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「プール計画をね、一旦白紙に戻そうと思うの」
レストランでお昼を食べて食後の紅茶を飲んでいるときに私はそう言った。
アリスはきょとんとしてどうしてだ?と聞いてきた。
「リスクが大きすぎるのよね。今まで水に浸かるって言ったらお風呂ぐらいの人たちに突然プールを与えても絶対死人が出ると思うの。それはいくらこちらが気をつけて見ていてもどうしても起きることだし避けられない。プールが身近だった私たちの世界でも時々あったことだからこの世界に突然作ったらどうなるかなんて考えただけでも恐ろしいなってことに気づいたの。何かあってからじゃ遅いから。私、責任のとり方なんて知らないし」
だからね、と紅茶をまたひとくち飲んでから続ける。
「水着とゴーグル、キャップは軍に卸して訓練に使ってもらって、ひとまず一般人への提供はやめようと思って」
「そうか。きみがそう決めたなら私はそれで良い。幸い、工事に取り掛かっているわけでもないしな」
「うん。それにね、この街を見て思ったんだけどプールを作る場所がないなって。ずいぶん郊外の方へ行かないと空いてる土地なさそうだったし。そんなところまで足を運んでもらうのもね」
「それはまあ、私も思ってはいた。どこに作るつもりなのかと」
「気づいてたんなら指摘してよ」
ぷくっと頬をふくらませると彼はすまないと笑った。
「それでね、街の人達を見ていて思ったんだけど、この世界のメガネってダサくない?」
「ダサい、か?」
「そう、大きなレンズに柄がついただけ。もっとこう、スタイリッシュにできないの?」
「いや、メガネなぞ目が見えるようになればそれで良いのでは?」
「ダメよ、その考えがもうダメ。メガネもおしゃれアイテムにしないと。おばあさまはそのあたりは手を出さなかったの?」
「そういえばおばあさまもダサいとは言っていたな。だが今の事業で手一杯だから暇ができたらやると言っていた。まあ結局忙しいまま亡くなったから手付かずだったが」
「それだわ。私、水着が完成したら次はメガネに取り掛かることにする。意識改革してやるわ」
「そうか」
アリスがふと笑う。
「連れてきた甲斐があったというものだな」
「ありがとう、アリス」
私も笑うと、彼は照れくさそうに後頭部を掻いた。
レストランを出て、また街を散策する。
「そうだ、ヒナコは蜻蛉玉は好きか?」
「私が思っている蜻蛉玉であってるなら好きよ」
「そこに専門店があるんだが見ていかないか」
「いいわよ」
店の中に入ると様々な蜻蛉玉が並んでいた。
「この店はヴィルフォア領から取り寄せた品々でな。おばあさまもおじいさまに贈られたという蜻蛉玉のペンダントを生涯身につけておられた」
「へえ。辺境伯夫人なんだからもっと宝石とか身につけてるかと思った」
「初めて行った旅行での土産物だったそうだ。何度か紐が切れては付け替えていたようだったが大切になさっていたよ」
それで、その、とアリスは言いづらそうに言った。
「よかったら私にひとつなにか選んでくれないか。私もヒナコになにかひとつ選ぶから」
「え?」
「その、今日の記念だ。ふ、深い意味はないからな?」
慌てて取り繕うアリスに私はふっと笑って分かってるよ、と棚を見て回った。
「つけやすさで言ったら根付がいいよねえ」
「そうだな」
私は濃紺のガラスに金銀の星屑のような柄がちりばめられたものを選んだ。
「黒い毛並みに金の瞳がきれいだからこれかな!」
そしてアリスはピンクのガラスに黄色や水色の花が浮かんだミルキーなものを選んだ。
「私の中のヒナコのイメージはこんな感じだ」
「華やかってこと?」
「ぽやぽやした感じ」
ごすっと肘鉄を食らわせるが彼は痛くも痒くもないようでけらけらと笑っていた。
