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返り咲いても
しおりを挟む昼下がりの庭園を歩きながら、私は胸の奥をざわめかせていた。
(前世の私は、とっくにジーク様に愛想を尽かされていたはずなのに……)
ジーク様が私の元を訪れるようになって数年、私たちは間もなく十四歳になろうとしていた。
ちらりと目を向ければ視線を奪われてしまうほど綺麗な横顔が、私が育てた花を愛でいる。
「これもアジサイなのか?うちにはない品種だ。一枚一枚の花弁が色とりどりで見事だ」
「‥‥‥気にいったのでしたら種を差し上げます」
ますます凛々しく成長されたジーク様が、うちのように小さく質素な庭園で花を愛でておられる。
その表情は、驚くほど穏やかなものだった。
――――記憶にも、経験もない時間。
私はあれを「前世」ではなく「悪夢」だったのではと、正直何度も疑った。
けれど避けようとすればするほど、新しい景色が目に映る。
セウス、アメリ、クラウス、バーティス。
そして畑と小さな花園が、私に語るのだ。
人のぬくもり、季節の音、頬を撫でる風の冷たさと暖かさ。
それらすべてが懐かしく、愛おしく―――そして同時に、すべてを失うことの痛みと恐怖を。
言葉では語り尽くせない「前世」の経験が、私に語り続ける。
――あれは夢ではない。
お前はたった一つの過ちで、すべてを失うのだと―――……。
「レイ。シロユリの花言葉は「純粋」と「誇り」だったか?」
「そうですよ。よくご存じでしたね」
「ああ、前に君から国花と聞いて調べたんだ。とてもいい花言葉だ」
こんな会話だって前世ではした覚えがない。
ジーク様の些細な表情だって……私は、いつも貴方の背中しか見ていなかった。
それもどんどん、私を遠ざけるように距離が離れてしまって‥‥遠くから横顔だけを見つめる日々。
(私は、何も知らない)
私は知らなかったのです、ジーク様。
ユウキとは関係ない。貴方との距離が、決定打になってしまったあの件。
久々の呼び出しを華やかな舞台だと勘違いし、私は新調した鮮やかな衣装で登場した。
――――――それが、サーラ様のお葬式とも考えないで。
『レイ……!?』
『えへへ、びっくりしました? 紺色なんて地味な色よりジーク様もこっちの方が素敵と思いませんか?』
「喪」の意味を知らず、笑顔を振りまく私。
対照的に、ジーク様の表情は‥‥‥‥。
(~~~~あああ、穴があったら入りたい!)
思い出すだけで顔から火が出そうになる、忌まわしい記憶だ。
墓前のサーラ様に無礼を働きながら、それからも私は詫び行かなかった。喪服など持っていなかった。
分かっている。そんなのは言い訳にはならない。五
哀悼の意も、深い悲しみに寄り添う心も―― 私はすべて死んでから学んだのだから。
(幸いだったのは、医者に”意識の混濁”と判断されて隔離されてたおかげか……)
サーラ様の葬儀は、なんと私が大木から落ちた五日後だった。
前世ではたいした怪我ではなかったので意気揚々と参加したが、今回ばかりはそうもいかなかった。なにせ目が覚めた私は頭の中がごちゃごちゃで混乱していたのだから……。つい支離滅裂なことを口走ってしまう様子に医者から、一カ月近くの外出禁止を言い渡されていた。
そして、「頭の打ちどころが悪かった」かもしれない息子が葬儀に参加するなどお父様も許すはずがなかった。
「レイ。君も……花ばかり供えないでおばあ様の墓参りに来てほしい」
前世とやらかしと、今回も顔を見せることができなかった申し訳なさ。
せめて墓前のためにと、追悼の花を送る。
「いいえ。私は自分の祖母だけでなくサーラ様とお会いしたこともありません。合わせる顔がありません」
そういえば私の墓前には、………いいや、考えるのはやめよう。
本当に、私は死んでから学ぶことばかりだ。
* * *
