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「ここが庭園だ。出入りは自由だから天気の良い日はこちらの東屋でお茶をしてもいいと思うぞ」

 広い庭園はバラが咲き誇っていていい匂いが漂っていた。
 バランが東屋のひとつに案内してくれるとそこには既に先客がいた。

「ああ、ハラン。ここにいたのか」
「兄上」

 水色の髪に緑の瞳の穏やかな面差しの男の人が立ち上がる。
 お!攻略キャラその二のバランの弟では!?

「ヒナコ、私の弟のハランダート・サリ・アステルスだ。ハランは召喚の場にいたからわかるな?」

 ハランダート様はええ、と私に笑いかけてきた。

「ヒナコ殿ですね。僕は第三王子のハランダートです。お見知りおきを」
「ヒナコでいいです。よろしくお願いします、ハランダート様」
「では僕もハランと。あとよかったら砕けた口調でどうぞ。僕は癖で敬語を使ってしまいますがお気になさらず」

 おっと、こちらも初めから砕け口調オッケーと来たぞ。やっぱりゲームとは違う展開だ。
 ハランダートは第三王子だ。第二王子はどこだという話だが、第二王子はゲームのとおりなら現在パレヴィスに留学中のはずだ。

 バランとハランは仲が良いが第二王子とこのふたりは余り仲が良くなかったはずだ。ハランとのルートのときにハランがぽつっとそんなようなことを漏らしていた。
 下の兄がいなくてホッとしている、と。

 第二王子の名前は出てこなかったと記憶しているが、第二王子は何でも卒なくこなすバランと今ひとつ消極的なハランを常に比べる発言をしていたそうだ。それがハランのコンプレックスであったはず。

「ではハラン、よろしく」

 私が手を差し出すと彼もそっと手を握ってくれた。穏やかな面差しの割にやはりそこは男の人、私よりひとまわり大きな手でそして剣を握っているからだろう、硬い手のひらだった。

「お茶をしていたんですか?」

 テーブルの上にはティーセットとスリーティアーズが置かれている。スリーティアーズの皿の上の菓子類は半分ほどに減っていた。

「ええ、よかったらご一緒しませんか?用意させますよ」
「えっと……」

 ちらっとバランを見ると彼はこくりと優しい目で頷いてくれる。

「じゃあ、遠慮なく」

 すると控えていたメイドたちが動き出してあっという間に私たちの分も準備してくれた。

「今日の紅茶はハランのブレンドしたものか?」

 バランの言葉にハランがええ、と微笑む。どうぞ、と勧められてひとくち飲んでみる。

「わ、砂糖も入れてないのに甘さがある!でもあっさりしていて澄んだ香りがふわって鼻を抜けていく……!おいしい!」
「喜んでいただけて良かったです」

 お茶を楽しみながらゲームの設定と現実のすり合わせをさり気なくしていく。

「ふたりは普段は何をしてるの?」

 その質問にまず答えてくれたのはバランだった。

「私は近衛師団の大佐をしていてな。普段は自分の執務室で書類整理に追われている。だがまあ王子という立場上他の者よりは我を通せるからこうして君を案内できるというわけだ」
「あら、お仕事のお邪魔だった?」
「いや、どちらにしろ今日は聖女召喚のゴタゴタでろくに仕事にならないだろうと思っていたから構わない」

 苦笑するバランにそういえばと思い出す。
 バランはその年に合わぬ階級にも悩んでいたな。王子だからというだけで大佐の地位にいるんだと。

 確かに二十歳で大佐は凄いと思う。だからだろうか、落ち着きっぷりが堂に入っていて私と同い年には思えない。
 悪くいえば老けて見えるのだがそこは大人の魅力に思えた。

「ハランは?」
「僕は回復魔法を得意としているので軍医として近衛師団少佐の地位をもらって回復魔法の応用などの研究をしています。兄上より更に自由になる時間があるのでこうして午後のティータイムと洒落込んでいたのですよ」

 よし、ここはゲーム通りだ。

「魔法は誰でも使えるんですか?」

 これにはバランが答える。

「普通は使えるな。今のところ魔力の強い弱いはあっても全くない人間がいたという話は聞いたことがない。何かしらの属性を持って生まれてくる。多くは一属性だが私たちのような軍人になるような人間は二属性持ちだ。あと、この世界には獣人がいるのだが彼らは最高で四属性持つことができるみたいだな。六属性全て持っていてそれを使いこなせるのは聖女だけだ」

