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第二話 紅梅

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「はあ……」
 なんとなく憂鬱な気持ちは、朝もずっと続いた。この世界に来てからこんなに落ち込んだのは初めてかもしれない。そもそも今まで落ち込む暇もなかったので。
 男妓というのは魅力があってしかるべきだろう。容姿はもちろん、書画や音楽、文才、会話のセンス、そして閨での才能まで。ゲームの雪柳には閨の才能はあったと思う、なにしろ主役だし。でも今の俺にはそれはないし、他だって何もできない。改めて、俺は無力だ……。って、当たり前なんだけど。
「どうしたの? 雪柳」
 手ぬぐいを絞りながらため息をついた俺を、秋櫻が下から見上げてきた。色素の薄い目が陽の光を浴びてきらめく。
「うん……。俺、何にもできないなって……」
 弱音を吐いてしまった。昨日、洸永遼の相手をして感じた無力感。責められたわけでもないのに、妙に心が重かった。まるで、一般人なのにステージに立っているような気分だった。すると秋櫻はぱあん!と軽く音を立てて、俺の肩を叩いた。
「なに言ってるの! 雪柳は来てすぐなんだから、何もできなくていいんだってば!」
 明るい声に救われる。顔を上げて秋櫻を見た。今日もキラキラのアイドルスマイルだ。これくらい可愛ければ、存在それ自体に意味がある気もする。
「それに、程将軍も洸さんも、すごい上客なんだよ? 入ってすぐにすごいじゃない!」
「……うん。でも、俺……。ただそこにいるだけでさ。秋櫻みたいに存在自体がかわいいわけでもないし」
 すると秋櫻は驚いたように目をしばたたかせ、「あはっ」と笑った。
「面白いこと言うね! 実際選ばれてるのは君なんだから。自信持って」
 うん、と頷いた。……洸永遼には、次呼ばれるかはわからないが。
 秋櫻はにこにこしながら、パン!と音を立てて手ぬぐいの形を整え、干す方の桶に入れた。そしてまた濡れた手ぬぐいを絞り始める。
「洸さん、一年ぶりにここに来たんだって。もうすぐ西からの隊商が戻ってくるらしいよ。洸さんのお店の大きな隊商でね、戻ってくると街中がお祭り騒ぎになるんだって!」
 秋櫻の声が華やぐ。花祭りが終り、次の楽しみが欲しい時期なのだろう。
「見たこともない外国の商品がたくさん入ってくるみたい。僕はここに来て初めてだから、楽しみだなあ」
 馬での移動がメインのこの世界では、移動にも随分時間がかかることだろう。西のほうにあるのはトルコあたり、その先はヨーロッパなのだろうか。この世界のことはよくわからないが、なんとなく世界地図は似通っている気もする。
 楽しげな秋櫻の様子に癒されて、俺もまた笑った。とりあえずできることをやる。今の俺にはそれしかないのだから。
 すると、秋櫻がふと首を傾げて言った。
「っていうか、雪柳、朝の仕事はしなくていいよ? 僕と皐月兄さんでやるから」
「あ……」
 ……すっかり忘れてた。

 皐月がやってきたので洗濯を替わり、部屋に戻る途中で、鶴天佑に声をかけられた。
 なんと洸永遼は意外にも満足して帰ったそうで、鶴天佑はにこにこしながら俺にずっしり重い袋をくれた。
 覗いてみると、銅貨が見たこともないくらいたくさん入っていた。嬉しくなって礼を言うと、鶴天佑が頷く。
「有り難いのは俺のほうだ。洸さん、いつになく楽しそうだったぜ」
「それは、よかったです」
 イマイチ信じられないが、とりあえずお金はもらえた。しかも昼まで自由時間だ。昨日はたっぷり寝たから体も元気だし。
 ふと、手の中のお金を見た。これがあればあの手鏡を買えるかもしれない。俺は準備をして、街に出かけることにした。
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