上 下
46 / 77
第二話 紅梅

9-2

しおりを挟む
「あの……『紅梅』のことなんですが」
 洸永遼の父親の想い人。そして、いまは菓子店の店長ではないか、という疑惑について。すると洸永遼は頷いた。
「うん。調べてきた。まずは聞いてもらえるか?」
 彼はきりりと表情を引き締め、姿勢を整えて俺を見た。
「まず、白淘嘉だが。母に聞いてみたら知っていたよ。大禍の時、州都に住んでいた俺たちは、父を残して王都に避難したんだが、一緒に避難した中にいたそうだ。俺たちが帰還したあとも、彼は王都に残って自分の店を開いたらしい。聞いてみたとき、母は全く平常通りだったから、白淘嘉に対してはなんの疑惑もないようだったな」
 州都は西流という街で、ここからは馬車で行けるところにあるらしい。一方王都の央樹は遠く、何日もかかるそうだ。前に秋櫻に教えてもらった。
「『紅梅』という男妓と関係があった、と思ってらっしゃるからかもしれませんね」
 そう言うと、洸永遼は頷いた。
「そうかもな。『紅梅』は、鶴汀楼には現役でいそうな名前だし。現に、紅梅以外の名はほぼ継承されている」
 洸永遼は立ちあがり、部屋の隅に置いた風呂敷包みから数冊の冊子を取り出してきて、俺に見せてくれた。
「これは父が日常的に使っていた帳面と、店の帳簿だ。ちょうど大禍の前後、汀渚の街に関わるものを抜いてきた」
 それは厚紙の表紙で綴じられた冊子だった。洸永遼が開くと、黄ばんだ紙に、丁寧に描かれた漢字の羅列が見えた。乱れのない美しい楷書は、故人の几帳面な性格を思わせた。
「父は帳面に、その日の予定だけではなく、起こった出来事も記録していた。『紅梅』が人名だと思っていたから見逃していた部分があった。ここだ」
 彼は長い指である文章を指さし、読み上げた。
「『紅梅』が完成した。美味」
 俺は思わず息を呑んだ。……これはビンゴだろう。
「これ以降、紅梅という言葉が頻出するようになる。そしてどうも、紅梅は人を差すのでは、と思ったんだ」
 彼は指で「紅梅」の文字を次々と指していく。多少のずれはあれど、ほぼ週1くらいで会っていそうだ。故人のプライベートを詮索するのはなんだか申し訳ない気がするが。
「あれ?」
 ふいに、ページが雑に破り取られているのに気づいた。こんなに几帳面な文字を書く人が、こんなに雑に破くだろうか。
「洸さん。このページ、何が書かれていたんですかね?」
 ページを見せると、洸永遼は前後の日付を確認し、「ああ、そこか」と言った。
「大禍の始まった日、だな。思い出すのも嫌だったんだろう」
「……なるほど」
 ……周期的に言えば、おそらくこのあたりでも二人は会っている筈だが……。しかし破れたページのあと、紅梅の文字は消えた。戦争があったというから、それどころじゃなくなったんだろう。
「大禍をきっかけに、離れ離れになったんですかね……」
「かもしれない。そして」
 彼はもう一冊を取り出し、開いて見せる。
「これは大禍の前の、うちの店の取引実績だ。同じく『白点心舗』という名前の店と取引がある。うちからは砂糖や、製菓の材料を卸していたよ」
 卸した品物名らしき漢字の羅列の間に、「白点心舗」の文字が見えた。落雁の材料ってなんだろう。砂糖、粉……紅梅にするのであれば、赤い色。
「あの……この材料の中に、食べ物に色を付けるものはありますか?」
「色?」
「はい。えっと、紅花とかなのかな。着色料っていうんですかね。『紅梅』を作るには、赤い色が必要でしょ?」
「着色……料」
 洸永遼はくちびるに手を当てて考えると、冊子をめくり始めた。そして呟く。
「……あった、たとえばこれだ。紅麹」
 紅麹。確かに聞いたことがある。洸永遼は文字を指でなぞりながら、頷いて言った。
「確かに、材料的にはあの菓子が作れそうだ。やはり白淘嘉は『紅梅』を作っていたんだろうな。材料について相談するうちに、父と親密になったのか……」
 俺も頷いた。……とはいえ。元の世界では、男同士の密会と言えば恋愛関係よりは賄賂とか、悪巧みの方が多かった気がする。
「……でも、お父上は、その。男性に恋愛感情を抱く方だったんでしょうか」
 すると洸永遼は首を傾げて不思議そうに俺を見た。
「恋愛感情は誰にでも抱くものだろう。男も女もない」
「…………そうですか」
 これは彼が恋愛脳だからか、それともこの世界の常識なのか。しかしどちらにしても、なんだかすごく自由でいいな、と思った。すると洸永遼が帳簿を閉じて言った。
「……これ以上はもう何もなさそうだな。……明日、直接白さんに聞いてみようか」
「……はい」
 頷くと、彼は大きく息を吸って、はあ、とため息をついた。
「でもどうやって? あなたは父の恋人でしたか? なんて聞けないよな」
「……この押し花はあなたのものか、って聞けばいいんじゃないですか。お父上の大事なひとに、押し花が届けばいいんですから 」
 すると彼は目をしばたたかせ、俺の額をちょんとはじいた。
「冴えてるな。私のかわいい雪柳は」
「……ありがとうございます」

 真波さんと同じく、彼もまた俺を抱いて眠った。違う香のかおりは、別の人と寝ていることを感じさせる。それでも嫌な気持ちはしなかった。彼は俺に手を出してくることはなく、暖かな温もりの中で、俺は健やかな眠りについたのだった。……のだが。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】モブなのに最強?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,252pt お気に入り:4,544

婚約破棄をスルーするコツ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:8

私のバラ色ではない人生

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:116,593pt お気に入り:5,427

【完結】あなたにすべて差し上げます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,003pt お気に入り:5,700

皇白花には蛆が憑いている

LW
キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:20

妹と結ばれなかった俺は世界征服始めました。

青春 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

第二王女の婚約破棄

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:136,449pt お気に入り:4,429

ブルーと怪物たち(ネタ帳)

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...