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婚約者 ジークside
しおりを挟む棺の中で静かに眠る青年を見つめ、男は苦しげに顔を歪めた。
「レイ、どうしてお前はっ……」
静まり返った礼拝堂には、二人だけ。
眠るレイと、その傍らに立つジークだけ。
もう目を開けることのない銀髪の青年。
銀色の髪が風に靡くことは、もう二度とない。
削れた爪、傷だらけの手。痩せこけた頬と窪んだ瞳は、哀しみの表情を浮かべているようにも見えた。
――それでも彼は、美しかった。
時を止めたかのように、誰よりも孤独で、美しいままで。
自分の元婚約者であった、レイ=アークラディンは。
「どうして……お前は、誰も頼らなかった」
口惜しげに呟いても、返事はない。
棺の前で項垂れるのは、漆黒の髪に紫苑色の瞳を持つ青年――ジーク。
かつて学園でレイに婚約破棄を突きつけたのは、自分からだった。
だが、このような結末を望んだことは一度もない。
『お月様のように綺麗な銀色だね』
レイはもう忘れてしまったかもしれない。
だがジークは、今でも初めての顔合わせの記憶を鮮明に覚えている。
それは、とても晴れた日の庭園だった。咲き誇る花々を背に立つのは、月の精霊のような銀髪の少年――自分の婚約者、レイ=アークラディン。
『……はじめて言われました。うれしいです』
無意識に声をかけ、彼の髪を月に喩えた瞬間。
レイは心から嬉しそうに微笑み、その笑顔にジークの胸は高鳴った。
―――――初恋だった。
レイにかけた言葉も、彼に抱いた想いも本心だった。
銀と赤を「常世の色」と嫌うのは宗教的な部分が大きく、バスティトス家はその宗派ではない。
婚約が結婚に至るかどうかは分からない。
それでも幼いジークは願ったのだ。月光に咲く薔薇のような少年と、ずっと過ごしていけたらと心から。
だが―― レイは違った。
顔合わせ以来、彼は異常なほどジークに執着し始めた。
派手すぎる衣装、似合わぬ香水、山のように届く手紙。
『ジーク様に近づかないで! ぼくの婚約者だよ!』
嫉妬にまみれた癇癪は、なによりジークを困らせた。
茶会でジークの隣に誰かが座れば、相手が自分より身分が低いと知るや容赦なく押しのける。
さらにジークが尊敬してやまなかった祖母サーラを亡くした時――レイは、その悲しみに一言も寄り添わなかった。
ジークがどれだけ注意しても、レイは口先だけの返事で態度を改めない。
うっとりと美しい顔を歪めて、甘ったるい声で言う。
【ジーク様。心からお慕いしています】
ならば何故、俺の大切な家族や友を大事にしてくれない?
お前にとって俺とは、ただ己の承認を満たすための飾りだったのか?
レイの美しさは、月を隠す暗闇に消えしまったのか…。
淡い恋心は、次第に嫌悪へと変わっていった。
(……レイとの婚約を、破棄できれば)
彼と未来を共にする姿は、もう想像できなかった。
そして、彼とは真逆の温かさを持つユウキに癒され、惹かれていったのも事実だ。
例の事故が起きたことで、レイとの縁を断った。
その選択に後悔はない。
それでも―――‥‥
「もし…ほんの少しでも、お前が心の内を打ち明けてくれていたのなら……」
違う未来があったのだと、
願わずにはいられない。
◇ ◇ ◇
(信じられない……)
家に戻ったジークは、戸惑いを隠せずにいた。
それほどに、レイと過ごす時間が居心地よかったのだ。
悪戯に違いない。すぐに化けの皮が剥がれる――最初はそう思った。
あれから何度訪れてもレイは変わらなかった。
いや、変わりすぎているのだが‥‥。
『い、今のはナシだよ! ご馳走様なんて言ってないし、デザートも足りないよ!』
偉そうに侍従に命じる姿だが彼らは嫌な顔ひとつせず、むしろ誇らしげに「かしこまりました、レイ様」と快く応じる。
そこには間違いなく深い絆と信頼があった。
―― 一年、二年と時は過ぎ。
今日もジークは理由をつけて、レイの元を訪れていた。
「レイ、あの花は?」
「これはシロユリです」
「本当か? シロユリにしては蕾が大きい気が」
「大事に育てていますから」
今年のはとくに美しいでしょう?
花を見ながら微笑むレイに、胸が高鳴る。
「……とても綺麗だ」
「そうでしょう」
今のはお前を褒めたんだが?と言いたくなって思わず口元が綻んだ。
種から育てた花が咲き誇るように、レイはますます美しくなった。
派手に着飾ることも、似合わぬ香水を求めることもない。
今の彼の姿こそが、本当の美しさだった。
キラキラと光を宿す銀髪。深紅の瞳には庭園の草花が映え、青空でさえ彼を引き立てるために存在しているように思える。
「……美しい。本当に」
「そんなに気に入ったのなら、持ち帰りますか?」
「そうだな……できることなら、今すぐにでも」
裁縫、料理、そして庭園の手入れと‥‥ 既に隠すこともしなくなった家庭菜園。
彼の手から生まれるものの数々が、どれも温かい。
(間違いない。レイは花嫁修業をしているのだ)
なんと意地らしく、健気な花だろう。
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