「ありがとう。立派な花束だが、俺はやはりシロユリが好きらしい」
「そんなにお気に召しましたか?」
「見た目も香りもいい。国花祭に出せば優勝候補だな」
「優勝など畏れ多いことです」
「そういえばレイは、いつから花を育てているんだ? 花以外は?」
「え、えっと……元々はおじいさまの趣味で」
それもただのシロユリです、この時期ならどこにでも咲いている。
なので真剣に見つめられると心の奥まで見透かされるようで落ち着かない。
セウスたちは今どこにいる? この空気をどうすれば――。
視線を逸らした瞬間、低い声が響いた。
「レイ」
「は、はい!」
心臓が大きく跳ねる。
叱られるのかと身構えたが、そこには少し厳しい表情のジークがいた。
「あ、すまない。君がとても遠くを見ている気がして……つい」
「つい?」
「っ、本当にすまない。もしユリの精霊とすり替わっていたらどうしようかと」
「……は?」
「………」
我ながら馬鹿なことを言った、と恥ずかしそうに眉をひそめるジーク様。
「い、いいえ!精霊になれるほど純粋な心など僕にはありませんし、」
「何を言う!?レイほど純粋な心を俺は知らない!もし君を見染めた神が現れたって――」
「か、神さま!?」
神様なんて、そんな‥‥っ!
『わっ』と頬を染めるレイを前に、明らか”しまった”と真顔になるジーク。
「恐れ多い……」
「レイ」
「ぼ、ぼくが神殿に入る、なんて……」
「待て。そこまで言っていない」
『神殿』――。本来なら縁のない場所だが二度目の人生を与えられた私は、いずれそこで穏やかに過ごそうと決めていた。
「未婚」の状態を許される。
「家族」とも一生会えなくなるわけじゃない。
だから私は、出家する。
心まで汚れることのない、普通の人としての人生を送るために。
レイにとって神殿とは神聖で憧れる場所になっていた。
しかし、ジークにとっては違う。自身の婚約者(レイ)が真っ赤になって両手で頬を覆うのだ、まるで恋の話題に照れる少女のように。
「おい、レイ。君は俺の許嫁だ。どうして“神”と言っただけでそこまで過剰な反応をする?」
「そ、それは……将来の選択肢の一つとして?」
「…………」
「ど、どうしてそんな顔を?」
「待ってくれ。どう転んだらそんな発想に至る?」
「どう転んだらって……」
――それはもちろん、“悪夢”や“前世”の話などできるはずもない。
ジーク様はユウキと出会い、恋に落ちる。
それはおとぎ話のように幸せでなければならない。
なら、私にできることは―――。
「ジーク様。貴方は、運命を信じますか?」
私は知っている。
これは残酷な問いだと。
けれど、どうしても投げかけずにはいられなかった。
「運命?現実主義寄りな君にしては、ずいぶん曖昧なことを聞く」
「そうですね」
曖昧――そう、運命なんてものは。
少しだけうつむく私の前に、そっと真っ白なシロユリが一本差し出された。
「 ?ジークさま?」
「俺はどんな運命でも受け入れる。レイが幸せならば」
『君が幸せならば』
―――――その言葉は、かつて貴方がユウキに贈ったものだった。
さっきの私の質問だって、ユウキがジーク様にしたもので……。
(ああ、なんだ‥‥‥私も欲しかったのか)
我ながら未練がましいが、貴方にそう言ってもらえただけで十分だ。
ジーク様から受け取ったシロユリの花は、いままで自分が育てたどの白花よりも純白で、世界で一番美しいとさえ思えた。
「レイ。俺が力になれることがあれば隠さず言って欲しい」
「はい、ジーク様」
ああ、困った人だ。
誠実で、真っ直ぐな曇りのない瞳。
陽が傾いているせいか、その少し頬が赤く見えて……。
(………私は、貴方になにも背負わせたくはない)
貴方の幸せのためならば、
私は―――― いくらでも何度でも悪役を演じてもいいと思ってしまう。
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