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バックストリア編
66.身勝手な私が娘にしてやれる最後のこと
しおりを挟む「デジール、しょうがない弟だよ、お前は」
「マーガン前哨跡」地下研究所には4つの人影があった。
身構えるサイラスと黒覆面のデジール。マントに包まれた気絶したエッタ。そして、彼らと相対する闇より現れたベギーアデを名乗る白い髪の女。
「貴重な『神玉』を半分にしちまうとはね。お前は詰めも態度も甘いんだよ」
返す言葉もない、とデジールは俯いた。
「しかも、その『異世界転生者』を生かしといてやるって? バカじゃないの、あんた」
「だけど、彼女はサイラス師の――」
抗弁するデジールの足元にベギーアデが1枚の黒光りするコインを投げた。コインは床で砕け、その場に黒い闇が泡立ち始める。
「ベギーアデ、どういうつもり……!?」
「これから姉さんは、サイラスと大事な大事な話があるんだ。先に帰ってな」
「くっ、ベギー……!」
黒い闇に飲み込まれるように、デジールの姿が消える。さあて、とベギーアデは愛娘を抱きかかえるサイラスに目を向ける。
裸の娘にマントをかけてやったサイラスは、赤く鋭い眼光を臆せず見上げた。
「さて……『神玉』の力を半分も失った責任、あんたの命で償ってもらおうか」
「責任とな?」
異なことを、とサイラスは首を振った。
「確証のないままであっても、処置を進めるよう命じたのはベギーアデ、貴殿のはずだ」
「ああ、そうだ。『神玉』を持ち出して、処置を命じたのはこのあたしさ」
ベギーアデはぺろりと舌を出す。紫色の舌はつぎはぎだらけで、先が二つに割れていた。
「でも、あたしは責任なんて取りたくない。だって、エピテミアが怒るじゃん。何せ『愛の神玉』の力が半分になっちまった今、もう『海の神玉』しかあたしらの手元には残っちゃいない」
「半分あれば、新たな勇者を『造る』ことはできよう」
サイラスの反論に、ベギーアデは鼻を鳴らした。
「全部ありゃ、もっと強いのができたじゃないか」
だから、とベギーアデはもう1枚コインを取り出した。
「あんたが独断専行でやったってことにすんの。で、それをあたしが見咎めて、処罰した。完璧なシナリオでしょ?」
「その前にデジールが、貴殿のことを報告するだろう」
「それはないね。デジールはあんたに術を掛けられたってことにする。そしたら、あの弟大好きのエピテミアなら、『精神調整』であんたの記憶を消すだろうよ」
身勝手な理屈だ。
サイラスはマントに包んだ愛娘を床に寝かせると、それをかばうように前に立った。
いや、身勝手は自分も同じだ。さっきまでは殺そうとしていたこの子を、今は生かそうとしている。新たな世界のためとお題目を並べても、こちらの都合で弄んでいることに変わりはない。
「戦うつもり? 研究者風情がさあ!」
「これでも元冒険者だ。ベギーアデ、貴殿のような非戦闘型が相手ならば、一人を逃がすぐらいの術はある」
「ハン! 言うじゃないか! だが、こいつを前にその自信がどこまで続くかねぇ!?」
ベギーアデは手にしたコインを床に叩きつけるように投げた。コインが割れ、瞬く間に泡立つ闇が広がり、その中から大きな影が立ち上がる。
「む……!」
サイラスは巨大な影を見上げる。
獅子の頭に山羊の角を持ち、尻から蛇を生やした、体高10シャト(※約3メートル)はあろうかという巨大な造魔獣――勇者ヒロキ・ヤマダとこの場所で戦ったというヒノヤマである。
「自分の復元した造魔獣に殺されるなら、本望っしょ?」
咆哮する魔獣を前に、サイラスは懐から何かを取り出した。
「ん、それは……?」
サイラスの手の中にあるのは、ねじくれた黒い角だった。
「一人を逃がす術はある、と言ったはずだ。それは、何を前にしようと変わらぬ――」
その日、「マーガン原生林」の上空を飛ぶ、翼を持つ大きな猫の魔獣の姿を多数の人間が目撃したが、その背に4つの人影があったことに気付いたものはいなかった。
「高っけーなぁ……」
その中の一人、ザゴスは魔獣の背から眼下に広がる森林を見下してつぶやいた。
ザゴスとフィオとグレース、そしてスヴェンを背に乗せて、「原形」を現したメネスは滑るように空を飛んでいた。
「もうじき『マーガン前哨跡』です」
「早いわね、もう着くの?」
「真っ直ぐいけますから。それに、メネスは結構速度が出るんですよ」
メネスの頭の最も近くに座り、行先を指示していたスヴェンは、どこか誇らしそうに黒い毛並みを撫でた。
「もう着くって。ザゴス、フィオを起こした方がいいわよ」
スヴェンのすぐ後ろに座っていたグレースが、最後尾に陣取るザゴスにそう声をかける。
フィオは、胡坐をかいたザゴスにもたれるようにして目をつむっていた。疲れが一気に出たのだろう、メネスの背に上がってすぐうとうととし始めた。
これじゃ身動きもとれねえ。ザゴスは気恥しいようなむず痒いようなそんな気分で、もたれるフィオに胸を貸してやっていた。
「起きている」
そう応じて、フィオはザゴスの胸から身を起こした。
「ちょっとは眠れたか?」
「……お陰さまでな」
少し顔が赤いように見える。覗き込もうとすると、フィオはそっぽを向いた。
「見えてきました。これから降下します」
