【完結】鶴汀楼戯伝~BLゲームの中の人、男ばかりの妓楼に転生する~

鹿月

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第四話 鈴蘭《七夕節の青》

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 翌朝、真波さんを見送って、鶴天佑に報告に行った。肩に残っていた噛み跡のことを話すと、鶴天佑は凛々しい眉を潜め、俺の衿元を開いて肩を見た。
「……ったく。洸さんは知ってるはずなんだがな。男妓の体には傷も跡も付けちゃいけないって。そりゃ、盛り上がってるときにたまたま付く傷はあるが。こりゃ確信犯だな」
 むむむ、と唸る。そして独り言のようにつぶやいた。
「あのお人は遊び心のある風流人だが、苛烈な商売人でもあるからな……。ほしいものは何としてでも手に入れる。……それとなく注意しておく」
 その言葉にほっとして頭を下げた。しかし、昨日は結局、雨降って地固まるというやつになったので、むしろよかったのかもしれない。

 そして日々は慌ただしくすぎ、俺は呉炎翔との約束の日を迎えた。別れ際に、7日後の同じ時間に同じ場所で、と約束してしまったため、またあのお堂で待ち合わせだ。しかしお堂で話をするのはやめて、お堂のそばの、疏水のほとりのベンチにすることにした。
 定刻に呉炎翔はやってきて、俺たちは連れ立ってベンチに向かった。この街には大通りを挟むようにして疏水が流れている。それぞれの店の生活用水なので、水はとてもきれいだ。下水は下水で別に整備されているらしい。
 夏の夜だが、疏水を流れる水音は涼しげで、川面からひんやりと冷たい空気が立ち上っている。ベンチからは町の灯りと、行きかう人々がよく見える。ここでなら何も危ないことはないし、見かけられても、ただ座って話をしているだけだから誤解されることもないだろう。
 突然の場所変更も特に気にした様子もなく、呉炎翔は俺の隣に座った。ベンチのそばには灯籠が立っていて、その明かりが川面を照らしていた。その様子を見つめながら、呉炎翔がぽつりと言った。
「……懐かしいです」
「え?」
「こんな夜に、川のほとりで、凛怜と過ごしました。木の切り株に座って」
 突然の話題に驚いたが、鈴蘭との思い出のようだし、続きを促すことにした。
「夜に、ですか? どうして」
 すると彼は俺のほうを見て、微笑んだ。
「蛍火虫、ですよ。僕の故郷には明るい光を放つ蛍火虫がいて、この時期はいつも、二人で夜を待っていたんです」
「ケイカチュウ……?」
 文脈から考えて、蛍のことだろう。俺はあまり見たことがないが、水のきれいなところにいるという。二人の故郷は、自然の豊かなところだったのだろう。
「昔、二人でよく取りにいったんです。凛怜の髪に蛍火虫が止まると、まるで光る髪飾りみたいで、綺麗だったな……」
 懐かしそうな口調で語る。しかしすぐに、はっとした様子で俺を見た。
「すみません。どうでもいい話を」
「いえ……」
 そして彼は体ごと俺を見て、言いづらそうに言った。
「……あの……凛怜は、なんて? 石は返してもらえましたか?」
 透き通るような白目の美しい瞳が、祈るように俺を見る。胸の痛みを感じながら、「すみません」と言った。
「……石は、受け取れないって。……あなたに会えない理由も、教えてもらえなかった」
 一瞬、彼の表情が歪んだ。体の向きを前に戻し、広い肩を竦めてうつむく。
「そう、ですか」
 ほぼため息みたいな小さな声。その彼の前に、石を差し出した。
「一度あげたものだからいらないって。だからこれは、お返しします」
 彼は無言で石を受け取った。
「わかりました……」
 ため息とともにつぶやき、石を手の中に握り込む。
「……まるで、彼の目みたいですよね」
「え?」
 意外な言葉に、思わず間抜けな声を上げると、彼は小さく笑った。
「綺麗な青い目。これを見る度に、彼を思い出していました。……彼はね、僕の初恋なんです」
