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またまた旅に出ました
おそるべし、シャチョー
しおりを挟む「……シャチョー?」
と呼びかけたラドミールを見上げ、シャチョーは言った。
「そうだ。お前はあの育ちが良すぎて、ちょっとぼんやりしてるが故に、未だに未悠に手を出せてなさそうな王子の家来か」
的確すぎるな、と感心して、ラドミールはシャチョーを見た。
どちらかと言えば、この男の下に付きたい、と思ってしまう。
王子はああ見えて頭は切れるのだが、人の良さと育ちの良さが前面に出ているので、ちょっとぼうっとしているというか。
ずばり天然だ。
父親に似たんだな……と微妙に王をもこき下ろしながらラドミールは思う。
「あの王子のフリをしたら、美味いものが食えるだろうか」
と余程、まともな食事に飢えているのか、シャチョーは言い出す。
「まあ、それもいいかもしれませんが。いっそ、こちらの世界では、王子の影武者として過ごしてみられたらどうですか? 食うには困らないと思いますよ」
そう言いながら、ラドミールは、
いや、どっちかと言えば、王子より、この男の方が格上に見えるんだが、と思っていた。
なんというか。
いにしえの王様のような風格があるといいうか……。
しかし、女はダメ男の方が気になるというのは本当だな。
未悠は、このシャチョーより、王子の方が好みのようだし、と思いながら、ラドミールはシャチョーに訊いた。
「この先に、王子と未悠様がおられますが、お会いになられますか?」
「そうだな。未悠が居るのなら行ってみようか」
と言って、シャチョーは立ち上がる。
そして、ラドミールの馬を見ると、
「ほう。立派な栗毛の馬だな」
と言って、馬に触れてきた。
おや? とラドミールは思う。
気の荒い愛馬が、シャチョーに触れられてもじっとしていたからだ。
だが、シャチョーに懐いたわけではなさそうだ。
馬は、なにか恐ろしいものにでも触れられたかのようにじっとしている。
この男、王子より王子っぽいというより、タモン様より魔王っぽい、と思っていると、
「この馬、乗ってみたいな。いいか?」
とシャチョーは言ってきた。
自分以外の人間は乗せない馬だ。
普段なら危ないからと断るのだが、
「どうぞ」
と思わず言っていた。
何故だか、大丈夫そうな気がしたからだ。
シャチョーは、ふわりと馬に跨る。
おお、サマになっているっ、と思ったが。
シャチョーは鐙に載せたおのれの足を見下ろし、
「これでいいのだろうかな。馬に乗ったことはないんだが」
と言い出した。
「乗ったことないんですかっ?」
と驚く自分の前で、シャチョーは
「……いや。
だが、何故だろうな。
乗ったことがある気がしてきた」
と呟く。
「ちょっと走らせてみようか。
乗れっ、ラドミール」
と言う。
今にも走り出しそうなので、ラドミールは慌てて、後ろに乗った。
シャチョーと自分を乗せた馬は、あっという間に走り出す。
速いっ。
自分が乗っているときより、遥かに速いっ。
馬がよく言うことを聞いているというより、恐怖で駆け出しているようだが。
「シャチョー、街ですっ。
スピードを落としてくださいっ。
危ないですっ」
「おっと。
そうか。
馬も車と一緒だよな。
よしっ、スピードを落として、ゆっくり行け」
シャチョーが馬にそう言っただけで、馬はゆっくりとスピードを落とした。
なんなんだろうな、この人。
本当にただの異世界人なんだろうか?
そんなことを考えていたので、うっかり、未悠たちの居る宿を通り過ぎていた。
「いつの間に未悠の宿を通り過ぎたのだ。ちゃんと言わないか、ラドミール」
……何故、私はこのシャチョーに叱られているのだろうか、
とシャチョーと一緒に馬に乗ったままラドミールは思っていた。
そもそも、自分が勝手に通り過ぎたんでしょうが、と思っていたが。
なんだかわからないが逆らえない。
そして、逆らえないだけではなく、申し訳ございませんっ、とへりくだり。
次回こそ、必ず、貴方様のご期待に応えてみます、と言いたくなってしまう。
おそるべし、シャチョー、と思ったとき、シャチョーがひらりと馬を降りた。
道端の露店でアクセサリーなどを売っている老婆に話しかけている。
「装身具の買取りはしていないのか」
くすんだ紫のマントを着、フードをかぶっている老婆は、目だけを上げてこちらを見た。
「物によるねえ」
そして、シャチョーの顔を見たあとで、おや、と言う。
「あんた、面白い人相をしているね」
自分は人相見もしているのだと老婆は言った。
「……幾らだ」
少し考えたあとで、シャチョーは老婆に訊く。
占ってもらうつもりのようだ。
「あんたが持ってる一番安い宝石を置いてきな。それで見てやろう」
にんまり笑った顔が見えた。
若いときは美しかっただろうと思われる顔だった。
シャチョーは断るかと思ったが。
懐の革袋から、小ぶりだが、真っ青な石を取り出し、コト、と彼女の前の小さなテーブルに置いた。
ええっ? とラドミールはシャチョーとその石を二度見する。
「……いい。所詮、俺のじゃないし」
どうやら野盗から奪ったもののようだった。
「いいだろう」
という老婆はシャチョーを見上げ、重々しく言った。
「お前の前に近々暗雲が立ち込めるであろう」
「雨か」
「いや、そうではない」
と言ったのは老婆だけではなかった。
「そういう意味ではないのでは……」
とラドミールも思わず突っ込んでいた。
「お前の前に立ちはだかるものが現れる。
それは過去の幻影……」
「過去の幻影?」
「振り払うには、これを」
と老婆はいきなり、くすんだ金の指輪を売りつけようとする。
「いらん」
「買わねば、過去がお前に追いつくぞ」
「いらん」
「本当だ。
近いうちに、お前が今、案じていることのことのすべてが目の前に突きつけられ、明らかとなるだろう」
「望むところだ」
と言いながら、シャチョーは馬にひらりと跨る。
置いて行かれてはかなわないとラドミールも慌てて飛び乗った。
この怖いものなしのシャチョーが案じている過去ってなんなんだろうな、と思いながら。
シャチョーは馬を走らせながら、
「まさか宝石一つで、天気予報されて終わりとは思わなかったな」
と呟いている。
いや、天気予報じゃないでしょうよ、と思いながら、馬が速いので、乙女のようにシャチョーにしがみついているうちに、未悠たちの居る宿に着いていた。
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