スヴェンの言葉通り、深緑に染まる森林地帯の中に、ぽっかりと穴が開いたような一角が見えてきていた。原生林の中で、石造りの灰色が目立っている。
メネスは大きく弧を描いて旋回すると、ゆっくりと降下を始めた。
古い石造りの舞台に降りて、ザゴスとフィオは油断なく辺りを見回した。
周囲には、つたに覆われた崩れた壁や、苔むした瓦礫が点在している。
「特に何か潜んでるって感じではないわね」
グレースの言葉に、スヴェンも「そのようですね」とうなずく。メネスは猫の大きさに戻って、その頭の上に乗っかっている。
「何だよ、戻しちまうのか?」
「ええ。帰りの分の魔力を考えますと、節約しておかないと」
戦力としては期待できないらしい。何だよ強そうなのに、とザゴスは肩をすくめる。
「遺跡の入り口はどこだ?」
「あの崩れた壁の向こうです。下に降りる階段がありまして……」
スヴェンがそう指差した時、その階段の方から何かが羽ばたくような音が聞こえた。
「何だ!?」
ザゴスとフィオは武器に手をかけ、グレースも一歩前に進み出る。スヴェンは身を守るように、3人の背後で身をかがめた。
「あれは……!」
羽音の正体を見て取って、即座にザゴスは斧を抜き放つ。それは、人の身体に蝙蝠の翼、無貌の頭に一角を生やした魔獣――ブキミノヨルであった。
壁の奥から飛び上がったブキミノヨルは、すぐにふらふらと力なく地上に降り立つ。
「ヤロ……! こんなところにも!」
「待てザゴス、何かおかしい」
斬りかかろうとしたザゴスを、フィオは手で押しとどめる。
「確かに、槍も持ってない……」
グレースの言葉通り、現れたこのブキミノヨルは人間大の青い布を丸めて抱えていた。
「あれは、サイラス師のマントでは?」
スヴェンの言葉に、フィオも「本当だ」と目を見開く。「エクセライの研究塔」の2階、サイラスの部屋にかかっていた、コーンハットと揃いのあのマントだ。
地上に降り立ったブキミノヨルは、立ち上がるのも困難な様子で、しかし抱えた布だけは必死に手放さないようにしている。その姿は、昨夜バックストリアで殺戮の限りを繰り広げた造魔獣とは、似て非なるものに見えた。
「おい、フィオ……!」
ザゴスが止める間もなく、フィオはそのブキミノヨルへと足を踏みだす。一歩一歩、ゆっくりと、脅かしてはいけないと考えているように。
ブキミノヨルは頭を上げた。目も鼻も口もない、ただねじくれた黒い角だけが生えた顔は、フィオを見るや何かを訴えかけるような表情に変わった気がした。
「ボクに、これを……?」
ブキミノヨルは、フィオに抱えていた布を差し出す。大事に守っていたそれの将来を、託そうとするかのように。フィオは一瞬の躊躇の後、その布を、布に包まれたものを両腕で受け取った。
「これは……人か?」
重さからそう類推し、フィオは「まさか」と布を開く。
「エッタ!」
青いマントの中、エッタは白い裸身を晒して静かに目を閉じている。口元に耳を近づけ、フィオは安堵した。息はしている。
フィオがエッタの名を呼んだことで、ザゴスら三人も駆け寄ってくる。
「無事なのか?」
「一応、生きてはいる」
そう応じて、フィオはまた彼女にマントをかけてやった。
「どういう状況だよコレ? サイラスのマントから出てきて、それを造魔獣が抱えてて……。ワケわかんねえんだけどよぉ」
ザゴスはスヴェンを振り返る。
「そう言われましても、僕にもさっぱり……」
おや、とスヴェンは石畳の上に倒れてしまったブキミノヨルに目をやる。最早限界であったのだろう、体が魔素に分解されていく途中であった。
「ちょっと、これ……!」
グレースが怯んだように身を引いた。おいおい、とザゴスも少し肝が冷える。
「どういうことだ、スヴェン?」
ブキミノヨルの表皮が魔素へと還っていくにしたがって、その下にあったものが露出し始めていた。縦に半分に割れた髑髏をはじめとした骨で、人間のものに見えた。
「まさか、サイラス師は……!」
スヴェンは険しい顔で骨を見つめる。
と、その時スヴェンの頭の上で、メネスが低いうなり声を発した。黒猫は視線を地下へ続く階段の方へと向けている。
「何か来ます!」
スヴェンが警告を発したのと同時に、階段の辺りの石畳を破壊しながら、巨大な魔獣が姿を現した。獅子の頭に山羊の角、蛇の尾を持つその姿を見て、フィオが息を飲む。
「あれは、『ヤマダ戦記』の……!」
「ヒノヤマです!」
三種の動物の特徴を備えた巨大造魔獣は、石畳の上に降り立つと、4人に向かって威嚇するように吠えた。
「300年前の個体、なわけないわよね?」
「そもそも、それはヒロキ・ヤマダが倒したぞ」
「こんなもんの復元も頼んでたのかよ!?」
スヴェンに怒鳴りながら、ザゴスは再び斧を抜き放つ。
「ええ、頼んでましたね。しかし未完成だったはず……」
それに、とスヴェンはザゴスの陰に隠れながらヒノヤマの巨体を見上げる。
「何かと、いや恐らくはブキミノヨルと戦った後のようですね……」
ヒノヤマの身体には、十数本の漆黒の槍が刺さっている。あの槍の形は、見間違うわけもない、ブキミノヨルのものだ。
「スヴェン、エッタを頼む!」
マントに包んだエッタを何とか抱え上げ、スヴェンは少し後ずさった。
「伝説の魔獣と言えど、手負いならば何とでもなろう」
行くぞ、とフィオは双剣を抜き放った。
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