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マッコイ編

88.地下に差す光

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 「女神の間」奥の扉から現れたザゴスとエッタに、クロエは動揺を隠せない様子であった。

「バカな! 一体どうやってあの激流から……!?」
「よっくもまあ、騙くらかしてくださいましたわね!」

 大股で装置の配線を踏み越えて、エッタはクロエに詰め寄る。

「こんなこともあろうかと、優秀なわたくしはちゃーんと準備をしていますのよ?」

 ローブの中から雫型のペンダントを取り出し、エッタは胸を張った。

「嘘つけ、たまたまイーフェスにもらったヤツだろ!」

 ザゴスは呆れたようにツッコんだ。

 バックストリアで、イーフェスが「お近づきの印に」とくれたあのペンダントだ。「魔石晶」製のそれには、救命浮輪レスキュー・バブルの魔道式が組み込まれている。陸上では使い道のない魔法で、イーフェスも「旅の無事を願う」という意味付け程度だと語っていたが、よもやこんなところで役に立つとは……。

「こらザゴス! ここは計算通りと言っておいて、余計に悔しがらせる場面ですわよ!」
「知るか!」

 言い返して、ザゴスは拘束されているフィオに近付くと、縄をほどいてやった。

「大丈夫か?」
「何とかな……」

 縄の外れた手首を回し、フィオは肩をすくめる。

「遅くなったな……。これ飲んどけ」
「いや、ある意味完璧な時機だった」

 すまない、とフィオはザゴスの差し出した「魔剤」を手に取る。

「……クロエ」

 ザゴスは動揺する女神官を振り返る。

「この部屋に来る途中、テメェの親父さんに会ったぜ」
「何!?」
「全部聞かせていただきましたわ、あなた達のこと」

 ◆ ◇ ◆

 救命浮輪レスキュー・バブルで難を逃れたエッタとザゴスは、泡に入ったまま下水道を抜け、「戦の神殿」の地下に辿り着いた。

 神殿地下の入り口の前は遊水地になっており、はしけに小舟が繋がれていた。クロエの「元は非常時の抜け穴として造られた」という言葉は嘘ではないようだ。

 地下階に足を踏み入れたザゴスとエッタは、その途上で一つの部屋を見つける。そこでは老人が一人、寝台で臥せっていた。

 その老人こそが、「戦の神殿」の大祭司――セシル聖であった。

 セシル聖は、突然現れた大男と魔道士の二人組に取り乱した様子であったが、エッタが来意を述べると落ち着きを取り戻し、「そうか……」と瞑目した。

「逝ったか、ゲンティアン……。『オドネルの民』に殺されたのだな……」
「やはり、ゲンティアン・アラウンズは『オドネルの民』と繋がりが?」

 エッタの問いに、セシルは激しく咳き込んだ。咳き込んでから、据わった眼で二人を見上げた。

「私も老い先短い身だ……。貴殿らにすべてを話しておこう……」

 そこからセシルは、「戦の神殿」の20年に及ぶ企みについて語ったのだった。


 ◆ ◇ ◆

「……お父さん、後悔されてましたわよ」

 エッタの言葉に、クロエは眉をつり上げる。

「何が後悔だ! この期に及んで勝手なことを……!」

 手にしていた棍を床に叩きつけても、クロエの怒りは収まらない。

「わたしが人生のすべてを賭してこの計画を進めたのは、あの男の、父の教えのためだ! それを今更後悔などと……! 自分だけ善人面をするつもりか!」

「いやいや、お父さんが倒れてからあなた、暴走してたらしいじゃないですか!」

 「戦の神殿」は、自らの地位の向上のために勇者の再召喚を模索していた。

 セシルと親交のあったゲンティアンを通じて「オドネルの民」の技術を盗み、召喚装置「決意之朝陽ブレイブストーリー」を建造した。しかし、それを動かすための「神玉」がなく、長らく手をこまねいていた。

