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第四話 鈴蘭《七夕節の青》
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「え……」
胸がひやりと冷える。俺は今まで彼と会っていたとき、どんな風だったんだっけ。意識しすぎて思い出せない。客であり恋人であるこの人と、どう過ごしていたのかを。
「……あ」
うまく言葉にできなかった。鈴蘭から言われたこと。洸永遼との時間。俺の気持ち。
きゅっと、彼の衣の袖を握った。そして下から顔を見上げる。
「僕は……あなたと、こう、したくて」
その気持ちは嘘じゃなかった。男妓だからとか、罪悪感とか、そういうのは置いておいて。ただ彼にくっつきたいと思った。だから。
「いや、ですか?」
問いかける声はかすれた。俺の心中なんて、彼は知らなくてもいい。重ねる肌の熱さで、すべて忘れさせて、何も考えられなくしてくれたらいい……。
「嫌なわけ、ない」
見つめあったのは一瞬で、唇がふさがれた。あたたかな唇の感触にほっとする。唇を開いて彼の舌を誘い込む。
「ん……ふ」
熱い舌を口内に感じて体の奥が熱くなる。唇は離れることなく、口づけられたまま押し倒された。その背中に手を回し、抱きしめる。やがて唇は離れ、首筋に口づけられた。
「あ……」
胸がまたどきどきとうるさい。ひよこのリュウは全く現れなくなってしまった。俺がこういう行為に慣れてきたからだろうか。
帯が解かれ肌が空気にさらされるのを感じる。唇は首筋からじょじょに下に降りていき、くすぐったさに身をよじる。彼の唇、彼の指、それらが触れる場所すべてが、たまらなく熱い。
……しかし。
ふと、彼が動きを止めた。腕を支えに身を起こし、俺を上から見つめる。その目には困惑の色が浮かんでいた。
「……雪柳」
「え……?」
わけがわからず彼を見上げた。彼はそっと俺の首筋から肩へと指を滑らせる。そして肩の一点をそっと撫でた。
「これ……」
「……なに?」
首を曲げて肩を見た。角度的に何も見えないが、ふと思い出した。……昨日そこに感じたかすかな痛みを。 はっとして目を見開く。洸永遼が残した痕に、真波さんは気づいた……?
「あ……」
さあっと身体が冷たくなるのを感じた。
……どうしよう、どうすればいいんだろう。
洸永遼と夜を過ごした罪悪感で、今日は真波さんにとびきりサービスしようと思っていた。まあ思っていただけで空回り中なんだけど。なのにこれじゃ逆効果だ。最悪だ……。
すると真波さんは、俺の額に手をやり、前髪を分けて、俺の目を見つめた。
「……今日、上の空だったのは、これが原因か?」
その言葉にはっとした。気づかれていた……。
「ごめ、んな、さい……」
謝罪の言葉は自然とこぼれた。何への謝罪なのかわからない。けれどどうしていいかもわからなかった。しかし真波さんはそのまま俺の額に口づけた。やわらかな唇を額に感じて、目を見張る。
「謝らなくていい」
その唇は、そのまま俺の目元に落とされた。
「泣かなくても、いい」
……俺は別に泣いていない、と思う。けれど、涙ぐんでいることを気づかれてしまったのだろうか。
「これをつけた男に苛立ちはするが……。君のせいじゃない」
真波さんはそう言うと、俺の横に身を横たえ、ぎゅっと俺を抱きしめた。
「君が今男妓であることも、わかっているつもりだ。けれど……やはり、心は波立つものだな」
彼の言葉の行く末がわからなくて不安になる。怖くて自分の衿元を掴むと、彼はその手を掴み、俺の目を覗き込んだ。そして呟くように言う。
「……だから」
至近距離で見つめあう。優しく髪を撫でながら、彼は囁くように続けた。
「男妓を好きになるということを、私は学ぼうと思う」
その言葉に……思わず目を見開いた。
「学ぶ、ですか?」
すると彼は頷いて言った。
「ああ。私も……客として成長しなくては。私はどうやら……君を独占したいと思っているようだから」
心の中に、あたたかな何かがじわりと染みた。この人は、まじめな人だ。愚直に、目の前のことを受け入れて、理解しようとする。こういうところに、俺は惹かれた。
「ありがとう、ございます。僕も……男妓であることと、あなたを好きでいることを、どう両立していいのか、わからなくて」
ようやく、心のもやもやを言うことができた。真波さんは頷いて、俺の目を覗き込む。
「君は君のままでいい。私の前で……男妓であろうとしなくてもいいし、男妓であることを、後ろめたく思う必要もない。私は、男妓ではない君を好きになった。いずれ男妓になる君を」
目の前の霧が晴れていくような気がした。彼の前では、俺はいつもの俺でいい。甘いと言われても、お客である彼がそう言ってくれるなら、それでいいのだ。
「嬉しい、です」
彼の背中に腕を回した。ぎゅっと体を密着させる。今日は一緒にいても、どこか彼が遠い気がしていた。けれどいま、その距離は埋められた気がした。
「君と触れ合うのは、心地いい。けれど私は……こうして君と過ごせるだけで、幸せだ」
俺の髪を撫でながら彼が言う。とくとくと早い心臓の鼓動を感じながら、頷いた。
「僕も……幸せ、です」
そうして俺たちは抱き合って眠った。初めてともに夜を過ごした、花祭りの夜のように。
欲望の波にさらわれるような夜もあれば、こうしてふたりでただ、抱き合って眠る夜もあっていい。
