上 下
67 / 222
バックストリア編

66.身勝手な私が娘にしてやれる最後のこと

しおりを挟む
 
 
「デジール、しょうがない弟だよ、お前は」

 「マーガン前哨跡」地下研究所には4つの人影があった。

 身構えるサイラスと黒覆面のデジール。マントに包まれた気絶したエッタ。そして、彼らと相対する闇より現れたベギーアデを名乗る白い髪の女。

「貴重な『神玉』を半分にしちまうとはね。お前は詰めも態度も甘いんだよ」

 返す言葉もない、とデジールは俯いた。

「しかも、その『異世界転生者』を生かしといてやるって? バカじゃないの、あんた」
「だけど、彼女はサイラス師の――」

 抗弁するデジールの足元にベギーアデが1枚の黒光りするコインを投げた。コインは床で砕け、その場に黒い闇が泡立ち始める。

「ベギーアデ、どういうつもり……!?」
「これから姉さんは、サイラスと大事な大事な話があるんだ。先に帰ってな」
「くっ、ベギー……!」

 黒い闇に飲み込まれるように、デジールの姿が消える。さあて、とベギーアデは愛娘を抱きかかえるサイラスに目を向ける。

 裸の娘にマントをかけてやったサイラスは、赤く鋭い眼光を臆せず見上げた。

「さて……『神玉』の力を半分も失った責任、あんたの命で償ってもらおうか」
「責任とな?」

 異なことを、とサイラスは首を振った。

「確証のないままであっても、処置を進めるよう命じたのはベギーアデ、貴殿のはずだ」
「ああ、そうだ。『神玉』を持ち出して、処置を命じたのはこのあたしさ」

 ベギーアデはぺろりと舌を出す。紫色の舌はつぎはぎだらけで、先が二つに割れていた。

「でも、あたしは責任なんて取りたくない。だって、エピテミアが怒るじゃん。何せ『愛の神玉』の力が半分になっちまった今、もう『海の神玉』しかあたしらの手元には残っちゃいない」
「半分あれば、新たな勇者を『造る』ことはできよう」

 サイラスの反論に、ベギーアデは鼻を鳴らした。

「全部ありゃ、もっと強いのができたじゃないか」

 だから、とベギーアデはもう1枚コインを取り出した。

「あんたが独断専行でやったってことにすんの。で、それをあたしが見咎めて、処罰した。完璧なシナリオでしょ?」
「その前にデジールが、貴殿のことを報告するだろう」
「それはないね。デジールはあんたに術を掛けられたってことにする。そしたら、あの弟大好きのエピテミアなら、『精神調整』であんたの記憶を消すだろうよ」

 身勝手な理屈だ。

 サイラスはマントに包んだ愛娘を床に寝かせると、それをかばうように前に立った。

 いや、身勝手は自分も同じだ。さっきまでは殺そうとしていたこの子を、今は生かそうとしている。新たな世界のためとお題目を並べても、こちらの都合で弄んでいることに変わりはない。

「戦うつもり? 研究者風情がさあ!」
「これでも元冒険者だ。ベギーアデ、貴殿のような非戦闘型が相手ならば、一人を逃がすぐらいの術はある」
「ハン! 言うじゃないか! だが、こいつを前にその自信がどこまで続くかねぇ!?」

 ベギーアデは手にしたコインを床に叩きつけるように投げた。コインが割れ、瞬く間に泡立つ闇が広がり、その中から大きな影が立ち上がる。

「む……!」

 サイラスは巨大な影を見上げる。

 獅子の頭に山羊の角を持ち、尻から蛇を生やした、体高10シャト(※約3メートル)はあろうかという巨大な造魔獣キメラ――勇者ヒロキ・ヤマダとこの場所で戦ったというヒノヤマである。

