞った。
(でも、今なら全部やり直せる)
家族と、貴方を幸せにするために。
貴方はユウキを選んでいいのです。私はセウスたちを含め、誰も不幸にならない「綺麗な終わり方」を必ず迎えてみせる。
(どうかそれまでは――私のような人間が、貴方の婚約者であることを許してください)
「レイ……君は……っ、びっくりした。おばあ様の姿が、一瞬見えたよ」
「それは嬉しいです。よければ教えてください、ぼくはサーラ様のことをあまり知らないので」
「あぁ、もちろん!」
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