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ディープキスをするようになって二週間ほどが過ぎた頃、おや?と思うようになった。
ここ数日、アリスがディープキスを求めてこなくなった。
最初はそういえばと思った程度だったけれど一日、また一日と求められない日が続くと流石におかしいと思うようになる。
軽いキスはする。触れ合うだけのキス。それは何度でもする。
けれど舌を入れていいか、とは聞かれなくなった。だからと問答無用でしてくるかと言えばそうでもない。
なんだろう、もう飽きたのだろうか。私ってそんなに魅力がないのだろうか。
それとも、先に進ませないから嫌気が差したのだろうか。
先、つまりセックスだ。
今までにそういう雰囲気になったことはある。キスで盛り上がってアリスの手が私のブラウスの中に手を滑り込ませてきたことがあった。
私は思い切り拒んでしまった。あのときの我に返ったアリスが慌てて謝罪する姿は今も覚えている。
アリスだって二十歳だ。そりゃあしたいだろうよ。特に彼の場合は女性経験がないから余計にそうなのかもしれない。
考えてみれば、焦りもあるのかもしれない。バランはとっかえひっかえだと聞くし同じ年頃の仲間たちだって経験ありのほうが多いだろう。焦っていてもおかしくない。
それなのに私はやらせてくれない。なんのために付き合っているのかと思われても仕方ないだろう。
じゃあやらせればいいと思うかもしれないが私だって初めてなのだ。この人と決めた人としたい。決めた人、というのは結婚のことだ。
私は、重いと思われるかもしれないがこの身を捧げるのはたった一人でいいと思っている。結婚する前から離婚したらだとかそんな事は考えたくないし、次の恋に走る自分を想像したくない。
アリスを、アリスだけを愛しぬきたい。
アリスは違うのだろうか。できないなら冷めるようなそんな愛なのだろうか。
それとも、愛しているからこそ大事にしてくれているのだろうか。
後者だと思いたいけれど、こうも急に求められなくなると寂しい。
「って思ってるんだけどどう思う?」
べらべらと愚痴った私にバランはきみたちはねえ、と呆れたように紅茶を飲んだ。
「何故私に言うのかね。本人に直接言いなよ」
「それを言えたら苦労しない……ん?いまきみたちって言った?アリスもなにか言ってきてるの?」
「まさに同じ話題だよ。次のステップに進みたいがどうしたらいい、と相談されたよ」
「それで?」
「押し倒せと言っておいた」
「もっとこう、あるでしょ?!」
「しかし身を固めろとは流石に言えないだろう。アリスだってまだ二十歳だしきみと出会ってもまだ半年だ。まだ遊ばせても良いんじゃないか?」
「バランは、アリスに他の女の人を抱けって言ったの」
「経験を積むのもいいと言っただけさ」
「……私は、アリスが他の人を抱くならもう別れる」
「どうして?きみがアリスに操立てしているからかい?自分がそうであるなら相手もそうでなくてはならないと?」
「……そう願うことは押し付け?」
「アリスが納得しているならそれは押し付けにはならないね」
そもそも、とバランはティーカップを置いて言う。
「結婚できない年齢というわけでもないんだから結婚したければすればいいじゃないか」
「でも、アリスから結婚したいって言われたこと無い」
「だそうだけど?アリス」
「へ?」
のそり、とアリスが重厚な執務机の下から姿を表した。え、ずっとそこにいたの。
アリスはよほど狭かったのか腰や肩を叩いて首をぐるりと回していた。まあ狭いだろうな、その体格では。よく入れたと思うよ。
「会議って言ったのに……」
「すまない」
「まあ、とりあえず座りなさいよ」
体をずらしてアリスの座る場所を作ると彼はおどおどと隣りに座った。アリスは図体の割に肝っ玉が小さい。
「で?アリスはどうしたいの」
私はもうどうにでもなれという気持ちだったので腕を組んでふんぞり返っていた。
するとアリスは私の方に向き直ると左手を貸してくれないか、と言う。
「?どうぞ」
左手を差し出すと彼は私の手を取り、薬指をするりと擦った。
「ここに私からの指輪をはめてくれないか」
「それって……」
「ヒナ、私と結婚してくれ」
「……」
ぽかんとしてバランを見て、控えているレーネを始めとするメイドさんや副官さんたちを見回して、彼らが固唾を呑んで私たちを見守っているのを見て本気なのだと悟って。
「……はい」
呆然としたままうなずくとわあっと歓声が上がって拍手が巻き起こった。
「ありがとう、ヒナ……!」
ぎゅっときつく抱きしめられる。その痛いくらいのそれにようやく実感が湧いてきた。
「……ふえ」
「ヒ、ヒナ?」
これがどういう感情なのか私自身よくわからない。けれどどうしようもなく泣けてきて私はアリスの胸で泣いた。
アリスは優しく私の背を撫でてくれて、それが余計に涙を誘った。
私が泣き止んだのは五分ほどしてからで、ちょっと恥ずかしくなってそろっと顔をあげると穏やかな顔をしたアリスがいた。
「次の休みに指輪を買いに行こう」
「うん、うんっ」
こくこくとうなずくとまた抱きしめられてぽんぽんと背中を叩かれた。
「幸せになろう」
「うんっ」
私はアリスの広い背中に腕を回してぎゅうっと抱きしめたのだった。
