黒の創造召喚師

幾威空

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6巻

6-3

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「ツグナ=サエキ、ようこそメフィストバル帝国へ。おもてを上げなさい」
「はっ」

 ツグナが静かに頭を上げる。なだらかな曲線を描く卵型の輪郭りんかくに、わずかに吊り上がった目。一見して性別の分かりづらい、中性的な顔。
 そんなツグナに対してリシュルが改めて覚えたのは、漠然とした違和感だった。
 ――やはり落ち着き過ぎているわね。
 貴族でもない人間が、この場に集まる面々を見ても動揺を見せない。そのことが彼女の目には奇異に映った。だが、ツグナが以前ガレイドルとも謁見したことを踏まえれば、この落ち着きようも一応は納得できる。
 そうした認識を持つと同時に、自分を見つめるツグナの二つの黒い眼が異様に脳裏に焼きついた。まるでこちらが、身体の内側まで覗きこまれているような感覚が走る。
 リシュルはそうした違和感を頭の片隅へと追いやり、表面上は淡々とした口調で言葉を並べていった。

「貴方のことは、かの獅子の王から聞いたわ。大分活躍しているとか」
「……勿体もったいないお言葉でございます」

 ツグナの方も、表情はさらりと取りつくろっていた。だが心の内ではそっと「あのオヤジめ……」と毒づく。その発言がなければ、自分はこんな場所に来ることはなかったのだ。普段は全くしない言葉遣いのせいで、舌がおかしくなったような錯覚さえする。

「でも、貴方の外見からはおよそ想像できないわね。キメラを討伐し、あの震鉱竜じんこうりゅう様と事を構えて生き残ったというのだから。まるで奇跡よね。悪運が強いとも言えるかしら?」
「――っ!?」

 広間に響いたその言葉に、ツグナの肩がわずかに反応を示す。その動きを見て、リシュルの口元が緩まった。

(チッ……さすがに国のトップだけはあるな。もう俺のしたことが耳に届いてるなんて。これなら、ユニーク魔法や魔書のことも報告されてるとみた方がいいか)
「さすがに耳が早いですね」

 ぽつりと漏れたツグナの言葉に、リシュルは「当然でしょう」と軽く笑う。

伊達だてにこの国のトップとしてこの椅子に座ってないわよ。ただ……」

 しばしの間を置いて、リシュルの口からため息と共に発せられた言葉が、ツグナの耳を貫いた。

「少々期待外れね。獅子王から話を聞いてどんな人物かと思っていたんだけど……やって来たのがこんな頼りなさそうな少年だなんて。いくら名前が売れていようが、本人に力がなければ結局大したことはないわ。よくもまぁリリアンヌもこのような子供を側に置いておくものね。『紫銀しぎん』の名が泣くとは思わないのかしら? もし貴方がその程度ならば、周囲にいる者たちの程度の低さも窺い知れるというものよ」

 挑発めいたリシュルの発言に、ツグナはちらりとリリアに目を向ける。彼の視界が捉えたのは、重圧の中で肩を震わせながらひたすら耐え抜かんとしている彼女の姿だった。他の仲間たちも同様に必死に食らいつこうとしており、彼女たちの態度を無様ぶざまだと笑うことは誰にもできやしないだろう。ツグナは彼女たちの姿をしっかりと目に焼き付けてから、ゆっくりと口を開く。
 もとから言い逃れる気もない。そして、あのギルドマスターの前で自らの力を見せた時から……決意は変わらない。

「――訂正しろ」

 先ほどのリシュルの言葉は、ツグナの逆鱗げきりんに触れていた。悪気はなかったとしても、ツグナにとっては許しがたい。もし自分だけがおとしめられたのであれば、まだ許せた。彼は自分が完璧だとは欠片かけらも思ってはいない。誰であれ欠点はあるのだから、そこは素直に認めるべきとさえ考えている。けれども、そのことが周りの人間に飛び火するのはどうしても耐えられなかった。
 今のツグナに、リリアたち以外に家族と呼べる相手はいない。心から大切だと思える人はいない。そこに血の繋がりどうこうは関係ないのだ。
 確かに、相手が誰であるべきかを考える状況であるかもしれない。しかしながら、ツグナとしては「だからどうした」と傲然と言い切るのみだ。
 大切なものを踏みにじられれば、ツグナは真っ向から相手と対峙する。それが誰であろうと、目の前に立ち塞がる敵は全力で倒すのみ。