「……そう、でしたか」
 突然始まった告白に、俺は若干しどろもどろになりながらも、話を聞くことにした。俺に今できることは、それくらいしかない。
「初めて凛玲がうちにきたとき。母親の後ろから顔を覗かせた彼に、見とれました。大きな青い目に、ふわふわの金色の髪をしたかわいい子。最初は女の子だと思ってたんです。話しかけたくて、でも恥ずかしくて。いつもちらちら陰から見てた」
 かわいらしい初恋の思い出に、思わず微笑む。
「僕は小さくて弱い子供で。その頃はよく、近所の子にいじめられていました。そんなあるとき、いつものようにからかわれていた僕の前に、彼が飛び出して来たんです。『坊ちゃんをいじめるな!』って。その剣幕に驚いて、いじめっ子たちは逃げ出していきました。それが、彼の声を聴いた最初でした」
 呉炎翔の口調には、愛しさがこもっていた。この子は本当に、鈴蘭を慕っていたのだな、と思う。そんな彼を、鈴蘭はどうして、あんなにも冷たく突き放したりするんだろう。そんな俺の疑問はつゆ知らず、呉炎翔は続ける。
「彼が言葉を発しなかったのは、言葉がわからなかったからだと、その時知りました。僕がいじめられているのを見て、一生懸命、静止の言葉を覚えたんだって。……その日から、僕は彼に言葉を教えるようになって。そのうち一緒に勉強をするようになりました。彼は頭が良くて……。僕よりもはるかに覚えが早かった。いつの間にか、僕のほうが教えを乞うようになるくらいに」
 そういえば鈴蘭は博識で町の情報にもさとく、本もよく読んでいるそうだ。その陰には、そんな過去があったのか。
「鈴蘭さんは、物知りですよね」
 言ってみると、彼はうれしそうにうなずいた。
「そうなんです。彼が奴婢の子じゃなければ……童試を受けたのは、彼だったかもしれません。だけど、奴婢は童試を受けられないから……。それでも彼は、喜んでくれたのに。本当は嫌だったのかな……」
 楽しそうだった彼の表情が、しゅんと沈む。手の平の石を転がして、ため息をつく。
「僕が何かしたのなら……謝りたかった。だけどそれすら、できないんですね」
 ぐっとその手が握りしめられる。その心中を思うと、胸が苦しくなる。けれど俺には、何もできない……。
「せめて一目、会いたかったな……」
 彼は……今でも鈴蘭、いや凛怜を好きなのだろうか。それとも兄弟のように思っているのかもしれない。いずれにせよ、会いたいと思う気持ちに嘘はないだろう。
「あ」
 そのとき、気づいた。
「七夕節の夜なら……一目見ることは、できます」
「……え?」
「兄さんたちの舞台があるんです。踊りの舞台だけど、街の人も見られるって」
 彼はぐっと体ごと俺のほうを向いて、目を輝かせた。
「それは、特別な許可はなくても、見られるんですか?」
「ええ。遠くからかもしれないけど」
 ぱっと、その顔に笑みが浮かぶ。そして俺に拱手した。
「ありがとうございます。絶対に見に来ます。それと……」
 彼は顔を上げ、拳を開いて手のひらの石を俺に見せた。
「これは、あなたが持っていてください。あなたに幸福があるように」
 石を渡されて、驚いた。
「でも、これは大切なものじゃ」
「ええ。でも……あなたが持っていてくれれば、鶴汀楼にも福があるかもしれないし。ひいては凛玲にも。……なんて、下心があって、すみません」
 へへ、と少年のように笑う。
「ありがとうございました。あなたのおかげで、心が楽になりました」
 まっすぐなその目に、また胸は疼いた。俺はなにも出来なかった。ただ彼に無駄に期待をさせただけで。
 彼と別れたあとも、心に重石が沈んだようなその思いは、軽くなることはなかった。
 どんなに思っても、どうにもならないことはある。俺にできることは、もう何もないこともわかっている。決して踏み込めない領域があることも。
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