恋人同士のかたちというのは、きっと人それぞれで。男妓と客の恋にだって、正解なんてないのだから。
胸がひやりと冷える。俺は今まで彼と会っていたとき、どんな風だったんだっけ。意識しすぎて思い出せない。客であり恋人であるこの人と、どう過ごしていたのかを。
「……あ」
うまく言葉にできなかった。鈴蘭から言われたこと。洸永遼との時間。俺の気持ち。
きゅっと、彼の衣の袖を握った。そして下から顔を見上げる。
「僕は……あなたと、こう、したくて」
その気持ちは嘘じゃなかった。男妓だからとか、罪悪感とか、そういうのは置いておいて。ただ彼にくっつきたいと思った。だから。
「いや、ですか?」
問いかける声はかすれた。俺の心中なんて、彼は知らなくてもいい。重ねる肌の熱さで、すべて忘れさせて、何も考えられなくしてくれたらいい……。
「嫌なわけ、ない」
見つめあったのは一瞬で、唇がふさがれた。あたたかな唇の感触にほっとする。唇を開いて彼の舌を誘い込む。
「ん……ふ」
熱い舌を口内に感じて体の奥が熱くなる。唇は離れることなく、口づけられたまま押し倒された。その背中に手を回し、抱きしめる。やがて唇は離れ、首筋に口づけられた。
「あ……」
胸がまたどきどきとうるさい。ひよこのリュウは全く現れなくなってしまった。俺がこういう行為に慣れてきたからだろうか。
帯が解かれ肌が空気にさらされるのを感じる。唇は首筋からじょじょに下に降りていき、くすぐったさに身をよじる。彼の唇、彼の指、それらが触れる場所すべてが、たまらなく熱い。
……しかし。
ふと、彼が動きを止めた。腕を支えに身を起こし、俺を上から見つめる。その目には困惑の色が浮かんでいた。
「……雪柳」
「え……?」
わけがわからず彼を見上げた。彼はそっと俺の首筋から肩へと指を滑らせる。そして肩の一点をそっと撫でた。
「これ……」
「……なに?」
首を曲げて肩を見た。角度的に何も見えないが、ふと思い出した。……昨日そこに感じたかすかな痛みを。 はっとして目を見開く。洸永遼が残した痕に、真波さんは気づいた……?
「あ……」
さあっと身体が冷たくなるのを感じた。
……どうしよう、どうすればいいんだろう。
洸永遼と夜を過ごした罪悪感で、今日は真波さんにとびきりサービスしようと思っていた。まあ思っていただけで空回り中なんだけど。なのにこれじゃ逆効果だ。最悪だ……。
すると真波さんは、俺の額に手をやり、前髪を分けて、俺の目を見つめた。
「……今日、上の空だったのは、これが原因か?」
その言葉にはっとした。気づかれていた……。
「ごめ、んな、さい……」
謝罪の言葉は自然とこぼれた。何への謝罪なのかわからない。けれどどうしていいかもわからなかった。しかし真波さんはそのまま俺の額に口づけた。やわらかな唇を額に感じて、目を見張る。
「謝らなくていい」
その唇は、そのまま俺の目元に落とされた。
「泣かなくても、いい」
……俺は別に泣いていない、と思う。けれど、涙ぐんでいることを気づかれてしまったのだろうか。
「これをつけた男に苛立ちはするが……。君のせいじゃない」
真波さんはそう言うと、俺の横に身を横たえ、ぎゅっと俺を抱きしめた。
「君が今男妓であることも、わかっているつもりだ。けれど……やはり、心は波立つものだな」
彼の言葉の行く末がわからなくて不安になる。怖くて自分の衿元を掴むと、彼はその手を掴み、俺の目を覗き込んだ。そして呟くように言う。
「……だから」
至近距離で見つめあう。優しく髪を撫でながら、彼は囁くように続けた。
「男妓を好きになるということを、私は学ぼうと思う」
その言葉に……思わず目を見開いた。
「学ぶ、ですか?」
すると彼は頷いて言った。
「ああ。私も……客として成長しなくては。私はどうやら……君を独占したいと思っているようだから」
心の中に、あたたかな何かがじわりと染みた。この人は、まじめな人だ。愚直に、目の前のことを受け入れて、理解しようとする。こういうところに、俺は惹かれた。
「ありがとう、ございます。僕も……男妓であることと、あなたを好きでいることを、どう両立していいのか、わからなくて」
ようやく、心のもやもやを言うことができた。真波さんは頷いて、俺の目を覗き込む。
「君は君のままでいい。私の前で……男妓であろうとしなくてもいいし、男妓であることを、後ろめたく思う必要もない。私は、男妓ではない君を好きになった。いずれ男妓になる君を」
目の前の霧が晴れていくような気がした。彼の前では、俺はいつもの俺でいい。甘いと言われても、お客である彼がそう言ってくれるなら、それでいいのだ。
「嬉しい、です」
彼の背中に腕を回した。ぎゅっと体を密着させる。今日は一緒にいても、どこか彼が遠い気がしていた。けれどいま、その距離は埋められた気がした。
「君と触れ合うのは、心地いい。けれど私は……こうして君と過ごせるだけで、幸せだ」
俺の髪を撫でながら彼が言う。とくとくと早い心臓の鼓動を感じながら、頷いた。
「僕も……幸せ、です」
そうして俺たちは抱き合って眠った。初めてともに夜を過ごした、花祭りの夜のように。
欲望の波にさらわれるような夜もあれば、こうしてふたりでただ、抱き合って眠る夜もあっていい。
恋人同士のかたちというのは、きっと人それぞれで。男妓と客の恋にだって、正解なんてないのだから。
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