「何だと貴様っ! リシュル様がどのような御方か分かっているのか! お前の方こそ謝罪すべきではないのか!」

 リシュルの側に控えていた臣下の一人が声を荒らげるも、ツグナはがんとして謝罪しなかった。

「黙れ。俺は俺の師匠を、そして家族を侮辱ぶじょくした、そこに座っている皇帝陛下様に言ったんだ。さっきの発言の裏に、どのような意図があるのかは知らない。だが、謝罪はまず先に手を出した方からするべきだろ」

 剣呑けんのんな空気をその身にまとい、すっと立ち上がったツグナは、おもむろに掲げた左腕からズルリと一冊の本を取り出す。

「俺の師匠が、家族が何だって? ――下手なコトを口走るようなら、容赦しねえぞ」

 突如として身体から引きずり出されたその本に目を見張るリシュルを前に、ツグナは自らが持つ手札を切った。



 第5話 責任と返礼


「そ、それは……」

 ツグナの手中に収まる一冊の書。夜の闇よりもなお濃く、目にするだけで思わず意識が吸い込まれそうになるほど深く黒いオーラを纏うそれは、強大な力を宿した「魔書」である。
「人を選ぶ書」として知られる魔書が有するのは、偉大な「魔導」の力。幾多の文献や伝承からその絶大なる力が窺い知れるものの、なぜそのような力が存在するのか、何を基準に所有者を決定するのか……など、全容は未だ解明されていない。故に古くから、魔書の存在は危険視されてきたのだった。また一方で魔書を扱える者は極めて少ないため、その存在自体が眉唾物まゆつばものだと評するやからもいる。

「これは魔書《クトゥルー》。そして……これが、俺が唯一使える魔法だっ!」

 ツグナがそう告げるや否や、掲げられた本のページがひとりでにめくられていき、青白い光の粒が渦を巻く。集まった光粒は、やがてはツグナを中心とした竜巻たつまきとなり、高い天井をつらぬかんばかりに昇っていった。魔書を手に自らの魔法――《創造召喚魔法》を解放したツグナは、眼前に現れた光景に自然と頬が緩んでいく。
 多くの人間がつどう空間をきらびやかに舞い踊る光粒は、ダイヤモンドダストのように場をいろどる。そしてその光が散った後には、ツグナを囲むようにリルをはじめとした従者たちが並び立っていた。

「《創造召喚魔法》――これが俺の魔法だ。一国のあるじなら、発言には気を付けろよ? 下手をすると、手元が狂ってうっかりこの宮殿をブッ潰すことになるかもしれないんだからな」
唯一なるユニーク魔法……」
「まさか、あれが!? 名前から察するに召喚魔法の一つだと思われるが……あのようなものを呼び出す魔法など未だかつて見たことが……」

 広間に居並ぶ臣下たちがにわかにざわつき始め、傍らのリルの背をでていたツグナの耳には震えた声があちらこちらから届く。魔書をたずさえ、見たこともない魔法を扱う少年の姿に、大人たちは揃って狼狽ろうばいした表情を浮かべていた。
 ユニーク魔法――それは、一般的に用いられる火・地・雷・風・水・補助・錬金の七系統のどれとも異なる特殊な魔法。
 玉座に腰かけるリシュルは気丈なたたずまいを見せてはいたものの、完全に予想外の展開となったこの状況に奥歯を噛み締めていた。確かに、事前情報としてツグナが持つ力の一端は理解していた。その価値や強さも、十分に理解したつもりでいた。しかし、それは所詮「つもり」であり、その力の強大さを真に理解してはいなかった。
 ツグナの周囲に突如現れた従者らしき者たちを見てみれば、そのどれもが高いレベルを有していると察しがつく。ツグナの魔法をその目で見たリシュルは、彼の力が個人として持つにはどれほど強力すぎるのかを本能的に感じていた。

(あの獅子王ガレイドル……最初っからこうなることが分かってたわね)