そして会計を済ませて店を出ると彼は早速キーホルダーにつけていた。私も合鍵として持っている自室の鍵にそれを通した。
それをきちんとポケットにしまって、私はアリスを見上げる。
「なんだ」
「私は深い意味があっても良かったな」
「っ」
驚いたように目を見開くアリスに笑いかけて、私は手を差し出した。
「ほら、次はどこに連れて行ってくれるの?」
にこにこ笑顔の私に、アリスは苦笑してこの手を取ってくれたのだった。
「そういえばアリスは普段どこに住んでるの?兵舎?」
屋台で買った焼き鳥を食べながら聞けば彼はいや、と首を横に振った。
「佐官以上は兵舎は追い出されるから近くに小さな屋敷を借りている」
「この近く?」
「そうだな、歩いて十分くらいか」
「行きたい!」
私がそう言うとアリスはぎょっとしたようだった。
「は?来るのか?俺の屋敷に?」
「え、ダメなの?ゴミ屋敷とか?」
「執事がいるからそんなことはないが本当にいいのか?」
「?いいよ?」
彼はごほんと咳払いをするとなら招待しようと言った。
「やったー!」
「別に変わり映えのない屋敷だぞ」
「良いから良いから!」
焼き鳥の串をゴミ箱に捨てて私たちは手を繋いでアリスの屋敷に向かった。
アリスの屋敷は郊外に向かって十分ほど歩くと現れた。
「おっきい!」
私が叫ぶと小さい方だぞ、と門を開けた。
すると中から五十代後半くらいの男性が出てきて一礼した。
「お帰りなさいませ、坊っちゃん」
「執事のアンダーソンだ。アンダーソン、こいつが聖女のヒナコだ」
「ああ、この方が噂の聖女様であらせられますか。お噂はかねがね」
「ちょっとアリス、噂はかねがねって、アンダーソンさんに何吹き込んでるの?」
するとアリスは目に見えて動揺して別に何も!と首を横に振った。
アンダーソンさんはにこにこと笑って中へどうぞと招いてくれた。ほんとに何を吹き込んでいるのやら。
(続く)
レストランでお昼を食べて食後の紅茶を飲んでいるときに私はそう言った。
アリスはきょとんとしてどうしてだ?と聞いてきた。
「リスクが大きすぎるのよね。今まで水に浸かるって言ったらお風呂ぐらいの人たちに突然プールを与えても絶対死人が出ると思うの。それはいくらこちらが気をつけて見ていてもどうしても起きることだし避けられない。プールが身近だった私たちの世界でも時々あったことだからこの世界に突然作ったらどうなるかなんて考えただけでも恐ろしいなってことに気づいたの。何かあってからじゃ遅いから。私、責任のとり方なんて知らないし」
だからね、と紅茶をまたひとくち飲んでから続ける。
「水着とゴーグル、キャップは軍に卸して訓練に使ってもらって、ひとまず一般人への提供はやめようと思って」
「そうか。きみがそう決めたなら私はそれで良い。幸い、工事に取り掛かっているわけでもないしな」
「うん。それにね、この街を見て思ったんだけどプールを作る場所がないなって。ずいぶん郊外の方へ行かないと空いてる土地なさそうだったし。そんなところまで足を運んでもらうのもね」
「それはまあ、私も思ってはいた。どこに作るつもりなのかと」
「気づいてたんなら指摘してよ」
ぷくっと頬をふくらませると彼はすまないと笑った。
「それでね、街の人達を見ていて思ったんだけど、この世界のメガネってダサくない?」
「ダサい、か?」
「そう、大きなレンズに柄がついただけ。もっとこう、スタイリッシュにできないの?」
「いや、メガネなぞ目が見えるようになればそれで良いのでは?」
「ダメよ、その考えがもうダメ。メガネもおしゃれアイテムにしないと。おばあさまはそのあたりは手を出さなかったの?」
「そういえばおばあさまもダサいとは言っていたな。だが今の事業で手一杯だから暇ができたらやると言っていた。まあ結局忙しいまま亡くなったから手付かずだったが」