「自分の復元した造魔獣キメラに殺されるなら、本望っしょ?」

 咆哮する魔獣を前に、サイラスは懐から何かを取り出した。

「ん、それは……?」

 サイラスの手の中にあるのは、ねじくれた黒い角だった。

「一人を逃がす術はある、と言ったはずだ。それは、何を前にしようと変わらぬ――」



 その日、「マーガン原生林」の上空を飛ぶ、翼を持つ大きな猫の魔獣の姿を多数の人間が目撃したが、その背に4つの人影があったことに気付いたものはいなかった。

「高っけーなぁ……」

 その中の一人、ザゴスは魔獣の背から眼下に広がる森林を見下してつぶやいた。

 ザゴスとフィオとグレース、そしてスヴェンを背に乗せて、「原形」を現したメネスは滑るように空を飛んでいた。

「もうじき『マーガン前哨跡』です」
「早いわね、もう着くの?」
「真っ直ぐいけますから。それに、メネスは結構速度が出るんですよ」

 メネスの頭の最も近くに座り、行先を指示していたスヴェンは、どこか誇らしそうに黒い毛並みを撫でた。

「もう着くって。ザゴス、フィオを起こした方がいいわよ」

 スヴェンのすぐ後ろに座っていたグレースが、最後尾に陣取るザゴスにそう声をかける。

 フィオは、胡坐をかいたザゴスにもたれるようにして目をつむっていた。疲れが一気に出たのだろう、メネスの背に上がってすぐうとうととし始めた。

 これじゃ身動きもとれねえ。ザゴスは気恥しいようなむず痒いようなそんな気分で、もたれるフィオに胸を貸してやっていた。

「起きている」

 そう応じて、フィオはザゴスの胸から身を起こした。

「ちょっとは眠れたか?」
「……お陰さまでな」

 少し顔が赤いように見える。覗き込もうとすると、フィオはそっぽを向いた。

「見えてきました。これから降下します」

 スヴェンの言葉通り、深緑に染まる森林地帯の中に、ぽっかりと穴が開いたような一角が見えてきていた。原生林の中で、石造りの灰色が目立っている。

 メネスは大きく弧を描いて旋回すると、ゆっくりと降下を始めた。


 古い石造りの舞台に降りて、ザゴスとフィオは油断なく辺りを見回した。

 周囲には、つたに覆われた崩れた壁や、苔むした瓦礫が点在している。

「特に何か潜んでるって感じではないわね」

 グレースの言葉に、スヴェンも「そのようですね」とうなずく。メネスは猫の大きさに戻って、その頭の上に乗っかっている。

「何だよ、戻しちまうのか?」
「ええ。帰りの分の魔力を考えますと、節約しておかないと」

 戦力としては期待できないらしい。何だよ強そうなのに、とザゴスは肩をすくめる。

「遺跡の入り口はどこだ?」
「あの崩れた壁の向こうです。下に降りる階段がありまして……」

 スヴェンがそう指差した時、その階段の方から何かが羽ばたくような音が聞こえた。

「何だ!?」

 ザゴスとフィオは武器に手をかけ、グレースも一歩前に進み出る。スヴェンは身を守るように、3人の背後で身をかがめた。

「あれは……!」

 羽音の正体を見て取って、即座にザゴスは斧を抜き放つ。それは、人の身体に蝙蝠の翼、無貌の頭に一角を生やした魔獣――ブキミノヨルであった。

 壁の奥から飛び上がったブキミノヨルは、すぐにふらふらと力なく地上に降り立つ。

「ヤロ……! こんなところにも!」
「待てザゴス、何かおかしい」

 斬りかかろうとしたザゴスを、フィオは手で押しとどめる。

「確かに、槍も持ってない……」

 グレースの言葉通り、現れたこのブキミノヨルは人間大の青い布を丸めて抱えていた。

「あれは、サイラス師のマントでは?」

 スヴェンの言葉に、フィオも「本当だ」と目を見開く。「エクセライの研究塔」の2階、サイラスの部屋にかかっていた、コーンハットと揃いのあのマントだ。

 地上に降り立ったブキミノヨルは、立ち上がるのも困難な様子で、しかし抱えた布だけは必死に手放さないようにしている。その姿は、昨夜バックストリアで殺戮の限りを繰り広げた造魔獣キメラとは、似て非なるものに見えた。