 脳裏に浮かんだ彼が高笑いする光景に内心で毒づきつつも、リシュルは持ち前の精神力で動揺をせた。アクシデントがあったとはいえ、未だ話の主導権は自分が握っていると思い直し、平静を装う。

(確かに力自体は強大なものだろうけど……その力をこの少年は扱い切れているのかしら? ただユニーク魔法を持つだけならば、それは単に稀少レアなケースだということでしかないわ。実際、この国にもユニーク魔法を使える者はいるのだし……問題は、その力がふとした拍子に牙を剥いた時ね)

 メフィストバル帝国には二名のユニーク魔法の使い手がいる。この二名は国外にもその名をとどろかせており、他国への抑止力となる役割を担っていた。リシュルの態度と発言は、彼らを有しているからこそのものである。
 稀少なユニーク魔法は、魔法を究める上でも、国家戦略の観点でも貴重な存在だ。だが、その力も振るうのは生身の身体である。いくら強力な力を秘めていようとも、現実に使用し得るものでなければ無用の長物に他ならない。

(彼の持つ力が本当にこの国を害するものであるのか否か……見極めるためにも、もう少し揺さぶった方がいいかしら)

 事の趨勢すうせいを見極めんと、リシュルが脳裏でそんな考えを巡らせていたその時――

「そういえば、さっきそっちが言っていたが……アルガストと出会ったのは、あの竜の住処すみかである遺跡迷宮で魔書を手に入れた時のことだ。その際に、アルガストからこれを貰った」

 朗々と語ったツグナは、懐から一枚のうろこを取り出して見せた。
 黄土色の薄いその鱗は、アルガストがツグナに持たせた自らの逆鱗である。竜種を討伐した証としても有名なそれは、アルガストとの出会いを証明するこれ以上ないほどの物証だ。
 ツグナの手中で美しい輝きを放つ逆鱗に機先を制されて、臣下たちは皆一様に口を閉ざしてしまった。
 押し黙る臣下たちがどうしたものかと視線を左右に泳がせる中、ただ一人リシュルだけが、ツグナの発した言葉にピクリと眉を上げた。

「魔書を手に入れた、ですって……?」

 自らの呟きで違和感をさらにつのらせたリシュルは、眉間にしわを寄せる。今目の前でツグナが携えている魔書、その中から現れ出でた従者たちは、とても一朝一夕で鍛え上げられたようには思えない。

(この子はいつ魔書を手に入れた? もしも本当に遺跡迷宮で手に入れたのなら、それからのわずかな時間でここまで使いこなしたと言うの? いや、でも……)

 心の内に溜まっていく疑念に、リシュルは珍しく焦燥しょうそうに駆られる。そんな彼女の心の中を見透かしたかのように、ツグナは静かに告げた。

「そして、あの遺跡迷宮で俺が手に入れた魔書は――これとは別物だ」
「なっ……!?」

 広間に響いたツグナの声が、リシュルとその臣下たちの顔を驚愕きょうがくに染め上げた。大人たちが一様に驚いている光景に、彼の口がすっと弧を描く。

「この魔書《クトゥルー》は『全ての魔書をべる書』だ。そして、現時点で幾つかの魔書がこの中に統合されている」

 わずかな静寂を縫うように重ねられたツグナの言葉。
 そこまで話したツグナは、一度口を閉ざしてぐるりと視線を一周させた。リシュルは黙したまま微動だにせず、控えている臣下たちも硬い表情のまま、様々な思いの籠った目をツグナに向けている。
 ある者は疑念を。ある者は畏怖いふを。
 突き刺さる視線をものともせず、ツグナは堂々たる態度で結論を述べる。

「――もう分かっただろ? 要するに、俺は『統合した複数の魔書を扱える』ということなんだよ」

 シニカルな笑みを浮かべ、ツグナはこうから牽制けんせいする。既に形勢は逆転し、ツグナはリシュルと対等以上の立ち位置にいる。広間に来た当初と今の空気は一変しており、リリアたちも自身にかかる威圧が和らいでいることに心の中で安堵あんどの息をついていた。
 一方のリシュルも、ツグナの言葉が何を意味しているのか、否応なく理解せざるを得ない状況に至っていた。魔書に秘められているのは強大な魔導の力。それがわずかな加減で一国をも滅ぼしかねないことを知っているリシュルとしては、ツグナは単に脅威と表現するだけでは足りない人物だと判断に到っている。