(続く)
ここ数日、アリスがディープキスを求めてこなくなった。
最初はそういえばと思った程度だったけれど一日、また一日と求められない日が続くと流石におかしいと思うようになる。
軽いキスはする。触れ合うだけのキス。それは何度でもする。
けれど舌を入れていいか、とは聞かれなくなった。だからと問答無用でしてくるかと言えばそうでもない。
なんだろう、もう飽きたのだろうか。私ってそんなに魅力がないのだろうか。
それとも、先に進ませないから嫌気が差したのだろうか。
先、つまりセックスだ。
今までにそういう雰囲気になったことはある。キスで盛り上がってアリスの手が私のブラウスの中に手を滑り込ませてきたことがあった。
私は思い切り拒んでしまった。あのときの我に返ったアリスが慌てて謝罪する姿は今も覚えている。
アリスだって二十歳だ。そりゃあしたいだろうよ。特に彼の場合は女性経験がないから余計にそうなのかもしれない。
考えてみれば、焦りもあるのかもしれない。バランはとっかえひっかえだと聞くし同じ年頃の仲間たちだって経験ありのほうが多いだろう。焦っていてもおかしくない。
それなのに私はやらせてくれない。なんのために付き合っているのかと思われても仕方ないだろう。
じゃあやらせればいいと思うかもしれないが私だって初めてなのだ。この人と決めた人としたい。決めた人、というのは結婚のことだ。
私は、重いと思われるかもしれないがこの身を捧げるのはたった一人でいいと思っている。結婚する前から離婚したらだとかそんな事は考えたくないし、次の恋に走る自分を想像したくない。
アリスを、アリスだけを愛しぬきたい。
アリスは違うのだろうか。できないなら冷めるようなそんな愛なのだろうか。
それとも、愛しているからこそ大事にしてくれているのだろうか。
後者だと思いたいけれど、こうも急に求められなくなると寂しい。
「って思ってるんだけどどう思う?」
べらべらと愚痴った私にバランはきみたちはねえ、と呆れたように紅茶を飲んだ。
「何故私に言うのかね。本人に直接言いなよ」
「それを言えたら苦労しない……ん?いまきみたちって言った?アリスもなにか言ってきてるの?」
「まさに同じ話題だよ。次のステップに進みたいがどうしたらいい、と相談されたよ」
「それで?」
「押し倒せと言っておいた」
「もっとこう、あるでしょ?!」
「しかし身を固めろとは流石に言えないだろう。アリスだってまだ二十歳だしきみと出会ってもまだ半年だ。まだ遊ばせても良いんじゃないか?」
「バランは、アリスに他の女の人を抱けって言ったの」
「経験を積むのもいいと言っただけさ」
「……私は、アリスが他の人を抱くならもう別れる」
「どうして?きみがアリスに操立てしているからかい?自分がそうであるなら相手もそうでなくてはならないと?」
「……そう願うことは押し付け?」
「アリスが納得しているならそれは押し付けにはならないね」
そもそも、とバランはティーカップを置いて言う。
「結婚できない年齢というわけでもないんだから結婚したければすればいいじゃないか」
「でも、アリスから結婚したいって言われたこと無い」
「だそうだけど?アリス」
「へ?」
のそり、とアリスが重厚な執務机の下から姿を表した。え、ずっとそこにいたの。
アリスはよほど狭かったのか腰や肩を叩いて首をぐるりと回していた。まあ狭いだろうな、その体格では。よく入れたと思うよ。
「会議って言ったのに……」
「すまない」
「まあ、とりあえず座りなさいよ」
体をずらしてアリスの座る場所を作ると彼はおどおどと隣りに座った。アリスは図体の割に肝っ玉が小さい。
「で?アリスはどうしたいの」
私はもうどうにでもなれという気持ちだったので腕を組んでふんぞり返っていた。
するとアリスは私の方に向き直ると左手を貸してくれないか、と言う。
「?どうぞ」
左手を差し出すと彼は私の手を取り、薬指をするりと擦った。
「ここに私からの指輪をはめてくれないか」
「それって……」
「ヒナ、私と結婚してくれ」
「……」
ぽかんとしてバランを見て、控えているレーネを始めとするメイドさんや副官さんたちを見回して、彼らが固唾を呑んで私たちを見守っているのを見て本気なのだと悟って。
「……はい」
呆然としたままうなずくとわあっと歓声が上がって拍手が巻き起こった。
「ありがとう、ヒナ……!」
ぎゅっときつく抱きしめられる。その痛いくらいのそれにようやく実感が湧いてきた。
「……ふえ」
「ヒ、ヒナ?」
これがどういう感情なのか私自身よくわからない。けれどどうしようもなく泣けてきて私はアリスの胸で泣いた。
アリスは優しく私の背を撫でてくれて、それが余計に涙を誘った。
私が泣き止んだのは五分ほどしてからで、ちょっと恥ずかしくなってそろっと顔をあげると穏やかな顔をしたアリスがいた。
「次の休みに指輪を買いに行こう」
「うん、うんっ」
こくこくとうなずくとまた抱きしめられてぽんぽんと背中を叩かれた。
「幸せになろう」
「うんっ」
私はアリスの広い背中に腕を回してぎゅうっと抱きしめたのだった。
(続く)
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