「おい、フィオ……!」

 ザゴスが止める間もなく、フィオはそのブキミノヨルへと足を踏みだす。一歩一歩、ゆっくりと、脅かしてはいけないと考えているように。

 ブキミノヨルは頭を上げた。目も鼻も口もない、ただねじくれた黒い角だけが生えた顔は、フィオを見るや何かを訴えかけるような表情に変わった気がした。

「ボクに、これを……?」

 ブキミノヨルは、フィオに抱えていた布を差し出す。大事に守っていたそれの将来を、託そうとするかのように。フィオは一瞬の躊躇の後、その布を、布に包まれたものを両腕で受け取った。

「これは……人か?」

 重さからそう類推し、フィオは「まさか」と布を開く。

「エッタ!」

 青いマントの中、エッタは白い裸身を晒して静かに目を閉じている。口元に耳を近づけ、フィオは安堵した。息はしている。

 フィオがエッタの名を呼んだことで、ザゴスら三人も駆け寄ってくる。

「無事なのか?」
「一応、生きてはいる」

 そう応じて、フィオはまた彼女にマントをかけてやった。

「どういう状況だよコレ? サイラスのマントから出てきて、それを造魔獣キメラが抱えてて……。ワケわかんねえんだけどよぉ」

 ザゴスはスヴェンを振り返る。

「そう言われましても、僕にもさっぱり……」

 おや、とスヴェンは石畳の上に倒れてしまったブキミノヨルに目をやる。最早限界であったのだろう、体が魔素に分解されていく途中であった。

「ちょっと、これ……!」

 グレースが怯んだように身を引いた。おいおい、とザゴスも少し肝が冷える。

「どういうことだ、スヴェン?」

 ブキミノヨルの表皮が魔素へと還っていくにしたがって、その下にあったものが露出し始めていた。縦に半分に割れた髑髏どくろをはじめとした骨で、人間のものに見えた。

「まさか、サイラス師は……!」

 スヴェンは険しい顔で骨を見つめる。

 と、その時スヴェンの頭の上で、メネスが低いうなり声を発した。黒猫は視線を地下へ続く階段の方へと向けている。

「何か来ます!」

 スヴェンが警告を発したのと同時に、階段の辺りの石畳を破壊しながら、巨大な魔獣が姿を現した。獅子の頭に山羊の角、蛇の尾を持つその姿を見て、フィオが息を飲む。

「あれは、『ヤマダ戦記』の……!」
「ヒノヤマです!」

 三種の動物の特徴を備えた巨大造魔獣キメラは、石畳の上に降り立つと、4人に向かって威嚇するように吠えた。

「300年前の個体、なわけないわよね?」
「そもそも、それはヒロキ・ヤマダが倒したぞ」
「こんなもんの復元も頼んでたのかよ!?」

 スヴェンに怒鳴りながら、ザゴスは再び斧を抜き放つ。

「ええ、頼んでましたね。しかし未完成だったはず……」

 それに、とスヴェンはザゴスの陰に隠れながらヒノヤマの巨体を見上げる。

「何かと、いや恐らくはブキミノヨルと戦った後のようですね……」

 ヒノヤマの身体には、十数本の漆黒の槍が刺さっている。あの槍の形は、見間違うわけもない、ブキミノヨルのものだ。

「スヴェン、エッタを頼む!」

 マントに包んだエッタを何とか抱え上げ、スヴェンは少し後ずさった。

「伝説の魔獣と言えど、手負いならば何とでもなろう」

 行くぞ、とフィオは双剣を抜き放った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:202,026pt お気に入り:12,086

龍神様に頼まれて龍使い見習い始めました

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:59

幼馴染み達がハーレム勇者に行ったが別にどうでもいい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:878

追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:355pt お気に入り:4,037

【完結】私がいなくなれば、あなたにも わかるでしょう

nao
恋愛 / 完結 24h.ポイント:15,511pt お気に入り:938

乙女ゲーム関連 短編集

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,640pt お気に入り:155

処理中です...