「それだわ。私、水着が完成したら次はメガネに取り掛かることにする。意識改革してやるわ」
「そうか」
アリスがふと笑う。
「連れてきた甲斐があったというものだな」
「ありがとう、アリス」
私も笑うと、彼は照れくさそうに後頭部を掻いた。
レストランを出て、また街を散策する。
「そうだ、ヒナコは蜻蛉玉は好きか?」
「私が思っている蜻蛉玉であってるなら好きよ」
「そこに専門店があるんだが見ていかないか」
「いいわよ」
店の中に入ると様々な蜻蛉玉が並んでいた。
「この店はヴィルフォア領から取り寄せた品々でな。おばあさまもおじいさまに贈られたという蜻蛉玉のペンダントを生涯身につけておられた」
「へえ。辺境伯夫人なんだからもっと宝石とか身につけてるかと思った」
「初めて行った旅行での土産物だったそうだ。何度か紐が切れては付け替えていたようだったが大切になさっていたよ」
それで、その、とアリスは言いづらそうに言った。
「よかったら私にひとつなにか選んでくれないか。私もヒナコになにかひとつ選ぶから」
「え?」
「その、今日の記念だ。ふ、深い意味はないからな?」
慌てて取り繕うアリスに私はふっと笑って分かってるよ、と棚を見て回った。
「つけやすさで言ったら根付がいいよねえ」
「そうだな」
私は濃紺のガラスに金銀の星屑のような柄がちりばめられたものを選んだ。
「黒い毛並みに金の瞳がきれいだからこれかな!」
そしてアリスはピンクのガラスに黄色や水色の花が浮かんだミルキーなものを選んだ。
「私の中のヒナコのイメージはこんな感じだ」
「華やかってこと?」
「ぽやぽやした感じ」
ごすっと肘鉄を食らわせるが彼は痛くも痒くもないようでけらけらと笑っていた。
そして会計を済ませて店を出ると彼は早速キーホルダーにつけていた。私も合鍵として持っている自室の鍵にそれを通した。
それをきちんとポケットにしまって、私はアリスを見上げる。
「なんだ」
「私は深い意味があっても良かったな」
「っ」
驚いたように目を見開くアリスに笑いかけて、私は手を差し出した。
「ほら、次はどこに連れて行ってくれるの?」
にこにこ笑顔の私に、アリスは苦笑してこの手を取ってくれたのだった。
「そういえばアリスは普段どこに住んでるの?兵舎?」
屋台で買った焼き鳥を食べながら聞けば彼はいや、と首を横に振った。
「佐官以上は兵舎は追い出されるから近くに小さな屋敷を借りている」
「この近く?」
「そうだな、歩いて十分くらいか」
「行きたい!」
私がそう言うとアリスはぎょっとしたようだった。
「は?来るのか?俺の屋敷に?」
「え、ダメなの?ゴミ屋敷とか?」
「執事がいるからそんなことはないが本当にいいのか?」
「?いいよ?」
彼はごほんと咳払いをするとなら招待しようと言った。
「やったー!」
「別に変わり映えのない屋敷だぞ」
「良いから良いから!」
焼き鳥の串をゴミ箱に捨てて私たちは手を繋いでアリスの屋敷に向かった。
アリスの屋敷は郊外に向かって十分ほど歩くと現れた。
「おっきい!」
私が叫ぶと小さい方だぞ、と門を開けた。
すると中から五十代後半くらいの男性が出てきて一礼した。
「お帰りなさいませ、坊っちゃん」
「執事のアンダーソンだ。アンダーソン、こいつが聖女のヒナコだ」
「ああ、この方が噂の聖女様であらせられますか。お噂はかねがね」
「ちょっとアリス、噂はかねがねって、アンダーソンさんに何吹き込んでるの?」
するとアリスは目に見えて動揺して別に何も!と首を横に振った。
アンダーソンさんはにこにこと笑って中へどうぞと招いてくれた。ほんとに何を吹き込んでいるのやら。
(続く)
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