 こまねいている内に、計画の発案者であったセシルが病床に倒れた。その娘であるクロエが計画を引き継いだが、その方法はリスクの高いものだった。

「『オドネルの民』が召喚した勇者を奪う。その計画を立てたのは、あなたなんでしょう? おまけに国家転覆まで計画するなんて……」
「部外者が何を言う! 父の教えを忠実に実行するには、この王国をひっくり返すことが最善の策なのだ! それを老いて日和見に走るとは……! わたしを切り捨てるつもりか、セシル・カームベルト!」

 クロエの怒りは、エッタを通り越して、彼女らに情報を与えた実父に向いていた。

「敗者が再び力を得るには、新たな戦いを起こしその勝者になるしかないというのに!」

 彼女の持つ、ダンケルス家やアドニス王国の体制に対する怒り。

 それは、彼女自身が直接それらから被害を受けたことから発せられたものではない。

 父であるセシル聖が幼いころから彼女に教え込み、植え付けたものなのだ。「自分たちは敗北者だ、故に虐げられている」と。勇者の再召喚の計画を、実行させるために。

 だが、その怒りは虚構でしかない。現実に、「戦の神殿」は「ヤードリー商会」の庇護を受け、虐げられていると言える状態ではない。ダンケルス家との関係も、セシルより前の大祭司の声明で、手打ちになっている。今更騒ぐことではない。

 何とも罪深いことだ。フィオにはクロエの怒りの正体が、わかったような気がした。はしごを外された今、クロエの怒りが父親に向くのも理解できる。

「……じゃあ次は、お前らに負けた連中がお前らの足下をすくうぜ」

 ポツリ、とザゴスは言ってクロエを見やる。

「俺はそう思う。人間、何だって負けっぱなしじゃいられねェからな」
「貴様に何がわかる?」

 わかるぜ、とザゴスはクロエの瞳を見返した。

「俺がそうだからだ。お前がけしかけたんだよな、あのクソガキをよぉ。あそこでいっぺん負けたから、俺はこうしてここまでやってきて、お前の計画をぶち壊してんだよ」

 ザゴスは斧に手をかけた。身を固くするクロエから視線を移し、灰色の茨の塊を見据える。

 中から白い腕がのぞいたかと思うと、それは絡み合う茨を強引に引きちぎった。

「やれやれ……、まさか生きていたとはね……」

 力づくで百年呪茨森マレフィセンツ・カースを破ったデジールに、ザゴスは腰の斧を引き抜く。

「あら、ごきげんようデジール」

 エッタが歩み出て、ザゴスと肩を並べる。

「少し大きくなりましたわね。成長期かしら?」
「今日は名をよく呼ばれる日だね……」

 訝しげな視線でエッタを見返し、デジールは首をひねる。

「お久しぶりね。今日もまた秘密結社のこと、たくさんしゃべってくださるのかしら?」
「また……? 知らないな、君のことなんて」

 おや、と今度はエッタが首をかしげる番だった。

「もしかして、デジールではないのかしら? 体も大きいですし、ご兄弟?」
「僕は確かにデジールだが……、君たちと仲良くおしゃべりをする筋合いはないね!」

 地を蹴ったデジールの前に、ザゴスが立ちふさがる。斧と拳がぶつかり合った。

「……っ! こいつ、素手のクセに……!」

 斧の刃をものともせずに、デジールは素早く拳を繰り出してくる。一撃一撃が重く、ザゴスは押し返すのがやっとだった。

「見た目通り、結構な力持ちのようだね……!」

 一方のデジールにしても、ザゴスの膂力りょりょくは想定外だったらしい。押し合いでは決着がつかないと見て、一度後ろに飛び退いて距離を取る。

「乙女を裸に剥いておいて知らないふりとは……」

 そこにすかさずエッタが連鎖魔法カテナ・スペルを仕掛ける。

壱式プリモ暗黒覚醒アウェイクン……かーらーの、弐式セコンド石筍投槍ストーン・ジャベリン参式テルツォ雹弾急襲ヘイル・ブラスト!」

 強化された魔力をもって放たれる、無数の石の槍と子どもの頭ほどもある氷の礫の嵐を、しかしデジールはみじろぎもせず受け止める。石槍は身体に刺さり、氷塊はぶつかって砕けたが、動じた様子はない。