「ふふっ……複数の魔書を統べる、か。それがもし本当なら、この国の……いや、大陸中の脅威となり得るわね」
「…………」

 リシュルはどこか冷めた目でツグナを見下ろしながら、口を開いた。その言葉は、この場に同席する多くの臣下たちが抱いている思いを代弁したものだ。
 多くの人々のいただきに立つ人間として、彼女の判断が国の将来を左右するのは言うまでもない。ツグナも相手の立場を考慮して、とりあえず黙ったままリシュルの言葉に耳を傾ける。

「けれども、それは『もし本当のことならば』という仮定の話でしかない。あなたの言葉を安易に嘘と断じることはできないのも確かではあるけれど、もしかしたらこの場を逃れるためのブラフかもしれない。事実、過去に複数の魔書を扱った者はいないのだから……」
「ならば、それを証明しろ……とでも?」

 話の流れから薄々リシュルの意図を感じ取ったツグナが、その真意を問うべく口を開く。
 それに対し、リシュルはすっと口の端を吊り上げた。

「さぁ? どうかしらね……貴方に選択できる道は二つ。自らの発言を証明するために動くか、はたまた尻尾を巻いて逃げるか。もしあくまで真実だと訴えるのなら、あるいは師を侮辱した私を許せないのなら……己の力を私たちに見せてみなさい」
「なるほど……俺としては後者しかあり得ないな。具体的にはどうすれば?」
「この場にいる者と戦えばいい。もちろん、一対一でね」

 リシュルの語気が反論など認めないとばかりに強められる。しばし考えにふけっていたツグナだが、やがてため息交じりに呟く。

「確かにそれが一番分かりやすいか。ただ……」

 そこで一度言葉を切ったツグナの目が、ゆっくりとリシュルたちを見回す。その瞳に宿る強固な意志に、ゾクリとリシュルの背筋せすじが震える。

「リシュル=メフィストバル陛下。言ったからには……責任持ってくれねぇかな?」

 ふっと微笑んだツグナは、真っ直ぐに壇上のリシュルを見据えてハッキリと言い切る。

「戦えと言うのなら――まずは国のトップが先駆となるべきだと俺は思うね。俺の家族に向けた先の言葉の分も含め……キッチリと返礼させてもらおうかな」

 その言葉に、広間に集った者たちの誰もが、氷の彫像の如く硬直した。



 第6話 御前ごぜん試合


「……めるなよ小僧が」

 射殺すような鋭い目をツグナに寄越よこしながら、臣下の一人が腹の底まで響く声を上げた。ツグナが声のした方に目を転じれば、そこには屈強な魔族の男が立っている。

「陛下! このような無礼な子供の言うことをに受けてはなりませんぞ」
「カンバニル。その口ぶりからして、お前には彼の言ったことが到底信じられない、ということかしら?」

 リシュルはこの展開を予想していたかのように、静かに呟いた。リシュルの言葉に、カンバニルと呼ばれた男は頷きながら「当然です」と言い切る。

「『複数の魔書を扱える』……? 法螺ほらを吹くのも大概にしろよ、小僧。陛下の仰った通り、未だかつてそのような者がいたことなど皆無だ。だいたい、魔書使いだと? 笑わせてくれるわ。一国をも滅ぼす力とは聞くが、所詮は実態も定かではない夢物語の産物に過ぎん。そのような眉唾物まゆつばものの力なぞ我らの敵ではないわ。我ら魔族は、魔法の扱いにけた種族だ。そのような怪しげな力など恐るるに足らんな」

 激しい口調で責め立てるカンバニルとは対照的に、ツグナは終始すずやかな顔でそれを受け止める。

「陛下の手をわずらわせるまでもない。陛下、私が直々にこの小僧に思い知らせてやりましょう」

 ツグナの態度がよほど頭に来たとみえ、カンバニルは自ら戦う役目を買って出た。

「カンバニルはああ言っているけれど……どうする?」
「どうする……とは?」

 シュルの言葉をオウム返しして、ツグナはその真意を問う。
 リシュルはさらに話を続けた。

「つまり、彼の提案に乗ってはくれないか、ということよ。私としては直接貴方と戦うこともやぶさかではないのだけれど、折角彼が意欲を見せているのだから、その思いを無下にしたくはない。それに、私は貴方個人の力もさることながら、貴方の魔書によって生み出された従者たちの力にも興味があるの。実際に相対するよりも、彼と戦っているところを見た方が、貴方の言う『間違い』を冷静に判断できると思うのだけど?」
「……」

