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脈動

伏魔殿

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 王城内大議場 関係者以外立ち入り禁止


「我々の未来のためにも研究は大いに結構。しかしだ、あまりにも予算が多すぎやしないか。現状維持で全く問題あるまい」

「それは違う。新たなスライムコアが見つかった今、全力を上げて競り落とし、全霊で解明に向けた研究を進めるべきだ」

「どこぞの商会が競り落としたのを差し出ささせれば金はかからん。それに早急にすべきものでもない。不要だ不要」

「法を蔑ろにするつもりですかな、リーツ卿」

「私は国の財布の話をしている。ローゼンミュラーの若造にはわからんか」

 売り言葉に買い言葉。白髪の老人と金髪の若い男が議場の前方で論戦と言うにはいささか程度の低い言い争いを行っている。

「そういえば、ローゼンミュラー新侯爵殿の婚約者は、魔法研究を束ねるベッセル家のお嬢様ではなかったですかな?」

「何が言いたい」

「いえいえ、私は何も。ここは多数決の場です。皆が思ったことで全てが決まるのです」

 あたかもローゼンミュラーが利益誘導をしようとしているかのような空気感が広がり、他人事のように眺めていた他の貴族たちは小声で近くの者と話し始めた。

「そういえば、先日リーツ卿と若い女が歩く姿を見たという噂がありましたけど.....」

 老人が顔を真っ赤にする。

「貴様何を言っている」

「皆様に判断して頂くのでしょう」

「ふん。どの道貴様とベッセルとの関係に変わりはない。なんとでも言うがいい」

「でしたら、石炭、木炭を扱う商会長と最近多く会談されているお話をさせて頂いてもよろしいですか」

 今度は顔を青くする。

「それがどうした。次の冬に向けた商談だ。何も不自然はない」

「そうですか、魔力増幅炉ができれば、石炭は無限の魔力に取って代わられる。それを恐れた商会があなたに泣きついた。という話しは事実無根の嘘だということですね」

「ああ。全く知らん話だ。バカバカしい」

 ローゼンミュラーは議論を吟味している貴族の方を向き、大きな声で宣言する。

「王国法第十二条二項の発動を求める」

「バカか。疑い程度でそのようなことをすれば、ローゼンミュラー家が滅ぶぞ」

 貴族が王国の国益を意図的に損なった場合に、処分を行うことを規定した第十二条二項。この瞬間、議会は裁判所へと姿を変えた。たかが予算の審理だとつまらなそうに聞いていた貴族たちも、この展開には驚き、ざわめきは遥かに大きいものとなった。

「ローゼンミュラー侯爵の求めにより、リーツ侯爵に対する審議を開始する。ローゼンミュラー侯爵は直ちに疑いの証拠を明らかにすること。リーツ侯爵にはそれに反論する権利が与えられている」

「私が用意した証拠は、リーツ家使用人からの証言です。執事である彼は、商会の者から金貨の多く入った袋をあなたが受け取るのを見たと言います」

「平民の証言など、大した証拠に値しないことを知らぬ貴様ではあるまい。私はそのようなものを受け取ってはないない。執事が嘘をついているだけだ」

「では商会側の会計を任されている者からの証言はどうでしょう。金庫から不自然に取り出された形跡があると、帳簿とともに証言を得ました。またその額を袋に入れたところ執事の男が見たとする大きさとほぼ一致するということです。渡した側、受け取り側、双方の言い分は一致しており、これはリーツ侯爵が賄賂を受け取った証拠に十分なり得ます」

 リーツは俯き、老化で衰えつつある頭を回す。が返す言葉は見つからない。

「リーツ侯爵の反論がないようですので、投票に移ります。リーツ侯爵が賄賂を受け取ったという疑惑について第十二条二項の適用が認められるとされる方は起立をお願いいたします」

 議長の言葉と同時に七割ほどの貴族が立つ。

「嘘だ、私はやってない」

 顔を真っ白にし、そうつぶやき続けるリーツだが、どれだけ絶望しようと結果が変わることはなかった。

「賛成多数によりローゼンミュラー侯爵の言い分を認め、リーツ侯爵には罰が与えられる。また、処分が下るまで議場への立ち入りを禁ずる」

 議長の宣言と同時に現れた衛兵がリーツを両側から掴むと外へと連れていった。

「皆様が聡明であったことに感謝いたします。それでは引き続き魔力増幅炉研究に関する予算の議論を行いたいのですが、どなたか意見はございますか?」

 反研究予算増の筆頭格であったリーツが議場を去った今、明確に反対する意志を持ったものはいなくなっていた。そもそも貴族にとって予算が増えようと自らの懐が痛むわけではない。気にするものは少なかった。

「それでは議長。決を取っていただけますか?」

「ローゼンミュラー侯爵の求めに応じ、魔力増幅炉研究に関する予算増加を認める方は起立を」

 先程と同程度、約七割が立ち上がったことで、予算の増加は正式に決定された。

「ありがとうございます」

 ローゼンミュラーは議長、貴族たちの方に頭を下げて自らの席へ戻って行った。

「続いて外務大臣メルツァー伯爵より報告です」

 小太りの男が立ち上がり、前方へとゆっくりと向かう。

「ご紹介に預かりました。メルツァーです。昨今の外交事情について報告を行うと共に皆様の屈託のない意見を伺いたく思います」

 大きな拍手が起きる。

「まず、南部小国家群では多少の小競り合いが起こっているものの、安定した状態を保っており、王国としては中立を維持する方針です。一方、巨大湖対岸の帝国では皇帝急死に伴う反乱の可能性ありと密偵より報告がありました。周辺国家との融和を掲げる第二王子を公に支持し、最大限の支援を行う計画を立案中です。エンデ大山脈以北については沈黙を守っており一切の情報がありません」

 数人の貴族が議長に発言を求め挙手をする。

「マルツ男爵。発言を許可する」

「ご報告感謝します。メルツァー伯爵。現在王国内で戦争の恐れがなく安定しており、軍事資源にいくらかの余剰があることは確かです。しかし、陸地で接しておらず直接的影響が少ない帝国へ介入する必要はないのでは。小国家群同様中立を主張するべきだと考えます」

 メルツァー伯爵が手を挙げる。

「メルツァー伯爵。発言を許可する」

「海運技術は日々進歩しております。マルツ男爵の言う通り、現状影響は少ないですが、十年、百年後はどうでしょう。帝国の軍事力は強大です。今手を打つことは過剰ではないでしょう。重ねて申し上げます。未来を見据えて今動く必要があるのです」

「マルツ男爵。発言を許可する」

「わかりました。ですが国内の備えも重要です。規模については更なる協議を要求します」

「いいでしょう。対帝国会議の開催を約束します。議長、皆様方には感謝を申し上げまして、これにて外務大臣としての報告を終了します」

 再び拍手がおくられる。

「只今の報告を持って通年会議最終期審議五日目午前を終了致します。二時間の休憩を挟んだ後に午後の審議を行います」

 議長の宣言と同時に貴族たちは一斉に立ち上がり、各々近くの出口へと歩いていった。

「ローゼンミュラー侯爵殿、午後は参加されますかな?」

「これはこれはオーベル子爵。すみませんが、私は遠慮しておこうかと」

「ギルド関連法に領地貴族の税問題。確かにローゼンミュラー一門には馴染みの少ない議題ですな。これは失礼」

「お気になさらず。では私はこれで」

 教会の盟友にして、王都政治の一角を成す大貴族、ローゼンミュラー侯爵家。その若き頭領は颯爽と議場を後にした。
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