「ほほう。バランはなんの属性持ってるの?」
「私は火と雷だな。ハランは風と水だ」
「兄弟でも属性はバラバラなのね」
「これは遺伝ではないからな」
「そうなんだ」

 それは初めて知った。遺伝じゃなかったのか。
 それはそうと、気になる単語が出たぞ。

「獣人って?狼人間とかそいいうの?」

 素知らぬふりをして聞いてみる。答えてくれたのはハランだ。

「そんな感じです。今は差別は処罰の対象ですが昔は差別が酷かったそうです。それを正したのが先代聖女です。彼女の夫が獣人で当時の王から煙たがられていました。だから彼女は差別をなくすように進言して王はそれを聞き入れたと言われています。というか、死の謁見事件以来王は先代に逆らえなくなっていたみたいですね」
「死の謁見事件?」
「ああ、先代を辺境伯から引き離そうとしたら先代がキレてその場にいたほとんどの貴族連中を殺しちまったらしい。神も神で王を見放す発言をしたために先代を止められるものが辺境伯しかいなくなってしまってな。王は諦めて辺境伯と先代を好きにさせることにしたらしい。で、その時の事件が死の謁見事件として言い伝えられている。まあ当の本人はそんなこともあったわねえくらいにしか言ってなかったがな」

 やっぱり先代聖女怖いな。
 そこでふと思った。

「バランは先代と面識があるの?」

 さも知りませんという顔で聞いてみる。

「ああ、五年くらい前にヴィルフォア邸で世話になってた時期があってな。それで先代とは懇意にさせてもらっていた」
「旦那さんとも会ったことあるの?」
「いや、元辺境伯は私が生まれた頃に亡くなっていてな。肖像画でしか見たことがないが白虎の獣人だったようだ」

 ふうん、と私ははやる気持ちを抑えてそれで、と続ける。

「先代の子供さんたちも獣人なの?半獣人?」
「いや、半獣人というものは存在しない。生まれてくるのは人間か獣人かだ。片親が獣人であっても大体七割の確率で人間が生まれると言われている。実際、先代の子供たちは人間ばかりだった。その孫たちも。だが、ひ孫の代になって一人だけ獣人が生まれた。それが我が友であるアリシヴェート・ダル・ヴィルフォアだ」

 キター!悪役令息来ましたよ!そうなんです、彼、獣人なんです!
 私はにやけそうになるのを我慢してそうなんだ、と言う。

「その人も白虎の獣人なの?」
「いや、黒豹だ。彼の漆黒はとても美しいと思う。言うと本人は嫌がるんだがな」
「へえ、会ってみたいですねえ」

 さり気なく接点を作る!

「彼は私の部下だからすぐ会えると思うぞ。っと噂をすれば、だ」

 バランが庭園の奥の方を見ると向こうからのしのしと歩いてくる白い甲冑姿の獣人がいた。
 わあ、本当に黒豹だぁ。おっきいー。そしてここからでも分かるきれいな毛並み。
 彼は私をちらりと見ただけでバランに視線を移すと探したぞと不機嫌そうに言った。

「今度の演習について打ち合わせがあると言っておいただろうが」
「あれ、もうそんな時間だったか?すまんな」

 全く申し訳なさみのない声でそう返すとバランは私を見て言った。

「こいつが今話題に登っていたアリシヴェート・ダル・ヴィルフォアだ。アリス、この方が聖女のヒナコだ」

 アリシヴェートはじろじろと私を見た後、ふんと鼻を鳴らした。

「おばあさまの方が美しい」

 はい!想定内の反応です。
 彼は先代に思い入れが強く、そのために新しい聖女である私にキツく当たってしまうのだ。

「アリス、そういう言い方はやめるんだ」
「……」

 しかしアリシヴェートはつーんとそっぽを向いてしまう。
 バランが苦笑して私に向き直った。

「すまんな、普段は気のいいやつなんだが先代が絡むと良くない態度をとりがちなんだ」
「良いですよ、気にしてないです」
「おい、早く行くぞ」
「いや、私はヒナコを送り届けなくてはならんからな」
「大丈夫だよ、レーネがいるから。行ってあげて」

 するとバランは仕方ないと席を立った。

「なら行って来よう。また明日顔を出せたら見に行くよ」
「はーい」

 バランが東屋を出て歩き出す。アリシヴェートはこちらを軽く睨んでさっさと行ってしまった。
 あれが私の幸せにしたいひと。
 姿を見て改めて思う。

 あなたを不幸になんてしない。破滅なんかに追いやらない。絶対に。
 そう心に誓ってその後ろ姿を見送った。



(続く)
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