 リシュルの話を聞き終えたツグナは、しばし黙った後、おもむろに口を開く。

「なら……彼が陛下の名代みょうだいとして戦うことを宣言してもらおうか」

 名代とはこの場合、国家の代表となることを意味する。それをリシュルから直接指名させることで、後から言いがかりをつけられるのを防げる。

「分かったわ。では……われ、リシュル=メフィストバルの名において命ずる。カンバニル=オルグラント、貴殿は我の名代としてツグナ=サエキと戦え」
「はっ! 必ずや勝利をこの手に!」

 うやうやしく頭を下げるカンバニルを、ツグナたちは黙ったまま眺めていた。


   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 カンバニルに近づいたツグナは、早々に本題を切り出した。

「それで? どうやって勝敗をつける?」

 その不遜ふそんな言葉と態度に、カンバニルは眉根を寄せるも、ツグナの表情はいささかも変わらない。その瞳に宿った「せてやる」という意志を読み取ったカンバニルは、鼻で笑った後に口を開いた。

「勝つつもりでいるのか。あわれな……ならば、互いに三名ずつを選出し、それぞれ戦うのがよかろう。三戦中二戦を制した方を最終的な勝者と認定するのだ」
「ふぅん、なるほどね。だが……途中で引き分けがあった場合はどうする?」

 ツグナが疑問を挟むと、カンバニルは「そんなことがあるはずもないだろう」と若干不愉快そうな態度を見せて答える。

「ふむ……では私とお前の戦いを最終戦として、その勝敗を決着にするのはどうだ。それと、陛下はお前のユニーク魔法に興味を示しておられるようだからな。そちらの他二名はお前のの中から選ぶがいい」

 意図的に強調したカンバニルに、ツグナは一瞬だけ眉を吊り上げたものの、結局何も言い返さずに目で続きを促す。予想に反して突っかかってこなかったことにしらけたのか、カンバニルは淡々とその先を告げていく。

「得物は自由、ただし相手を殺せば負けとする。どんな怪我をさせようが生きていればよい。どちらかが降参の意を表明すれば、そこで試合は終了だ。異論は?」
「いや……分かった。それでいい」

 最低限の言葉でもって条件を確認すると、ツグナは回れ右をして、後方にいるリルたちのもとに帰っていく。

「フン、生意気なガキめ……こんなガキがあの『紫銀』の弟子だと? それに妖精族の娘に加え、狐の獣人に赤髪の人族とは……節操せっそうがないとはこのことだな。ユニーク魔法と魔書を所持すると聞いてどんな奴かと思っていたものの――これはとうとう『紫銀』の目もくもったか」

 カンバニルの呟きはツグナの耳にも届いたが、ツグナはそれにもいちいち突っかかることはせず、ただ口角をわずかに上げるのみ。
 しかしその微笑みの裏、腹の底では、自分でも抑えが利かないほどの黒い感情が渦巻いていた。黒光りする瞳の奥に、宝玉の如き輝きが宿る。その目つきはまるで獲物を狙う肉食獣のように鋭いものになっていた。
 ――徹底的に、容赦なく。
 ――自らが犯した過ちの意味を叩き込むまで。
 いつしか口が裂けんばかりの凶悪な笑みを浮かべながら、ツグナは「さてどうしようか」とメンバーの選定方法を考え始める。
 そうしたツグナの身体からほとばしる怒りを読み取っても、従者たちの中には誰一人として逃げ出す者はいない。むしろ「ヤツらを倒すのは自分だ」とばかりに闘志をむき出しにしている。
 カンバニルに対する怒りが心中に渦巻く中、自分と心を同じくして戦ってくれるリルたちの存在が、ツグナは素直に嬉しかった。
 両者の思惑をよそに時間は過ぎ去り――そして戦いの幕は上がる。


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