「そんなものかい?」
「! 無傷!?」
「いや、痛いよ。そこまで痛くないというだけでね」

 糸くずを払うように、デジールは肩口に刺さった石槍を引き抜く。こめられた魔力の尽きた槍は、塵に戻った。

「あまり魔法は効かない方なんだ。僕を倒すつもりなら、ケチケチせずに上級魔法を撃って来なくちゃ」
「相変わらず口の減らない……」

 歯噛みして錬魔を始めるエッタを守るように、ザゴスが突出する。

「だったら打撃ならどうだコラァ!」

 大きく振りかぶった斧の一撃を、デジールは身体をひねってかわす。斧は床石を打ち砕き、大きな穴を穿った。

「君の攻撃は恐ろしいが……」

 背後に回ったデジールに、ザゴスは振り向きざまに斧を振り抜く。

「当たらなければ意味はない」

 上体をのけぞらせて、デジールは横薙ぎの一撃をかわした。

「油断大敵! 圧水青光刃サファイア・プレッシャージェット!」

 自分に背中を向けたデジールに、すぐさまエッタは魔法を放つ。背後から迫る、岩盤をも砕く圧縮された水流に、デジールは反転して拳を振るった。

「はぁっ!」

 デジールの放った正拳突きは水流を真っ二つに割る。

「この……!」

 更にザゴスの一撃も、もう片方の手で受け止める。

「やるね……。武闘僧バトルモンク隊よりも、余程強い……」
「嫌味にしか聞こえねェんだよ……!」

 両腕に力を込めるザゴスに対し、デジールは片腕でその踏み込みを阻んでいた。

「そのまま押さえてなさい! 大地城塞破ガイア・ウォール・プッシュ!」

 エッタの目の前に高さ7シャト(※約210センチ)の石壁が地面からそり立つと、デジールの方へ轟音を立てて進む。

「考えたね……!」

 デジールは石壁とザゴスに挟まれ、動きを封じられた格好であったが……。

「でも、ここからどうするのかな?」
「……くっ!」

 この均衡状態を保つには、エッタは石壁を押し続けなくてはならない。そちらに魔力を割けば、新たな魔法は使えない。ザゴスは全力でデジールの半身を押さえつけている。少しでも力を弱めれば、その隙に逃げられてしまうだろう。

「君たち二人では、僕には勝つことはできないようだね!」
「勝ち誇るにはマヌケな絵面ですわよ……!」

 石壁とザゴスに挟まれた格好のデジールに、エッタは反駁し「それに……」と続ける。

「――我々は二人きりではありませんわ」

 石壁の背後から躍り出た影は、素早くデジールの側面に回ると、手にした棍を繰り出した。

「!!」
雷帝槍破バースト・ブリッツ!」

 雷を帯びた突きをまともに脇腹に浴び、デジールの体勢が崩れる。

「城塞崩壊《ブレイク》!」
「オラァア!」

 砕けた石壁の破片を正面に、ザゴスの斧を背中に受けて、デジールは遂に床に倒れ伏す。

「ぐ……!」

 追撃を床を転がってかわすと、デジールはすぐさま身を起こし、居並ぶ三人を見据える。

「君……、あれだけ拘束されていて、まだ戦えるのかい?」
「当然だ」

 デジールの脇腹に一撃をくれた三人目――フィオは棍を構えて応じる。

「これはボクらの『クエスト』だ。一人だけ休んでなどいられんさ」
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